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第61話

 あたしは若月カナから数えたら8回死んで8回転生してる。

 8人のあたしの、一人あたりの平均生存年数は24年。

 これは、同じくあたしの何回か前に転生したミサが一人だけ40過ぎまで生きれたからこの数字で、それ以外だいたいみんな二十歳ちょっと越えたら死んだ感じ。

 生きた合計年数は194年。

 194年……。

 長い。

 無駄に。

 194プラスあたしが今16歳だから、若月カナの記憶はだいたい200年前。

 あのころ、あたし何考えてたっけ……?

 記憶も曖昧になって当然だと思う。

 200年。

 軽く二世紀だからね?



 市ヶ谷の駅からJRで東京駅まで行って、そこでミサと別れた。


「一人で大丈夫?」

「大丈夫だよ子供じゃないんだから」


 端から見たら母親が娘を心配する絵になっていると思う。

 母は高校生の娘が一人で電車乗って遠出するのにミリほども心配なんてしてない。

 あ、もしかしたらあたし一人で若月カナと対面することを心配してるのか。

 でも彼女が気にかけているのはあたしより、どっちかっていうと若月カナのメンタルの方。

 彼女にこれからのこと(転生や赤龍のこと)を伝えてしまって、変に思い詰めないかと気にしてる。

 あたしは逆に思い詰めて受験失敗して地元でおとなしく就職でもしてくれればいいとさえ思っていた。

 そうすれば東京で彼女は彼女の父と一緒に死ななくて済むから。

 栃木県の真岡は東京から新幹線乗って、小山で降りて水戸線乗り換えて、そこからもうひとつローカル線に乗って、トータル二時間半くらいかけてやっと着くようなところ。

 若月カナの住んでいる家は真岡駅からさらにバスに乗って30分くらいかかった。

 スッカスカの電車のシートに座って窓の外を眺める。

 後ろに流れていく車窓には家並みの向こうにどこまで行っても続く畑と山の稜線。

 真岡市が近づいてくるにつれて、若月カナだったころの自分を思い出した。

 ——ああ、そうだった。

 ここから抜け出したい。

 東京の大学に合格して、絶対に真岡から、栃木から出て行く。

 決意したんだった。

 鬱陶しい親の干渉から、田舎の面倒くさい人間関係から、解放されたいとそればかり願っていたんだった。

 あのころのあたしは。



 真岡の駅前はそこそこの地方都市なりの町並みだけど人はまばら。

 あたしはタクシーで、通っていた高校近くのスーパーまで行った。

 自販機で500mlの水を二本買って、一本を開けて口を付けた。

 ここで、あたしはあたしを待つ。

 今日であることには理由があった。

 1月24日。

 この日付に関する過去が何か変わってなければ、若月カナはもうすぐここを通るはず。

 陸上部の長距離はこの時期毎日校外の決まったコースを走った。

 それほど速くもなかった若月カナは、二年生がかたまって通り過ぎたあと、息を切らせてやってきた。

 陸上部のTシャツと短パンでショートボブ。

 あたしは若月カナと併走した。

 彼女は怪訝そうな目線を一瞬こっちに向けたけど、完全無視で走り続けた。


「若月カナ」

「え」


 そんなに驚いてもいないようだった。

 彼女は走るのにいっぱいいっぱいなのだ。

 あたしが制服を着てたからか、警戒も薄い。


「なんで名前知ってんの」

「昔から知ってる」

「誰だっけ?」

「御田寺モエミ」

「会ったことあるっけ」

「初めましてかな」

「どこの学校?」


 彼女の視線はあたしの制服に向いた。

 走るスピードは変わらない。


「スピード落として」

「はあ?」

「これ飲んで」


 あたしは手にしたペットボトルを彼女の胸の前に差し出す。


「いらないよなによ」

「その先で、事故に遭うから止まって」

「ガチで言ってっすか」

「だからいったん止まれ」

「やべーこいつ」


 と、ペースを上げた。

 あたしは彼女の二の腕を掴んで、無理矢理引っ張って止めた。


「止まれって」

「んだよコラ!」


 振り向いた叫んだ若月カナの数センチ後ろを、右から爆走してきたチャリが掠めて通り過ぎた。

 チャリの起こした風に煽られて、彼女の髪が揺れた。


「今日あんたの、母親の、誕生日でしょ?」


 あたしの息も切れてた。


「はあ? なんでそんなことまで知ってんの?」


 ここで初めて若月カナの表情に怖れのようなものが浮かんだ。


「今の自転車と衝突して、救急車で病院運ばれて、なんか検査とかいろいろやって、結果打撲だけで済んだけど……ママの誕生日をお祝いするはずだったでしょ? ケーキは通販で頼んで、ママに内緒でパパと選んだプレゼントも用意してた。お財布。違う?」


