ガソリンの臭いも充満していた。
「ちょっとそこ開けてくれ」
俺は田中に声をかけ、テントの出入り口にかかっている幕を上げるように言った。
田中が幕をポールに引っ掛けると、外の空気が流れてきた。
すでに鼻がきかなくなっているせいか、外から入ってくる風からもガソリン臭がする気がする。
四つに分かれた各班にひとつずつ、携行火炎放射器が配られていた。
まさか本当に使うとは思わなかったので調達したのは四セットのみだったが、モエミの書いたマップが正しいとすれば出入り口は五箇所、四箇所に火炎放射器を配置して一箇所は開けておいてもよい。
モエミがテントの外から中をのぞき込もうとそーっと顔を覗かせたのが見えた。
手招きすると中に入って、俺の傍まできた。
早朝なので眠そうにあくびをかみ殺している。
「調査隊のほうはどうだ? トカゲの死体どうなった?」
「三上先生がノリノリで解剖してた。自分が名付けるって」
「なんて名前つけるって?」
「オガサワラオオトカゲ」
「普通だなあ」
「そういう人なんだよ三上先生」
レッドドラゴンが死体で発見されたら、〝俺〟はなんと名付けられるのだろう。
オガサワラアカトカゲ、とかになるのか。
「リノンは? まだ?」
「来ないよ」
「え?」
調査隊から一人オブザーバーで作戦に同行することになっていた。
俺はてっきりリノンが来るものだと思っていたので意表を突かれた。
「あたしが同行する」
モエミが言った。
「きみが行くのか?」
「リノンはこの島で死んだから。だから森の中に入ってほしくないの」
「ああ……そうだったな」
「あんたもなんだからね」
「俺も?」
「作戦中に後ろから撃たれたって言ってたよ。マミイが」
「誰が射つんだよ。誤射か?」
「知らないよ。だから、気をつけてって言ってんの」
モエミは手をグーにして俺の肩をぽん、と叩いた。
「きみもな。危険なことに変わりはないんだから」
「あたしのことはいいよ。どうせまた転生するしさ」
「おい」
俺は人差し指を立ててしーっ、とやり、モエミはそれを真似て笑った。
釣られて俺も笑った。
ふと視線を感じて顔を上げると、少し離れたところから南波チトセがこっちを睨みつけていた。
俺ではなく、モエミをだ。
チトセはトカゲの〝俺〟と遭遇して以来、距離を置かれているというか、なんか避けられているような気がする。
だからというわけではないのだが、この作戦からは外れてもらっていた。
声をかけようと近づくと、逃げるようにテントから出て行った。
◇
5カ所ある地下ダンジョンの出入り口は、概ねモエミの書いた地図の通りの場所にあった。
どこも木の根元を掘ってあって、埋め戻した形跡があったのでわかった。
「集合!」
鈴木副隊長が号令をかける。
俺はこの作戦に参加する全員に、命令を下した。
「これより地下トンネルに潜伏したトカゲ(仮名称:オガサワラオオトカゲ)を殲滅するための作戦を開始する。一班から四班は所定の位置につき、号令と同時に火炎放射を実施せよ。第五班は待機して脱出するトカゲに備える。では、各班、持ち場につけ」
各班の隊員たちはそれぞれの持ち場に散った。
俺は自分の隊の田中と高橋、そしてオブザーバーのモエミと一緒に地下通路出入り口近くで待機した。
そこは、〝俺〟が逃げ込んだと思われる穴だった。
「なんだこれ?」
田中が穴の近くで拾ったものを見て首をかしげている。
大型の鳥の羽、と思われた。
付近を探すと、あと数枚落ちているのを見つけた。
「あたしだ……」
モエミが俺の耳元で囁いた。
「え?」
「ムラサキが」
モエミの前々々々……前世だった鳥が、地下トンネルにいると思われた。
「じゃあ、中に……?」
「そうみたい」
「ええー……いいのか……?」
「仕方ない。あんたの前世だっているんでしょ? 中に」
「それはそうだけど……」
この作戦の実行によって、地下トンネルにいる生き物は全滅する。
その中に、
ムラサキは死んで、若月カナとして人間に転生することになっている。
俺は……?
どうなる……?
レッドドラゴンの俺は、死んだらどうなる?
また転生するのか?
今度は生まれ変わることなく、終わるのか?
「各班、配置完了」
無線が準備完了を知らせた。
「各班、目標に対し、火炎放射、はじめ」
地下トンネルにつながった穴から内部に向けて、火炎放射器の炎が一斉に放たれた。
火が塊になって通路になだれ込み、中にあるすべてを焼却し尽くす。
地面のあちこちから、おそらく換気口として開けられていたのだろう穴から細い火柱が上がる。
俺の待機する穴からも、爆煙が吹き出した。
思っていたよりも火の勢いは強く、離れていても熱い。
モエミは俺の傍で、熱風から顔を背けた。
これで終わっただろう。
恐らくトカゲも鳥も、死んだ。
仮に炎から逃げられたとしても、トンネル内で酸欠によって死ぬ。
——竜殺し、か。
ここが異世界だったら勇者の称号を得て国中から偉業を称えられていたところだ。
俺は火炎放射終了の命令を無線で伝えた。
終わってからも穴の中からは長いこと黒煙がもくもくと上がり続けた。