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第56話

 アーデンに聞いてみたことがある。


「どうやったらそんなにうまく魔法が使えるようになるの?」


 彼女は最初質問の意味がわからないみたいに首をかしげていたが、うーん、と唸ってから、真面目な顔で言った。


「……魔法の神様にお願いするんだ」

「え? なに? なんの神様?」

「魔法の神様」


 そんな神様、学校でも寺院でも聞いたことない。

 もっと上の学年に上がれば習うのだろうか。


「ほんとにいるの? 魔法の神様なんて」

「いない。いないから、わたしが造った。だからいるんだ。お前も自分で魔法の神様を造ればいいんだ」

「神様なんて造れないよ」

「じゃあ、一緒に造ろう。わたしの神様を教えてあげる」


 その日から、架空の神様造りが始まった。

 アーデンは魔法の神様の外見をかなり具体的にイメージしていて、何十枚も絵に描いていた。

 彼女の書いた神様の絵を一枚もらって密かに持ち、時折取り出しては祈ったりした。

 アーデンによれば、


「魔法の神様にお願いするときは、言葉にしないと伝わらない。思ってるだけじゃだめだ。声に出すんだ」


 それこそが魔法の呪文なのだ、という。


「そんな呪文、学校で習ってないよ」

「学校じゃ教えてくれない」

「じゃどうやんだよ」

「呪文も、自分で作るんだよ」


 アーデンは魔法の神様に祈るための、自分独自の呪文を作っていた。

 たぶん普通の呪文だと発動してしまうからなのだと思った。


「じゃあ俺も自分の呪文を作る。そんで魔法の神様にお願いするよ。もっと魔法が上手くなりますようにって」


 アーデンはかぶりを振った。


「そんなんじゃない」

「なにが?」

「魔法の神様に、こう言うんだ。——この世のすべてを魔法が支配する世界をつくり、あなたに捧げます。わたしに、そのための力をお与えください。……願え」


 8歳で、だ。

 この歳で、既に魔王の素質十分であったといえる。

 俺とアーデンは、二人で過ごした多くの時間を神様のディテール作りに費やした。

 ある年齢までは、もしかしたら本当に存在するかもしれないと、本気で思ったりもしたのだ。

 もちろん魔法の神様なんて架空の存在だし、呪文もでたらめなのだ。

 しかし魔法の神様造りは幼少期のただの遊びに過ぎなかったが、それが後の我々に少なからず影響を与えなかったとは言えない。

 アーデンが15歳のとき、これまでに存在しなかったまったく新しい魔法の呪文を生み出した。

 大人の魔法使いだってオリジナルの呪文なんてなかなか作れるものではないのに。


「アーデン、きみ、ちょっと、すごいんだが……」


 それを知ったとき俺はアホみたいに口を開けたまましばらく閉じることを忘れた。

 間違いない。

 アーデンはこの国の、いや世界の、最も偉大な魔法使いになるだろうと確信した。


「わたしがマスターメイジになったらウィルゥダ、お前を弟子にしてやるよ」


 そう言ったときの彼女の横顔が、すごく大人びて見えた。

 アーデンは史上最高のマスターメイジになった。

 やがて彼女は魔王になり、俺はその弟子になった。

 別に魔王になろうとしてなったわけではない。情勢がそうさせたというか、状況に追い詰められたというか。

 小さな出来事をきっかけにして、まるでピタゴラ装置スイッチのような連鎖を繰り返して様々な事件が重なり合い——結果、魔族と人間族の戦争にまで発展した。

 戦争は、そもそもの起こりが〝人間が過度に魔法を恐れた〟のが原因だ。



 〈森の人々エルフ〉というのは元来魔法の力を崇拝する種族で、ゆえに人間とは棲む土地を分け、彼らは森で暮らす。

 ただその境界は曖昧で、人間の土地と森が明確に線引きされているわけではなかった。

 あいだに川なり山なりがあって、その場所を緩衝地帯として互いに不可侵とし、長年うまくやってきた。

 ところが都市に人間が増え、生活により多くの樹が必要になると、たびたび伐採の権利を巡って諍いが起きた。

 その仲裁のため、エルフと人間のあいだを取り持つギルド〈森林組合ギルド〉がつくられた。

 俺は魔法学校卒業後、森林組合に加入し、人間側の立場でエルフと折衝を行っていた。

 あるとき人間たちが緩衝地帯を越え、エルフの森の樹を伐採した。

 エルフ側は伐採の中止と木材の返還を求め、それを断った人間側と、現地で小競り合いが起きた。

 双方にけが人が出て、その場は一旦痛み分けということになったのだが、後日に人間が一名、怪我がもとで死亡したことで話がこじれた。

 俺はエルフ側に頼まれ、彼らの立場で交渉にのぞんだが、まったく話し合いの余地がなく、逆に人間側から「裏切り者は殺す」と脅される始末だった。

 人間は喧嘩上等の構えで、エルフ側に現在の境界線から大きく後退するように要求した。

 そのかわり……。

 国王が、現在人間と〈小鬼オーク〉族との間で争いが起きている土地をエルフに「好きに切り取って良い」という許可を出した。

 しかしオークたちの住処は〝妖精の森〟と呼ばれる魔族の縄張りで、〈巨人トロール〉族や〈小人ドワーフ〉族の棲む山の麓に位置している。彼らと事を構えたくないエルフたちが簡単にちょっかいを出せる土地ではなかった。

 逆にトロール族とオーク族はエルフの森から人間を排除する手伝いをすると申し出た。

 俺は森林組合の一員として、エルフを含んだ魔族側の立場を代弁し、人間側と交渉を続けた。

 交渉はなかなか進展せず、長引いているうちに土地の境界を挟んで両軍が睨み合う一触即発の事態となった。

 両軍は河を挟んで対峙し、散発的な弓の射ち合いが発生していた。

 俺はエルフの野営地に出向いて説得に当たった。

 といっても防御に徹して挑発には乗らない、くらいしか言えない。

 その間にも矢は飛んでくるので、俺は防御魔法を使って跳ね返した。

 幸いけが人は一人も出なかったのだが、後々この魔法が問題になった。

 法で禁じられている「人間に対し敵対魔法を使った」と解釈されたのだ。

 人間軍は魔族軍に対し、俺の身柄を拘束して引き渡すよう要求した。

 トロール族もオーク族もこれを断固突っぱねようと主張してくれたのだが、エルフ族はあっさりと俺を拘束し、人間側に引き渡した。

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