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第58話

「アーデン、君はなにか誤解をしているようだ。落ち着いて、静かな場所で、じっくり話そう。この状況は良くない。非常に良くない。君にも、我々にもだ」


 大魔法使いエザゥエスは、威厳のある落ち着いた声で呼びかけた。

 魔法学校時代に彼の講義を受けたことがあるが、その低音のゆったりした語り口は睡魔を誘ったものだった。


「クソがよ……」


 アーデンは彼の言葉を聞いて、笑みを浮かべていた。


「恩赦を与えよう」


 エザゥエスは言った。「その罪人の身元を私が保証しよう。そうすれば処刑は見送られる。もちろん相応の償いはしてもらうことになるが、命までは取らない。アーデン、君のこの行動も不問にする。だから、戻ってきなさい」


 アーデンは俺の左手を取って、自分の胸に当てた。

 ローブ越しに彼女の体温と胸の鼓動……を感じられるかと思ったが、胸にはなにか大きな固い感触があった。

 魔石を服の中に隠している。


「ウィルゥダ、一緒に祈って。わたしと、お前の、魔法の神様に」

「い、祈る……?」

「一緒に」


 彼女は呪文を唱えた。

 長い呪文だった。

 それに呼応するように地下から、恨みのこもった唸り声が其処此処で起こった。

 砂塵が舞い地面が盛り上がり、無数の死体が生えてきた。

 白骨死体スケルトン。アンデッドモンスターだ。


「処刑場には、無念に死んでいった罪人たちの恨みが溜まりに溜まってる。アンデッドを呼ぶのに最高の場所だと思わないか」


 呪文を唱え終えたアーデンは、俺の腕を肩に担いだ。

 ダメージを食らっていた俺の脚がガクガク震えて立っているだげて精一杯だ。


「アーデン、無理だ、逃げられない」

「ここでは昔、何度も攻城戦があったんだ。大勢の兵が死んで、死体はでかい穴を掘ってまとめて埋めたんだって。そんな穴がこの城の周りにはいくつもある」


 林立という表現がぴったりくるほどの無数のスケルトンが、処刑場の門に向かって一斉に駆け出した。

 門の魔法使いたちはアンデッドを土に返すための呪文を唱えて迎え撃つ。


「大丈夫だ。ほら、わたしたちはまだあそこにいる」

「え」


 俺とアーデンが、処刑場の真ん中に残像で留まっていた。

 エザゥエスたちはアンデッドをバタバタと倒していく。

 その土煙で処刑場内は砂嵐の中みたいに数メートル先も見えないほどになった。


「行こう。もうここに用はない」


 アーデンが呪文を唱えると、俺たちの身体は地面にズブズブと沈んでいった。

 肩まで土に埋まりそうになったとき、彼女が門に向かってウインクをした。

 すると、転がったままになっいてたエナジーボールが破裂した。

 エザゥエスがその圧力を魔法で打ち消したが、アーデンの魔力の方が強かったようで、小規模な爆発が弾け飛んだ。

 この間にも俺とアーデンは地中深くに落ちていく。

 身体の中を土が通り過ぎる奇妙な感覚。

 時間の感覚がなくなって、永遠に土の中に埋まったままになるんじゃないかという怖れ。

 俺の腕を掴んでいるアーデンの、手の感触だけが現実感だ。

 ふわっ、と脚が宙に浮いた、と思ったら石畳に落ちた。

 しばらく、真っ暗な世界に倒れたままでいた。

 アーデンが魔法で辺りを照らした。

 白い光の球が、蝶が羽ばたくようにちらちらと俺に纏わり付いてきた。


地下通路ダンジョンか……?」


 城の地下にはダンジョンがあると聞いた事がある。

 王の脱出用とか、近衛兵の訓練場とかいろいろ噂はあったが——。


「まさか本当にあったなんてな……」


 俺が感心していると、アーデンが治癒魔法を使った。

 とても起き上がれるような状態ではなかった身体が、どんどん軽くなっていく気がする。


「ありがとう、アーデン……死ぬとこだった。死ぬとこだったけど……」

「ん?」

「ここは、いったいどういう?」

「北の塔につながってる。もう戻れないけど、いいよな?」


 アーデンはなんともさばさばした態度だ。

 どこか吹っ切れたような。


「俺じゃなくて。きみはいいのかこれで? あのまま許してもらえたかもしれないのに」

「甘いぞウィルゥダ。そんなだからエルフなんかに寝首掻かれんだよ」

「いやそれは……でも、エザゥエスは」

「あいつがそんな約束、守るわけないだろう?」


 吐き捨てるように言った。


「……エザゥエスと、何かあった?」

「別になにも」

「だってあの人はきみのマスターメイジだ」

「もう違う」

「アーデン。どうするんだこれから。今からでも——」

「戻る気なんてないよ」

「それじゃ俺のせいでこんなことに」

「別にお前のせいじゃない。遅かれ早かれこうなった。お前が処刑されなくても。だから、気にするな」 


 アーデンが手を差し出す。


「わたしと一緒に来い」


 俺は手を取った。

 その手に引っ張られて立ち上がった。

 華奢な手。細い腕。

 こんな小さな身体で、強大な魔法を操る。


「今日からわたしがお前のマスターメイジだ。いいな、ウィルゥダ」

「……うん」


 アーデンに手を引かれ、俺は地下通路ダンジョンを歩く。

 このとき、俺は二十三歳、アーデン二十一歳。

 五年ぶりの再会が、これだった。

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