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遺された者のすべきこと


 ロボットの丸飲みした銃弾は、標的を内部から爆破させた。


 鉄片の塊になったそれは、村人達に回収された。



 シェリーと翡翠は、ミサと彼女の部屋に戻って、お茶の残りを飲み干した。先に仕事を終えていたモモカは、既にくつろいでいた。



「本当に有り難う。主人の実家に代わりを送っていただくことも出来たけど、あのコンピューターじゃないと私は……」


「お気持ちお察しします。同じものは用意出来ても、思い出の品は、代用なんか利きませんよね」


「はい、……。あ、でも、……しみない?」


「ッ、……ま、ぁ、仕方ないです……」



 ミサの手当てを受けながら、シェリーは、翡翠が苦手としていることを遅ればせながら理解していた。


 小さな傷は、地味に痛い。



「シェリー、明日は野戦病院へ行こう。診てもらった方がいいよ」


「翡翠、楽しんでない?」


「心配してるんだよ。私が怪我してれば済んでいたのに」


「まだ言ってる。泣くあなたを宥める私の気にもなって」


「シェリーの綺麗な肌に傷が付く方がやだ!」



 さっきから何度、シェリーは翡翠と、こうした問答を繰り返しただろう。 


 ミサが唐突に吹き出した。



「ごめんごめん、仲良いなって……」


「そう見えます?」


「見えるよ。……私達を、思い出すほど」



 ミサの言葉が、一瞬、シェリーの鼓動に規則性を欠かせた。


 胸が高鳴ったのは、きっと家族というものを意識したからだ。


 現在、翡翠は家族同様に、最も近い位置にいる。その関係は、本来ならとっくにシェリーが諦めていたものに近い。



「手当て、有り難うございました。ところで、さっき何かお話ししようとされていませんでしたか」



 シェリーは、騒動の少し前を思い出す。


 ミサは何か言い出しかけていた。



「覚えていてくれたのね。実は──…」





 再び昔話が始まった。


 それは、別れの記憶だ。


 彼女から伴侶を奪ったのは、ロボットだった。



「実家を出たあとも、彼は実家の取引先に、よく足を運んでいたの。製品を卸している店を、手伝ったりも。私は、まだ小さかったケントと、いつも留守番で。そんなある時──…」



 ミサの元に訃報が届いた。ケントが物心ついた頃だった。


 懐かしむように笑ったり、深い悲しみに暮れたりして話を続けていたミサが、その表情を引き締めた。



「彼の仇を取って欲しい」


「仇を……?」


「シェリーさん達は、西の悪魔が何者かを暴きに行くんでしょう。そいつさえいなければ、彼を殺したロボットなんて現れなかった。戦争や世の中の不安要素は、悪魔のせいだとみんなが言ってる」


「──……」



 ミサの切実な面持ちが、彼女の思いを、シェリーの胸に重く落とす。


 戦争を司る悪魔が、遺族らの無念の捌け口になるなら、それは誰にも否定出来ない。悪魔のいる証拠もなければ、いない証拠もないのだから。



「分かりました。必ず西へ行って、ミサさんの分まで、晴らしてきたいと思っています」



 ミサの緊張の糸が解けたのが分かった。


 有り難う、と微笑む彼女は、せめてもの救いにありつけたのか。






 それからシェリーは、集会所のコンピューターから、目当てのOSソースを書き写した。それを移動基地の全コンピューターに反映させて、翡翠の通信機とも繋がることを確認した頃、凛九達が戻ってきた。



「全員、怪我はなかったのね。有り難う」


「心配してくれていたのか?」


「昨夜の件があるから……。野犬には遭わなかった?」


「昨日の今日で、やつらも疲れてたんだろうよ」



 森林の奥深くから掘り出されてきた鉱物は、シェリーの記憶にあるのと同じだ。大昔、重宝していたのが懐かしまれる。


 白亜の暗部の隊員達の手を借りて、シェリーはそれらを移動基地の倉庫に運んだ。



「村、どうしても離れるんだろ。落ち着いたら連絡くれ」


「悪魔を……倒したら?」



 シェリーの発言に、通信コードを読み取っていた凛九が豪快に笑った。



「まず生きて戻ってこい」


「無事だった人間は、いない。そう言ってたわね」


「ああ。だから戻れたら、祝いにまた奢ってやるよ」


「そんな消極的な気持ちで、行かないわ。過去は変えられなくても、今の状況を止める」


「なら、これは協力が必要になった時だな」



 たったひと晩、協力しただけ。


 それだけで、もう交換条件も出してこなくなった親身な友人に気抜けしながら、シェリーは素直に頷いた。




 凛九達と別れると、シェリーと翡翠、そしてモモカは、病院を訪ねた。


 ケントの病室には、ミサと、集会所から彼女に付き添ってきた年長者もいた。


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