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追いつめられた独裁者


 シェリーと翡翠、モモカが工場を出ると、悲惨な村の光景が広がっていた。


 これでもロボット達は減ったらしい。ショウ達の話すところによると、個体の数にも限りがあるのか、初めはキリのなかった襲撃も、今は落ち着いたという。


 しれっと彼らに並んでいたのは、輝真だ。



「何故、何も言ってくれなかったです!?」



 シェリーの腕から飛び降りて、モモカが輝真に詰め寄った。


 昨日、あんな会話もあったからか。主人思いの人工知能は、シェリーの心痛の根源とでも言いたげに、ずいっと彼に顔を近付けようと踵を浮かせている。


 派手な盾を担いだ青年の手が、ふさふさした毛並みを撫でた。



「悪い悪い。こういうの一度したかったんだ、ヒーローは遅れてやって来るってな」



 共闘していたショウ達によると、帰るなり、彼の活躍は華々しかったらしい。村人達を効率良く、この上なく安全に避難させながら、持ち前の土地勘を活かした彼は、あっと言う間にロボットらを劣勢に追い込んだ。盾一つでショウ達まで援護して、彼なしではこうも戦況は好転しなかったろうという。



「そして、ちゃっかり目立っていましたね。小さい子に動画撮られていたの、恥ずかしくなかったんですか」



 呆れ顔のレンツォも、輝真に信頼の眼差しを向けている。


 輝真の出戻りに安堵しながら、シェリーは、今また肩を並べている翡翠が本物か、夢でも見ている心地に陥っている。彼女の存在がこうも有り難かったとは。



「翡翠……」


「ただいま、シェリー」



 彼女の黒い袖の裾を、シェリーは掴む。



「戻ってきてくれて嬉しいわ。さっきは有り難う。翡翠のお陰で、無事出てこれた」



 あらゆる感情がシェリーの胸を渦巻く。どんな言葉も足りない。


 側にいてくれれば十分。


 縋る思いで伝えた時でさえ、それが奇跡に等しいと、考えもしていなかった。


 翡翠なしでは本当に何をする気も起きなくなるのではないかという戸惑いや、彼女への想いの深さに対する喜び、躊躇い、何より単純な愛おしさ。両親への気持ちは鮮やかなまま、最近は、こんな執着も素直に認められるようになった。



「姉御には、翡翠がヒーローじゃねぇか」


「敵いませんねぇ」



 レンツォのニヤついた目が、シェリー達、そして輝真を見回す。


 派手な青年が拗ねた顔で唇を尖らせた時、役人達がぞろぞろ出てきた。


 輝真が舌打ちしたのも気にする様子なく、彼らの内、一人が口を開いた。



「皆さん、ご同行願います」


* * * * * *


 半ば連行されるようにして、シェリー達は村役場を訪ねた。


 翡翠に聞いていた通り、役場内は上を下への大騒ぎだ。


 応接室に顔を出した翡翠の叔父は、彼らしからぬ低姿勢で客人全員を労った。



「皆さん……やつらを鎮めていただいて、有り難うございます。多くの人命が救われました。何とお礼申していいやら……」



 上座に腰を下ろしかけた村長が、自身の癖に照れ笑いして、シェリーの又隣に移った。翡翠を挟んで、彼がシェリーに会釈する。


 一変した彼の態度に痺れを切らせたのは、輝真だ。翡翠も状況を把握しているのか、退屈そうにあくびをしている。



「言いたいことがあるなら早く言え」



 輝真が村長を催促した。


 すると、彼こそ村長が特別に気を遣っていた人物らしい。姪の冷ややかな瞥見を受けて、今に震え上がりそうな顔で口を開いた。







 村長は、早い話が輝真に謝罪した。彼の逆鱗に触れたことで、村が窮地に立たされている。


 それというのもこの村は、農作物をほとんど仕入れで賄っている。中でも取引価値の高いものは、加工品を二次流通させることで、利益を得ているところもある。


 そして、仕入れ先の中心が、輝真の実家の農園だ。


 この村と実家の関係を輝真自身が知ったのは、昨日だ。きっかけは、翡翠の朝食に出たという白いラディッシュ。


 それから彼は、この村との取引をやめた。実家を介して正式な通達を行い、無実の村人達には安価で農作物を提供したのだ。



「お世話になっている農園様のご子息とも知らず……この度の無礼、この通りお詫び申し上げます。誠心誠意、謝罪いたしますゆえ、取引停止のお話はなかったことに──…」



 人が変わったように媚びへつらう村長。対する輝真は、面倒くさげだ。


 さっきから友人が腰を上げかける度、シェリー達も彼を引き止めて、そろそろ疲れを覚えていた。



「テメェが撒いた種だろう。俺がここに混じってなくても、そうして謝罪出来るのか?え?!」



 輝真に顎で動かされるようにして、村長がシェリーに向き直った。今にも泣きそうな顔の彼は、今になって見てみると、確かに翡翠の血縁者と聞いて納得がいく。



「申し訳ありませんでした。シェリーさんも……その、素晴らしい学識で、やつらを追い払って下さったとか。お代でも燃料でも、喜んで提供しますので、ハッキングプログラムとかいうもので……」



 …──トヌンプェ族を敵に回した村を救ってもらえませんでしょうか?



 隙あらば利益を得たがる叔父を睨んで、翡翠が目くじらを立てた。



「叔父さん!」



 謝罪もまともに出来ないのか。


 姪の指摘にたじろぐ彼に、シェリーは僅かに同情した。


 ショウ達への侮辱は平気で聞いていられなかった。だがシェリーは、自身に向けられる差別や偏見に慣れている。彼の当初の対応も、他の三人ほど堪えなかったところがある。


 それでも、翡翠と過ごす内に、シェリーは自分自身に価値を見出すことを覚えた。友人として選んでくれた彼女の気持ちは、叔父であろうと否定させたくない。



「あのプログラムは、まだ究明が不十分です。だけど私達は西へ行って、村に限らず、未来を変えるつもりです。それには翡翠が必要です」


「姪を……危険な旅に同行させると?」



 村長が神経質に眉を顰めた。


 シェリーは、慎重に言葉を選ぶ。


 得たいのは、翡翠の身内を納得させられるだけの信頼だ。だが実際は、とっくに彼にも負けないくらい、彼女を家族として愛している。



「必ず無事に連れ帰ります。以前、彼女に救われました。私は、翡翠のくれた生きる喜びを返したい。側にいて支えてくれる彼女を、身を呈してでも守ります」


「…………」



 低い唸りが、張りつめた空気を顫動した。


 心なしか頬を染めた翡翠の横顔に見惚れそうになりながら、シェリーは思う。彼女の両親に挨拶するより、難問に直面していたのではないか。


 輝真が口を開く。


 今の返答次第では、取引を再開したい。


 彼のひと押しが、村長に苦渋の決断をさせた。


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