淀川葵はある人物に呼び出されていた。最初はあずさも怪しんだが知っている名前だが念のため一緒について行くことにした。
その人物が指定したのは町の喫茶店【らぎね屋】。小さな店だが、隠れ家的な感じのカフェで人気がある。
「久しぶりね」
そこにいたのはLure‘sのメンバーの1人、樒リアンだった。
「せらぎねら☆九樹の部下が今更何のつもり?」
「そんな怖い顔しないでよ。あなた達にとっても悪い話じゃないわ」
樒がそう言って出したのは1つの通帳だった。
「この通帳はね、神崎幸太郎の屋敷から見つかったのよ。名義は【淀川彩音】。つまりあなたのお母さんの物なのよ」
「お母さんが!?」
「なんでそんなのが神崎の屋敷から?」
「…これは屋敷の人から聞いた話を元に私が作った憶測にすぎないんだけど…」
淀川彩音は離婚後、シングルマザーとして葵を育てるべくパートだけでなくキャバクラ店で夜の仕事もしていた。彩音は最初は失敗ばかりだったが、やがて仕事になれ客人との話になると売り上げも増え、葵が大人になるまで苦労させないように貯金もし始めた。
だが彼女のいた店に運命の悪戯なのか、神崎幸太郎が部下を連れて訪れたのだ。
「たまにはこういう庶民の店もいいな。高級店はどうにも好かん」
「でしたらちょうどよかったですよ! この店はこの辺りでも評判のいい店でして…」
部下が話しながら酒を注ぐと、神崎は淀川彩音を目にした。
「おい、あのキャバ嬢いいじゃないか」
「ああ、あの方はこの店も人気の子らしいですよ」
「おい店長! あの子をこの席に!」
「はいかしこまりました!」
淀川彩音は神崎の相手をし、気に入られるとそのまま店の外へと連れていかれ一晩の時を神崎と過ごした。
「お前は今日からワシの女だ。なーに食うのに困らない生活はさせてやる」
「はい…」
その日から彩音は神崎の言いなりになった。パートとキャバクラも無理やりやめさせられ、彼の息のかかっている芸能事務所に連れていかれグラビアモデルの仕事を与えられた。
「彩音は美人だ。その美しさを世の中に広めないのはもったいない!」
「ありがとうございます」
「おい撮影スタッフ! もっと過激な水着を持ってこい! こんな地味な水着じゃ」
「は、はい!」
上司でもない彼の言いなりになるその場のスタッフたち。だが彼らは神崎に逆らうことは決してない。例え数百万のファンを持つアイドルだろうと、多くの部下をもつ会社の社長だろうと、暴力団の組長だろうと、政治家と言えど、彼に逆らうことはできない。
ほとんどの組織は彼の持つ権力と財力の後ろ盾で成り立っており、彼に逆らう事は自分達の破滅を意味しているからだ。
彩音はあの日から神崎の言いなりとなり、万が一彼に逆らえば娘がどうなるかわからないと恐れ、彼の要求は何でも受け入れていた。やがて彼は外人モデルのリアンヌ・プレストンを連れて来て、彼女と共に仕事をさせることも多くなった。
神崎の元に来てから自宅で葵と共に暮らし、神崎の元に仕事と言い訳して彼の相手をした。
リアンヌはアメリカから来たらしいが、グラビアモデルをしながら外国人パブのアルバイトをしていた所神崎に気に入られ、そのまま彼の元に来たらしい。
「私、故郷で差別されていました。私はアメリカ人の母と日本人の混血型で、地元では日本人と言われ、こちらではアメリカ人と言われました。他に行くところがありません」
彼女は変えるべき場所が無い。され故に神崎の側でしか彼女は生きる道が無かったのだった。彼が事故で廃人になった後はハワイに移り住んでいるらしい。
「これは私がハワイに行った時、リアンヌさんに直接聞いた話よ」
「彼女は生きているのですか?」
「ええ。名前も戸籍も変えて暮らしているわ。これ以上は彼女のプライバシーにかかわるから言えないわ」
「わかりました。では母が過労で死んだ理由は…」
「ええ…。あの神崎の相手をしていたからでしょうね。ほぼ休みなく呼び出されていたらしいから」
「…」
「だけどあなたの母はただで転ばなかった。彼との関係の契約として、娘であるあなたに遺産を残すことを約束させていたのよ」
神崎家の失脚後、屋敷には彼の関係者が遺産や金を求めて訪れ貪り尽くすように奪っていった。その様は死体に群がるハイエナの様であった。
土地の権利書、金の延べ棒、美術品、株券。神崎が貯めに貯めていた財産が彼の関係者に持っていかれたが、その中で手出しできないものがあった。それが金庫にあった通帳だった。
『この金は愛する淀川彩音とその家族に残すものとする。 神崎幸太郎』
事故で意識不明になる前に彼は弁護士に渡しており、譲渡する手続きも済ませていたのだった。
「神崎幸太郎は実の妻よりも愛人の淀川彩音を愛していたそうだわ。だから彩音の契約の条件も飲んだんだと思うわ」
「…話によれば神崎幸太郎は権力と金に執着するような人物だったと思います」
「まあ、神崎幸太郎も所詮人だったという事よ。本妻とは仲が良くなかったらしいし、外に愛人を作っていたらしいわ。神崎幸太郎同様に」
「はあ…」
「だからどんな理由であれ、自分の側にいてくれる女性に少しでも応えたかったんじゃないかしらね」
「あの男にもそう言う感情があったんだな…」
「とにかく今日はこれを渡したかったのよ。サバイバルゲームで活躍してくれたこともあったしね」
そう言って樒は通帳を渡して去っていった。
後で額を確かめると1億の金が入っており、驚いたのは別の話である。