「ミサ。俺は今日、子供達の番人をする。各地を回って、俺に面会したいという者がいれば、連れてきてくれないか」
「はいはい。わかりました」
名古屋城に三つの勉強机を出し、あずさ、ヒマリ、愛美ちゃんの三人を勉強させている。木田家の小六トリオだ。
家庭教師は、坂本さん、古賀さん、英語の先生にアメリさんに来てもらっている。
床でアドが落書き中だ。
その他には、シュラとクザン、連絡係のメイドが数名だ。
「アド! おまえ下手くそな絵だな」
アドがまるで園児の落書きのような絵を描いている。
その声を聞きつけて、坂本さんと古賀さんがのぞき込んだ。
「何を言うのですか。上手じゃないですか!」
「そうですよ!」
いやいや、下手だ。
俺はこれでも絵心はある。
二十九歳の女性の描く絵ではない。
「これは何?」
古賀さんが聞いた。
指さす物は黒い丸い固まりだ。
きっと、おはぎか何かだ。
「アンナメーダーマン!!」
無表情だが、声は嬉しそうだ。
ばっ、ばきゃーろー、全然違うわー。
「わーーっ! そっくり! デブなところがそっくりです」
古賀さんと坂本さんの声がそろった。
てっ、おい! それって俺をデブって言っているだけだよね。
大体、手も足も描いてねーじゃねーか。
「手も足も描いていないところがそっくり」
またしても声がそろった。
ぐぬぬぬ。
この二人、心が読めるのかー。
「ほう、素晴らしい評定の間ですな」
「なるほど、素晴らしい」
柳川と上杉が来た。
「うむ、未来の日本をになう若者達だ。社会勉強として聞いて貰う。ところで、二人だけ?」
「はい。他の方は遠慮なされました」
「ふむ、そうか。で、話しが早いのはどちらだ」
「私ですね、たぶん……」
上杉の言葉に、柳川がうなずいた。
「上杉か、何の用だ」
「大阪行きの件にございます」
「なるほど、皆に押しつけられましたか」
「はっ、あひ! いいえ。私の一存です」
「うん、そうか。だが、決定事項だ。変える気はない」
だが、もう一押ししてくれれば変えるかも。
だって、いまさらながらハルラがこえーんだもん。
「では、私の同行をお許し下さい」
うーーん、止めてはくれないのね。
もう一声だったのに。
「だめだ。ハルラはこの日本で、最強最悪の男だ。俺でも守ってやれる自信がねえ。情けねえ俺を許してくれ」
「しかし、盾ぐらいは持って行って下さい」
「盾ならアドがなるニャ」
どうやら、上杉もアドも盾になって死ぬ気だ。
ヤル気になればハルラなら、この二人では時間稼ぎにもならないだろう。
まあ、俺やあずさでも時間が稼げるかどうか。
異世界の魔王で同士討ちが限界なほどの男なのだ。
「だから、尚更連れて行けねえんだ。やばい時には逃げて帰ってくる。足手まといは、いらねえんだ」
「ふぐっ……」
足手まといと言われて二人は黙ってしまった。
「で、柳川は何の話しだ」
「何の話しではないですよ」
「お風呂の話しか?」
「はっ? それこそ何の話しですか! 学校の話しですよ」
「が、学校だよね。そう思っていたんだ」
「高校、中学は寮で預かるにしても、小学生が……」
「さすがに,親元から引き離せないか」
「さすがですね。その通りです」
「それについては俺も考えた。名古屋駅前に用意した物を見て欲しい」
ガタン
小六トリオがキラキラした目で振り向いた。
はーっ、やれやれだぜ。
「あずさ、全員を名古屋駅前に移動を頼む」
「ハーイ!!」
すごく上機嫌だ。嫌になるぜ。
名古屋駅のロータリの南隣、名鉄名古屋駅の前の道路に、こんなこともあろうかと、木田足軽隊を制作しておいたのだ。
その数六千体のゴーレム、材料はオリハルコンとアダマンタイト、そして俺の魔力だ。
全部の色が混じると、どす黒い汚い茶色だ。
まるで地下に眠る蛾のさなぎのような色だ。
大きさは、人より一回り大きくて、かなり肥満気味に作ってある。
「と、とうさん! すきーー!!!」
あずさが、飛びついて抱きついて来た。
幼少期に、欲しいものを買ってやった時の喜び方だ。
いや、それ以上に喜んでいる。
目に涙を一杯ためている。
「ど、どうしたんだ!?」
「この子達の名前はスザクにして下さい」
どうやら、前世の記憶が少し戻ったようだ。
折角木田足軽隊とつけたのに台無しだ。
「見た目だけじゃなくて、数まで一緒。スザク久しぶり」
あずさの呼びかけに呼応するように、スザク達が飛び跳ねる。
まるで何日も飼い主と離ればなれになっていた、子犬のようだ。
「うっううっ……」
何故か、柳川以外の女性達がもらい泣きをしている。
なんだか感動的だ。
「あずさ! 数は、たまたまだ。オリハルコンを使い切ったんだ。ミスリルとアダマンタイトは、まだ充分にあるのだけどね」
「じゃあ、補充します」
「いや、いい。それは、次世代にとっておいてほしい。これからは、あずさやヒマリ、愛美ちゃんの時代が来る。その時の為だ」
「無理です。嫌です。それに、加工ができません……うっうっうっ……」
とうとう、あずさが泣き出した。
俺が死ぬ気だと思っている様だ。
「あずさは、かしこいね。でも、むざむざ死ぬ気はないよ。ちゃんと生きる努力はするよ。こんなにかわいい、娘達を置いて死にたくは無いからね。でも、保険は残しておかないとね。保険だからさ。泣かないで」
あずさは首を振って、泣き止まない。
たった六年一緒に暮らしただけなのに、こんなに泣いてくれる人が出来た。
俺は幸せで一杯だ。
死ぬ気は、これっぽっちも無いが、死んでもいいと思った。
ふふふ、俺は腐っているし加齢臭もするが日本人だ。
娘を守る為なら、特攻でも何でも出来るぞ。
待っていろ、ハルラ、娘を守る為たたかう事が、イコール日本人を守る事にもなる。こんな名誉な事は無い。
ふふっ、さっきまでは行くのが嫌なぐらい恐かったが、ようやく戦う決心がついた。
今の俺の目は、きっとメラメラと燃えていることだろう。
ふふふ、正義の戦士アンナメーダーマンの誕生の瞬間だ。
これで命を捨てて戦える。
泣きじゃくる世界一愛おしいあずさを見ていると、俺はどんどん闘志が湧いてくる。
――不思議なもんだ。人間というのは。いっぽうが、死なないでと思うほど、死んでもいいと思えるのだから。