 カナは答えず、あたしが持ってたペットボトルの水を引ったくるように取り、半分まで一気に飲んだ。

 そして残りの水を頭からバシャバシャかけて、顔の汗を流した。


「何言ってんの……? あんた誰なん?」


 濡れた顔を拭いもしないであたしを睨んでいる。


「若月カナから、何度も転生を繰り返したあとの、生まれ変わりっつーか。だからあんたの未来を知ってる」

「クソが……」

「カナ」

「なんだよ」

「別に呼び捨てでいいよね? あたしなんだから」

「好きにしろ」

「あたしもモエミでいいから。呼び捨てで」

「でもあたしはあんたじゃないから」


 カナは歩道脇の段差に腰掛けた。

 深呼吸して息を整えている。

 あたしも座りたかったけど、スカートだったし汚れるのいやだったから立ったままでいた。

 カナを見下ろしたまま、あたしはこれから起こること、主にカナにとっての未来を話した。

 二年後、死ぬことも伝えた。どのような死を迎えるのかも、目の前で父親が先に死ぬことも。


「なんなんだよ……っ」


 カナは苛ついてた。

 何度も舌打ちしてた。


「こないだも全く同じ話を聞かされて」

「それは、柏原アオイから?」


 カナは舌打ちのあと、心底げんなりしたような深いため息をついた。


「あんなのあんたら。転生とか、ドラゴンとか、もうそういうの聞くのやめたいのそういう話」


 額に片手をついたまま、首を横に振っていた。


「カナのことを話してよ。それならいいでしょ」

「あたしの。なに」

「前世の話。転生する前の、鳥だったときの」

「……そんなのただの妄想だから」

「妄想でもいいからさ」

「えぇー……」


 嫌々話し始めた彼女の前世の話は、あたしの全く知らない話だった。



 カナは部活を早退して、一緒に近くのスーパーのイートインに行った。

 そこでカナが話したムラサキの記憶が、途中からあたしの記憶と食い違ってった。


「……どゆことなんそれ?」


 あたしは訳がわからなくなって聞いた。


「知らないよ、どういうのかなんてさ。あたしはそのムラサキの、ムラサキだったときの記憶をただ話してるだけなんだからさ」

「えー、その地下のトンネルって何? てか魔王って何?」

「えー自分もムラサキだったって言ってたじゃん、それ嘘なん?」

「大丈夫? 話作ってない?」

「はァ? なにそれ聞いといて」

「うわどーなってんだこれ……」


 今度はあたしが頭を抱える番だった。

 なにかが起きた。

 あたしたちのムラサキは、違うムラサキだった。

 途中までは同じなのに、あるときから違うルートを行ったっぽい。

 あたしが持っているムラサキの記憶は、リノンから引き継いだものだ。

 リノンがマミイに出会ったことで、本来死ぬはずだったムラサキが死なないで生き残った。

 たぶんそのムラサキが転生して、今ここにいる若月カナに生まれ変わった。

 原因は転生者の干渉したから……って感じだ。

 あたしやリノン、あとマミイ、あとは——前に会った軍の人、山本アキヲ……みんなが干渉したから、ムラサキの人生が変わった。


「あれは……妄想じゃなかったんだな」


 カナが窓の外を見ながら、呟いた。


「妄想?」

「その転生とか、ムラサキっていう鳥とか、あたしが、生まれ変わりとかさ」

「それはまあ、そうでしょう。たぶん」


 あたしはそうとしか答えられなかった。

 一瞬、これが全部、みんなで一緒に見てる妄想だったらどうしよう、とか考えた。


「そっかー、妄想じゃなかったんだな……」


 カナがもう一度呟いた。

 彼女の眼は、遠くを見ていた。

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