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第60話

 確かに今回の作戦は失敗だった。

 トカゲになった〝俺〟を、まんまと取り逃がしたんだから。

 しかし、だからといってここでの作戦行動について、部外者の御田寺モエミや桜田リノンからとやかく言われる筋合いはないのだ。


「取り逃がしたことは事実なのでそれについては反省する。でも俺だって初めての実戦だったんだ。訓練のようには行かない、まだこれから——」

「違うって!」


 モエミとリノンがシンクロして言った。


「えぇ?」

「そのことじゃない。あたし言ったでしょ、夜、暗くなってから、一人で行動すんなって!」


 モエミは俺に背を向け、苛立ちを会議テーブルにバンバンぶつけた。


「ああ、そのことか……」

「そのことかじゃないじゃん! あんたになんかあったらこの部隊どうなんの!」

「それはそうかもしれんけど、まあこうして無事なわけだし」

「たまたまじゃん。てかなんで? なんで一人で夜の海岸に行く必要があったわけ?」


 モエミの病的なまでの問い詰め方に臆してしまい、すぐには言い出せなかった。

 十分に間を貯めてから、小さい声で、


「……タバコ吸ってました……」


 まるで喫煙が見つかって先生に怒られる高校生だ。

 モエミとリノンは顔を見合わせ、まったく同じタイミングでため息を吐いた。


「あんたはここで死んだの。いつどういう形で死ぬかわかんないんだから。気をつけてくれないと困る」

「禁煙する。もう吸わない」


 これまで禁煙には八回ほど失敗していた。


「でも、これで信じたでしょ? 山本隊長。あんたは赤竜に転生するって」

「ああ。人間大のトカゲな。あれは、俺だったよ」


 モエミは俺の眼を見て、頷いた。


「正直、ここに着いてもまだ半信半疑だったんだけどな。本人に会っちゃったらな。てか喋ってたしな。信じるしかないよ。……それよりどうする? 隊員たちがトカゲと接触して、アレが喋ったのを聞いてる。南波なんて拳銃を分解された。あいつは人目をまったく気にしてないぞ。次に会ったときは山本アキヲって名乗って、名刺交換でも始めるかもしれない」

「そんなことになる前にぶっ殺す」


 モエミは拳をつくってドン! とテーブルの上を叩いた。


「そりゃそうだろうけどさ。……殺せるのか。ライフルを何発か中ててるのに普通に逃げていったぞ。しかも土の中にだ」

「リノン、あのマップ出して」


 モエミが言うと、リノンはファイルの束から紙を取り出し、机の上に広げた。

 それは四枚のA4コピー紙をテープでつなぎ合わせた図面だ。

 単純な直線で引かれた、迷路のような地図。

 中央に縦一本。そこから左右に枝のように何本も通路が生えて、かくかくと直角に曲がりくねるのもあれば、すぐに行き止まりになる短いのもある。


「これが、地下通路のマップ。トカゲたちが逃げ込んだと思われる穴がこのあたり。恐らく中から土で埋められてる……」


 モエミが指を差したのは中央縦通路の、下端のどん突きだった。

 島の地下に人工の通路があるかもしれないという話を聞いたのは、作戦行動前の、上陸部隊を編成している最中のことだった。

 モエミから連絡が来て、島に地下通路があるかもしれないから、そのための対策をしてほしい、という話だ。

 地下通路——そのときはモエミは〝ダンジョン〟と表現していたと思う。

 そんなものがあったとしてどこにあるかもわからない状態で見つけることなんてできないから、とまともに話を聞こうともしなかったし、図面も見なかった。

 しかし一応、と地下通路(そんなものがあったとして)内の敵を殲滅するための装備を編成に組み込んでおいた。

 上陸してからも一応それっぽい入り口を捜索したが、なにも見つけることはできなかった。

 しかし今夜のトカゲの襲撃で、図らずも出入り口のひとつが判明してしまったわけだ。

 俺はいま、机上に広げられた図面に描かれている〝ダンジョン〟の攻略を、真剣に考えざるをえなくなっている。


「これは? 出入り口を示してるのか?」


 俺が指差したのは、枝の先端にいくつか書かれた↓のマークだ。


「そう。トカゲたちはその場所に穴を掘って、出入りのたびに埋め戻してたみたい。穴の数はわかっているだけで5カ所」


 モエミはその5カ所を指先でなぞった。


「位置はこれ、正確なのか?」

「知らないよ。言われたままを書いただけだから、あたしに聞かれても」

「え? これって、きみらの記憶にある話じゃないのか?」


 モエミは少し迷ったような視線をリノンに送った。

 リノンは視線で返事を返す。


「……この情報を教えてくれたのは、若月カナ」


 ムラサキという鳥から転生した、最初の人間だ。


「ってことは、これ……知らなかったのか」

「そう。あたしもリノンも知らないムラサキの記憶。若月カナが転生する前の、ムラサキの記憶を思い出してもらった」

「じゃあ、会ったんだ、若月カナに」

「うん。会いに行った」


 モエミは、この島に調査隊のオブザーバーとして派遣されることが決まったその日に、若月カナの住む栃木県真岡市へ行ったのだという。


「どんな感じだった? 転生前の自分に会うってのは」


 俺がついさっき経験したことだったが、モエミの感想も聞いてみたくなった。

 その答えは意外なものだった。


「あたしが会った若月カナは……敵かもしれない」

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