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第59話

 上陸部隊の天幕では各隊の隊長と俺の部下たち、そしてオブザーバーとして会議に参加している調査隊の面々が一堂に集まり、たった今起こった原生生物の襲撃について情報を突き合わせていた。

 襲撃状況は、こうだ。

 まず俺——すなわち山本アキヲ隊長が休憩中に海岸へ一人で出たところ、人間大のトカゲに遭遇した。

 山本隊長はスマホで副隊長の鈴木軍曹に連絡し、当番隊の第三小隊に武器携行の上で展開するよう命令した。

 第一小隊で待機していた者は鈴木副隊長とともに出動、第二小隊には装甲車二台に分乗し待機するように指示をした。

 その後各隊は山本隊長の射撃命令を受けて目標(人間大のトカゲ)に向けて射撃を実行。


「目標に中ったのは?」


 俺の質問に、田中が手を上げた。


「はっきりはわかりませんが何発か中ったと思います」

「ダメージは?」

「それは不明ですがそのうちの——」


 田中が続けようとしたのを遮って、


「不明。つまりダメージはなかった」


 俺は断言した。


「その後、目標は後方のジャングルへと移動を試みた、と」


 隊はかねてよりの訓練の通り、目標を包囲して駆除を図った。

 このとき装甲車が40mm擲弾を発射、目標に命中。


「命中は、してません」


 第三小隊長の印南いんなみが言った。


「3発発射しましたが、いずれも着弾位置が目標から外れ、擲弾は回避されたと思われます……」


 印南は自分のミスだと感じているらしく、ここにきてからずっとうなだれている。


「そんなに落ち込むことはない。夜間のしかも動く目標に対して簡単に中るものか。印南はよくやったよ、うん」

「しかし……」


 俺は彼の肩をぽん、と叩いた。

 ことさら大げさな笑顔を作って微笑みかけたが、彼はうつむいたままだった。

 擲弾は着弾すると爆発して破片を周囲にばら撒く、範囲攻撃弾だ。

 そのひとつも中らなかったとすれば相当な下手くそだが、この場合はそれで差し支えなかった。


「いいんだよ、敵がそれで吹っ飛ばされたか伏せたかして、結果動きを封じた。中ったようなもんだ」


 俺は3発発射、いずれも命中、とした。


「それだとあの、トカゲが40mmの直撃食らっても倒せないことになってしまいますが……」


 印南は眼を合わせないままに言った。


「敵は40mmグレネードを中てても倒せなかった。だから、より強力な武器が必要、ということなんだ」


 印南が顔を上げて、正気か? というような視線を向けた。

 俺は無視して続ける。


「目標の人間大のトカゲは40mm擲弾の直撃を受けたが効果は確認できず、直後、複数の人間大のトカゲがジャングルから出てきて部隊を襲撃、戦闘になったが——」


 俺はA4にプリントされたトカゲの死体写真を会議テーブルの上に複数枚並べた。


「——ヘリによる攻撃でトカゲ一体を駆除。その後トカゲの一群は地中に逃亡した……報告は以上か?」

「あの、隊長……」


 恐る恐る、といった感じで小さく手を上げたのは、高橋だった。


「ん? なにか?」

「あの……なんていうか、こんなこと言うとおかしいと思われるかもしれませんが……」

「どうした? 言っていいぞ」

「あのトカゲ、言葉を喋った気がしまして」


 高橋は自分で言った言葉に、しきりに首をかしげた。


「言葉。言葉って、どんな?」

「自分は名前を呼ばれたような気がしたんですが……」

「あのー、それ自分も聞きました——」


 そこで田中が同調した。「——たしかにあのトカゲ男に名前を呼ばれた気がするんですが、田中、って」


 トカゲ男と言ったか、田中。

 テント内がざわついた。

 隊員たちが明らかに動揺していた。

 知ってる。

 あいつは言葉を喋る。

 俺も話した。散々。


「他に、トカゲの鳴き声が言葉に聞こえた者はいるか」


 田中。高橋……。

 それだけだった。

 二名、だ。


「あと南波隊員も聞いているはずです」


 鈴木が言った。

 南波チトセは軽いパニックを起こしていて、医療班のテントで休んでいた。


「南波からは、あとで俺が聞き取りしておく」

「しかし隊長、南波隊員の銃が——」


 その話は今したくない。

 トカゲが拳銃のマガジンを抜いて分解したなんて話、マジ勘弁だ。

 俺は声を張って鈴木が続きを喋れないようにした。


「訓練じゃない、初めての実戦だったんだ。未知の動物の鳴き声が意味のある言葉のように聞こえることもあるかもしれない」


 あまりよくない流れだった。

 ……トカゲ男め。

 自分の存在をわざと知られようとしているのか。

 それとも言葉を話す、知能のある巨大トカゲとしてYouTuberデビューでもするつもりか。

 この報告はなまのまま上に上げるわけにいかない。

 〝俺〟レッドドラゴンの情報が島の外に漏れて周知の事実になったとき、〝殺す〟という判断を誰ができるものか。

 俺はテントの隅で情勢を見守っている御田寺モエミと桜田リノンの方を見た。

 眼が合った。

 彼女たちはどうすべきと考えているだろうか。

 二人は無言だ。

 俺の出方を見ているようだった。

 どうにかして俺は〝知能を持ったトカゲ〟の件をうやむやにしようとした。


「この件を報告するかどうかは慎重に判断するべきだと思うんだが——」


 結局は先延ばしだ。


「もう少し時間をかけて調査することにしよう。今は当初の通りの任務を完遂することを最優先とする。以上。分かれ」


 話を打ち切った。

 どこかひっかかるものが残ったまま、報告会は終了した。

 全員が出て行ってから、リノンとモエミが引き返して勢いよく天幕に駆け込んでくるなり、


「なにやってんの」


 モエミが責めるような口調で言った。

 リノンは彼女の言葉を後押しするがごとくウンウンと繰り返し頷いている。


「え?」

「なにを勝手なことしてくれてんのって」


 モエミは息がかかりそうな距離まで俺に詰め寄った。

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