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小さな村で育んだ想い


 ミサの出身は、ネットワーク産業で急成長した一族だ。


 戦争が自然収束した時分、彼女には裕福な家庭の子女として、優秀な家庭教師らが付いていた。中でも情報技術やプログラミングは、一流だった。


 月日は流れて、成人した彼女は、取引先の後継者と恋に落ちた。そして周囲の反対を押し切って、家業を継がず、彼を選んだ。


 IT企業の令嬢と、電子系製造会社の御曹司は、ルコレト村に新居を構えて、牧歌的に暮らし始めた。



「ここみたいな村にこそ、もっと身近に情報を得る環境を築くべきだと、私達は考えていた」


「集会所の家電も、お二人が?」


「ケントが生まれてきて、村の人達も良くしてくれて、幸せだった。未熟な私達が生活してこられたのは、ザースさんや皆さんのお陰。恩返しになればいいとも思っていたの」



 眩しくきらめくミサの目は、抑え難い感情に耐えているのか。


 かの青年は、彼女の中で、きっと今も生きている。反面、彼女の言葉の節々が、彼を遠い過去ににとりこめている。



「シェリーさん。あなたの頼み、喜んで」


「有り難うございます。それが、お二人の願いだったからですか」


「それもあります。でも、シェリーさんや翡翠さんには、もう一つお願いがあって……」



 クォォォオオオン!!



 不安を煽ってくる独特の音。


 サイレンにも聞こえるそれが、シェリーの耳を驚かせた。


 人々の悲鳴に続いて、足元がぐらつく。…………



 これらのサインに、目覚めてからというもの、シェリーはいやというほど遭遇してきた。


* * * * * * *


 階下では、集まってきた村人達が、一体のロボットを囲っていた。


 そのロボットはノコギリ状の腕を振り回して、壁や柱に切りかかっている。それは、度々、自身の障壁と見なした彼らに威嚇する。そして切り落とした鉄や角材を口元に運んで、バリバリ飲み下していた。



 ギィィィイイイイ……バキッ。



「パソコンのコードを齧ってる……!」



 ロボットの行動は不可解だ。ただ、人々を混乱に陥らせるというのは、それらに共通して言える。



「ぃやぁぁァァアアアッッ……!!」



 ひときわ鋭い悲鳴が響いた。


 その出どころがミサだと分かったのと、シェリーがロボットの行動を目で追ったのは、ほぼ同時だ。



「ミサさん……!」



 シェリーはミサに駆け寄った。



 ウィィィィ……と、ロボットが活動を再開した。



「ミサさん、部屋に戻って!」


「くっ……」



 白髪頭の女性が盾を投げ出して、ロボットに体当たりした。


 ロボットの腕が振り上がり、鋭い歯を光らせたそれが、彼女の肩に直撃した。



 ズシュッ…………



 ただならぬ量の血液が、シェリー達の視界を染めた。



「「わぁぁぁあアアア!!!!!」」


「モモカがあいつを引きつけるのです!」


「いいえ、翡翠と私が!モモカは、手当ての指示を!」


「分かったのです!」


「っ、えいっ」



 ロボットに見せつけるようにして、翡翠が通信機をつけた方の腕を向けた。



「こういうの興味あるんでしょ?!」



 案の定、ロボットは、稀少な精密機器に関心を向けた。だが、コンピューターは担いだままだ。


 翡翠を連れて、シェリーは駆け出す。



「あ、あの……」



 ミサが、シェリー達を呼び止めてきた。



「あれも、主人のものだったの。……どうか……」


「必ず取り戻します。今日、有力なギルドの皆さんが駆けつけられなくなったのは、私との取引のせいなので……」


「いいえっ、それは関係ないわ!」



 慌てて首を横に振ったミサに礼を伝えて、シェリー達はロボットの関心を引きながら、集会所の外へ出た。


* * * * * * *


「翡翠の銃に仕込んだ弾を飲ませれば、体内から爆発させられる。でも、ノートパソコンは無傷で取り返さないと……」



 シェリーが思案している間に、ロボットが移動基地に近付いていった。


 侵入者の接近を感知した防衛システムが、電気バリアを展開する。



「……!!」



 光の壁が、ロボットの行く手に立ち塞がった。


 その弾みで転倒したロボットの腕を離れたコンピューターが、宙を舞う。



「待って!!」


「翡翠!!」



 シェリーは、翡翠を着地点から庇うようにして滑り込む。彼女の下敷きになるのも構わず、腕を伸ばして、薄い機器を着地直前に受け止める。



 ずるる!!



「やった!」


「ごめん!シェリー、膝……」


「翡翠が飛び出すからでしょ」


「私なら、怪我、し慣れてるし……」


「初めて会った時だって、半泣きだったのに?」



 砂利で切れた膝を庇いながら腰を上げて、シェリーは翡翠をからかった。


 無傷でも、結局、大きな目に涙を浮かべた彼女にノートパソコンを預けて、手のひらを差し出す。



「これも西の悪魔の仕業かな……」


「だとすれば、カラクリを暴きたいところ」



 冗談を交わす時の軽い調子で、翡翠がシェリーの手のひらに銃弾を置いた。



 ロボットが、体勢を整えようとしている。


 シェリーは、移動基地から予備のコードを持ち出してきて、それを銃弾に巻きつけた。


 ロボットは、目ぼしい食糧でも見付けた様子で、シェリーの投げたコードの塊を追いかけていった。


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