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第57話

 エルフ族は人間側についた。

 人間とエルフの連合軍はオーク族とトロール族に奇襲をかけて撃退し、妖精の森全域を占領した。

 オークとトロールはドワーフ族に助けを求めたが、ドワーフも既に人間側に付いていて、魔族たちはその地域を追いやられた。

 人間とエルフとドワーフ連合軍の、大勝利だった。

 俺は魔族軍に与して人間を魔法で攻撃した裏切り者、ということになっていた。

 この国にまともな裁判なんてものはない。

 支配層が気分で罪を決め、国王は個々の罪状なんて気にしない、評議会が決めたことにただ頷くだけだ。

 評議会は俺に死刑を宣告した。

 魔法使いの死刑は問答無用で火あぶりだった。

 灰にしないとアンデッドメイジとして蘇ると信じられていたからだ。

 評議会は貴族で構成される議会のようなもので、俺の父も末席にいた。

 俺の死刑を、父が積極的に押していたと後に聞いて、なんともあの父らしい、と笑った。

 義母がそう仕向けた、と見ることもできたがたぶん違う。

 父は息子が罪人になったのが耐えられなかったのだ。

 俺を殺すことで責任の一切から逃れようとしたのだと思う。

 自分一人ですべてを背負う、ということができない人だった。

 火あぶりの刑執行の日、俺は城外の処刑場で朝から晒された。

 呪文が唱えられないように口を縫い付けられ、手足を鎖でこれでもかと何重にも縛られて、地面に打ち込んだ太い木の柱に括り付けられた。

 足下には山のような焚き木が積みあがり、火を付けられるのを待っている。

 朝から大勢の市民が、処刑場を囲む木の柵の向こう側に集まっていた。

 死刑に賛成の者と反対の者が議論をしていたが、どっちにしても俺の処刑はエンタメだった。

 罪人が燃える香ばしい臭いを嗅いだあと、飯屋に寄って鶏の炭火焼きをランチで食うのがこの街の市民の嗜みだ。


 ——さっさとやりやがれクソ共。


 刑は正午に執行される。

 いつもよりゆっくり上っていく太陽を恨みながらそのときを待った。

 陽が一番高くなる、少し前。

 処刑場の門のあたりがざわついている。

 いよいよ処刑人の登場か? と思ったら何やら揉め事のようだ。

 警備兵がガシャガシャと鎧を鳴らして駆けていく。

 悲鳴や怒号が聞こえてきた。

 集まった市民たちが、何かが弾けるみたいにパッと散った。

 市民が大きく輪になったその真ん中で、何かが光を放っている。

 その眩しい光が魔法由来のものであることはすぐわかった。

 眼を細め、その光の中心を凝視する。

 小柄な女性が歩いて来た。

 一目で魔法使いとわかる、ゆったりとした純白のローブに魔石のネックレス。


 ——あれは、アーデン……。


 彼女だ。

 アーデンが巨大なエナジーボールを両手で抱え、歩いて来る。

 木製の柵が彼女を招き入れるように、勝手に開いた。

 警備兵はアーデンに槍を向け何か叫んでいるが、制止しようにもエナジーボールが怖くて近寄れない。

 彼女と眼が合った。


「ウィルゥダ」


 アーデンはエナジーボールを無造作に放り投げ、俺の名前を呼んだ。

 五年ぶりの再会だった。

 彼女は眉をひそめ、あきれたようなため息をひとつ吐いた。


「いつまでも弟子になりに来ねーなーと思ったら。そんなとこで何してる?」


 ——『そんなとこで何してる?』はこっちの台詞だよ!


 と、答えようにも口が縫い付けられている。


「信心が足りなかったな。普段からちゃんと魔法の神様に祈りを捧げてないからそんなザマになるんだ」


 アーデンはつかつかと歩いてきて、俺の顔を下から見上げ、にやりと笑った。

 その邪気に満ちた懐かしい笑顔を見て、涙が出てしまった。

 彼女が呪文を唱えると、俺の口を縫っていた細い紐が蛇になった。

 蛇はするすると俺の唇から這い出して、ぽとりと下に落ちた。


「あ……アーデン……」


 びっくりするほどカッスカスに声が嗄れていた。


「よかったな、舌を抜かれてなくて」


 言いながらパープルベリーを三つほど俺の口に放り込んだ。

 甘く水分の多い紫色の樹の実で、魔力を宿している。


「う、うま……」

「これで少しは魔法に耐えられるだろ」


 と、自分も一つ食べた。

 繋がれている鎖を見て、


「こんなガチガチに縛らんでも。よほど魔法使いが怖いみたいだな」


 呪文を唱えながら彼女が触ると、鎖はパチンパチンとはじけ飛び、バラバラになった。

 支えを失って倒れ込んだ俺を、アーデンは小さい身体で受け止めた。


「ウィルゥダ、どうだ? 歩けそうか?」


 俺の四肢は取り調べで痛めつけられていて、とてもすぐ動ける状態ではなかった。


「アーデン……君を道連れにするわけには……」


 アーデンは腕に抱いた俺の顔を覗いて、首をかしげた。


「は? 何言ってんの。道連れになるのはお前の方だぞ」

「え?」


 柵の向こう側で、城から出てきた衛兵たちが整列していた。

 馬上の指揮官が号令をかけると隊列が動き出し、処刑場を四方から囲む。

 まるで軍隊の訓練場のようだった。

 柵の外側にいる兵たちと、内側の俺とアーデンでしばらく睨み合った。

 急に門のあたりが慌ただしくなる。

 いくつも馬車が着いて、どやどやと人が降りてきた。

 魔法使いたちだ。

 それもマスタークラスが、何人も。

 どいつもこいつも成金みたいにチャラチャラと魔石のついた宝飾具を身につけている。

 そうするだけの魔法の撃ち合いを想定しているのかもしれなかった。

 豪奢な車から、初老の男が降りてきた。

 あれは——大魔法使いエザゥエス。

 仰々しい装飾の付いた黒ローブを纏い、クソでかい魔石がいくつも埋まった木の杖を持っていた。

 彼は、アーデンのマスターメイジだった。

 幼いアーデンの魔法使いとしての素質を見いだし、魔法学校に最年少で入学させた。

 魔法大学校学長であり評議会相談役。

 魔法使いとして考えられる、出世の頂点といっていい。

 大魔法使いエザゥエスは配下の魔法使いたちを従え、処刑場の門に立った。

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