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第63話

 俺の子として生まれたドラゴンの幼生が魔王アーデンっていう前々世で仕えたマスターメイジだった件。

 親子の対面が突然前々世の師(子)と弟子(親)の再会に変わってしまい、戸惑っていたところに一匹のトカゲが駆けつけた。


「ボス! 出入り口付近で不審な者を捕らえたのですが……」


 トカゲたちはどう言い聞かせても俺をボスと呼ぶのをやめない。

 もうボスでいいや。


「不審なものとは?」


 俺もボスっぽく答えるのだ。


「ボスの知り合いだと言い張っておりまして……」

「は? 知り合い?」

「はい……」

「ほんとにそう言ってた?」

「いえ……そうは言ってなかったんですが、なにしろボスの娘だというのですがどう見ても鳥なので……」


 ムラサキだった。


「娘だ。連れてきてくれ」

「でも鳥」

「いいから」

「なにゆえ鳥……?」


 トカゲは首をかしげながら引き返していった。

 ムラサキ……。

 ここまで来てしまったのか。

 なにもこんな危険な状況に飛び込んでこなくても……。


「マミイッ!! なんなんだこいつら!! ひどいよ!! あたしがなにをしたっていうんだ!!」


 ムラサキが、二匹のトカゲに両側から翼を掴まれてやってきた。


「放してやってくれ……」

「いやしかし」

「いいから」


 ムラサキは自由になると、ばさばさと羽ばたきながら抱きついてきて、嘴で俺の腹をガンガンとつついた。


「探したんだぞマミイッ! 帰ってこないから! 勝手に置いていきやがって!」

「どうやってここまで? てかよくわかったなここ」

「マミイのにおいを辿ってったらなんだかあちこちふらふら行ってっから、最後がこのあたりで焦げ臭くてこれ以上辿るの無理かーとか思ってたらこいつらに捕まったわ」


 なにを言ってるのかよくわからなかったが彼女の中では辻褄が合っているのだ。


「人間には? 見つからなかったか?」

「見つかったね」

「見つかった!?」

「見つかったけど別にって感じ。珍しそうに見てたけど、人間も忙しいんだろうね。あたしになんか構ってらんないみたいな?」


 人間からすればムラサキはただのでかいフクロウなのだ。

 彼らの敵はあくまでドラゴンだ。


 ——人間がこのダンジョンの出入り口を探している。


 俺はトカゲに、地下通路の案内を頼んだ。

 すべてのルートを巡り、出入り口の数と位置を把握し、脱出ルートを確保しておかなければ。

 時間はあまりない。



 俺はトカゲの先導でダンジョンを歩いた。

 ムラサキと、アーデンも一緒に。

 ヒカリゴケの僅かな光を頼りに進むのだが、アーデンは生まれてまだ間もないので視力が完全ではなく、あまり遠くが見えないらしい。




 ムラサキも鳥目というくらいだからこの暗さではと思ったら、彼女はフクロウなので夜目が効いた。

 なんなら俺より全然見えていた。


「マミイ、誰よこの女」


 俺の胸の辺りに貼り付いたままのアーデンを、ムラサキは不審そうに見た。


「この子は、俺の子だ」

「え、マミイの、子供?」

「そうらしい。俺の娘、アーデンだ」

「じゃあ、あたしの妹ってこと?」

「そうだ。でも、今の俺にとっては娘なんだが、前々世ではマスターで、魔王だったんだ」

「ぜんぜんせい……? マオウ……?」

「いや、いいんだ。聞かなかったことにしてくれ」


 ムラサキは首をかしげている。


「ウィルゥダ、ここは、いったい何なのだ? だいぶ暗いようだが……」

「ここは、あっちの世界で割とよくあった地下通路、ダンジョンだ」

「あっちの世界?」


 アーデンはまだここが自分のいた世界と違うということを理解していなかった。

 かいつまんで説明したものの、いまいち納得できなかったようだ。


「ここは、二つの世界の接点のような場所だ。あっちの世界の一部が出現したものらしいが、なぜこうなったのかはよくわからない」

「あー、それたぶん転生魔法のせいだな」

「転生魔法でこんなことになるのか? ここは島なんだぞ?」

「魔法の力で時空が歪んだんだろう。魔法の効果が及ぶ範囲のものが影響を受けることはある。それがモノでも建物でも、あるいは地面でもな」


 なんという魔力か……。

 いずれにしろこのこのダンジョンも、ここに生きる動物も樹も植物も、魔物も、ごとあっちの世界から転移したってことで間違いないようだ。


「これが魔王の力ってことなのか」

「そう褒めるなよウィルゥダ」

「褒めてるというか……」


 畏怖、だ。

 俺は改めてアーデンの魔力の恐ろしさを思い知ったのだ。


「だとしたら……ここはどこのダンジョンなんだろうな?」

「さあ……俺にはわからない」


 アーデンは首を起こし、眼を見開いて鼻をクンクン鳴らした。

 周囲の状況を五感で把握しようとしているのだ。


「城の地下通路もちょうどこんな雰囲気だったか。ドワーフ鉱山のダンジョンにも似ている。お前は行ったことあるか? ドワーフの」

「ないんだ」

「あそこは何層も重なっててな。知らないで入ったら生きて出られないほど入り組んでた。地図がないととても歩けないんだ」


 俺は異世界で魔法使いとして暮らしていたが、冒険者ではなかったのでダンジョン探検にはほとんど出たことがなかった。

 だから意外とものを知らない。

 人間ほどの大きさのリザードマントカゲ男の話や、上半身が人間で下半身が蜘蛛の魔物の話も、冒険帰りの吟遊詩人から物語として聞いたことはあっても見たことなどなかったのだ。

 実はここで初めて見た。


「ボス、ここで行き止まりです」


 先を行っていたトカゲが立ち止まった。

 見ると、天井も壁もなにかに押しつぶされたように崩れ落ち、隙間は樹の根と土砂で埋まっている。


「これはいつ崩れたんだ? 最近か?」

「昔からです。もともとここの天井は崩れやすいようで……」


 足下に水たまりが広がっていた。

 一歩足を踏み入れようとすると、


「ボス! そこはだめです!」


 強く言われて足を引っ込めた。


「ここには、下の層に降りる階段があるんですが……」

「下にまだあるのか? ダンジョンが?」

「それがこの通り、水没していまして……」

「水没かよ……」


 濁った水たまりの中にうっすらと一層下へ続く階段が透けて見える。階段は崩れてぽっかりと黒い口を開けていた。


「何匹かの勇気あるトカゲがこの水の中を、どこに繋がっているのかと探検したことがあるんですが……」


 トカゲの話では、下の階層は完全に水没していて苔の光も届かず真っ暗闇、おまけに地下水で温度が低いのでトカゲは動きが鈍くなるらしい。


「お前たち変温動物だもんな……」


 同じ爬虫類である俺も当然そうなるだろう。

 体温が外界に左右される上に肺呼吸する以上、水中での活動限界は極端に短くなる。


「ボスぅぅぅ!!」


 通路の奥から、トカゲたちが駆けつけてきた。


「ボス! 出入り口に人間どもが穴を開けてます!」


 ついに来てしまったか……。

 俺がここからの脱出方法を見つけるより、〝俺〟の殲滅作戦が一歩早かったというわけだ。

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