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第76話『秋穂の日常』

秋穂は元の生活に戻り、学校へ通い始めた。

教師には『親の仕事の都合で一時的に転校していた』ということになり、最初のうちは彼女に質問がひっきりなしだったが、次第に沈静化していき1週間を過ぎる頃には静かに過ごせるようになった。


学校に行き授業を受けて、放課後には友達とカラオケやゲームセンターで遊び、ハンバーガーなどのジャンクフードを販売しているチェーン店で時間を潰して帰る日々である。


だが彼女は1つだけ日常に変化を加えていた。それは資格の勉強をすることである。就活の際に役立つような資格を取ることで将来に向けて準備することを考えていた。友達からは『何真面目にやってんの?』と笑われているが、今頑張っていることがいつか役に立つかもしれないと思っていた。


今楽しければそれでいい。そう考える方がラクだし、未来なんてどうとでもなると考えているがあのサバイバルゲームを通じて少しだけ考えを変えていた。何もできなかった自分、周りに頼りきりだった自分。それらの体験が後悔に繋がり、日々を惰性に生きていた自分に変化を与えなければいけないと考えていた。


「秋穂、ご飯できたわよ~」

「はーい」


母の優子も日常を取り戻し秋穂と生活をしていた。せらぎねら☆九樹から与えられた賞金4000万円を元にアパートを引っ越し、パートをしながら生活をしている。


「ねえ秋穂ちゃん。清志君と会ってない?」

「会ってないよ。そもそも清志君は私達とは違う町に住んでいるかもしれないし、連絡先も聞いてないからまた会えるかわかんないよ」

「そうよね…ごめんなさい」

「…ママ」


秋穂は最近優子に対して不安を覚えていた。優子がサバイバルゲーム中に清志と同棲していたは知っていたが、いつからか清志の事を求めるようになっていった。彼の事を語る優子は母親ではなく恋する乙女の様な目をしているのを感じていた。


「私、宿題あるから」


ごまかすように居間を離れて秋穂は自室に戻った。


―――――――――――――――――――――――――――――――― 


サバイバルゲームで共に生活していた人たちとは再会できていない。ペル・ゲームが終わった後、眠らされた秋穂たちは目が覚めると自宅に送られていた。


テーブルの上には参加賞が入った通帳が置かれており、せらぎねら☆九樹からのメッセージと借金返済済みの証明書が置かれていた。


しばらくして自分達は日常に戻されたことを知った。だが秋穂以上に優子は清志の事を求めていた。


これまで優子は死別した夫以外、借金を押し付けた叔父や、サバイバルゲームで借金を

背負ったロクでもない男性ばかりを見てきたせいで相対的に清志がまともな男性に感じていた。


清志とはサバイバルゲームでペアを組んで暮らしていたことがある。

最初は1人息子といるような感覚だったが、次第にそれは恋心に発展していったのかもしれない。

勿論それは許されることではないとわかっているが、会えない時間が増えるほどに清志への思いが増えていった。


秋穂がいない時は清志と同棲していた時の事を思い出すほどに。そんな時だった。チャイムの音が鳴り、優子は扉を開けた。


「優子さん。お久しぶりです。私の事覚えていますか?」

「えーと…」

「綾善ですよ。サバイバルゲームに参加していた…」

「綾善さん…?」


ふと彼の事を思い出した。

松山綾善、サバイバルゲームの参加者の1人だった。面識はさほどなかったがスーパーで買い物をしていた時に見かけたり少し話したくらいの記憶はあった。


「実は折り入って話をしたいことがあるんですよ。清志君の事もありますし」

「! わかったわ」


優子は綾善を入れるとお茶を淹れて出した。


「すみませんね。突然お邪魔した挙句お茶まで貰って…」

「いえ、サバイバルゲームに参加してしていた仲ではないですか。清志君は今どうしてるんですか?」

「…まあその前に少しばかり身の上話を聞いてくれませんか?」


お茶を飲んで彼はこれまでのいきさつを話した。


自分はかつて大学を出て就職も上手くいき順風満帆な生活をしていた。

そんな時、自分を育ててくれた父親を失い彼は『死』に対する恐怖が生まれていた。


人間は死んでしまえば『無』になるだけ、物語の様な『美しい死』などこの世には存在しない。死の間際まで綾善の父親は『死にたくない』と嘆いていたほどだ。


それから彼はどうすれば『死の恐怖』から解放されるのか、どうすれば命を失わずに済むのかを考え、知人の教えで仏教を信仰することにしたのだ。


やがて仏教への道を行きたいと思い、修行僧になっていた。しかしそこは自分が思い描いていた世界ではなかった。


「所詮宗教の世界も下界と変わらなかった。そこには見えない、実体のないものに恐れ続ける人間しかいなかった。宗教で集めたお布施でキャバクラに行き現実逃避をする生臭坊主しかいなかった」


全ての修行者がそうではないと思うが、彼は宗教施設と言う治外法権の空間で繰り広げられる醜い人間達を見てきた。


「そして私は住職の借金を肩代わりする形で出て行かされたよ。裏社会の人間の手が回っている会社で法外な労働をさせられたが、あのサバイバルゲームのおかげで私は借金地獄から救われた」

「大変だったんですね」

「それで話は戻りますが、実は清志君も誘って同窓会を開こうって思っているんですよ」

「彼も来るの?」

「ええ。日時は参加者が決まったら連絡しますので…」

「勿論私も行きます!」


彼女はそう言って綾善に連絡先を教えた。


(また彼に会えるのね)


優子は清志に会えるのを心待ちにしていた。





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