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ハッキングプログラム


 ショウとレンツォをロボットらの対処に行かせて、シェリーはモモカと工場へ向かった。


 防火仕様に手を加えた簡易バリアは、燃え広がった炎の熱も絶つ。

 工場員らを避難経路に導きながら、シェリーは消火作業を進める。


 消防車一台来ないのは、ロボットらが妨害しているからだろう。村役場もてんやわんやしているらしい。翡翠に聞いたところによると、彼女の叔父は今、よその村の得意先とも揉めている。



 ケタケタケタケタ……



 バッバーン!バキュン!!



 シェリーは、迷い込んできたロボットを射撃した。


 翡翠の愛用している火薬含有の弾丸が、機体を無惨に吹き飛ばす。



 バキューン!!バンッ……バンバンッ!!



 カタカタカタカタ。



 立て続けに侵入してきた数体も、シェリーが胴部を貫くと、数秒後には見る影もない鉄の塊の山に変わった。



「ここも元に戻ったら、働きやすい職場になるよう願うわ」



 原型もない工場内が、シェリーに良心の呵責を感じさせる。


 昨日、採掘場で遭遇した工場員達。彼らは職を失って、当面の生活は、きちんと保証されるのか。



 ただし──……



「輝真さんが立ち回ってくれたお陰で、モモカ達は不戦勝したです!」



 モモカの楽観的な喜びも、シェリーには否定出来ない。あらゆる手間が省けた。



 シェリーがモモカと踵を返した、その時だ。…………



「貴様か!爆弾に余計な真似をした犯人は!」



 数人の男性らが、シェリー達を包囲した。


 彼らの耳から、ひと目で分かった。トヌンプェ族だ。



「っ……」



 バババン!!



 シェリーは、彼らの頭上に発砲した。


 天井で爆発した弾丸が、トヌンプェ族らに、瓦礫と砂埃を降らせる。



「くそっ……やれ!!」



 ドドドドド……



 トヌンプェ族らが、シェリーとモモカに刃物を向けて突き進んできた。


 簡易バリアを広げて銃を構える。


 そしてシェリーは、直近の男の肩に銃弾を掠らせて、出口へ向かって駆け出した。


 数秒後、新たに壁が吹き飛んだ。



「防御か……パンダさえ殺れば……っ」



 男性の一人が耳をいじって、何かぶつぶつ唱え始めた。


 シェリーは、彼の指先に極小の金属を見た。ピアス型のコンピューター端末だ。



「モモカ!」



 男性の投げた角材が、簡易バリアを突き破った。


 シェリーは、モモカを抱いて死角に飛び込む。追ってきたトヌンプェ族らを迎撃する。



 ドゴォォォン……



 タタッ。



 正面口は、おそらくトヌンプェ族らが塞いでいる。


 シェリーはモモカを床に下ろして、裏手に迂回することにした。


 彼らは防衛システムを無効化出来る。狭い場所での攻防は不利だ。



「はぁ、はぁ、……」


「シェリー!前!」



 モモカの声が、シェリーを反射的に止まらせた。



「遅かった……」



 焼けて崩壊した工場に、表も裏もない。


 そこにはさっきのトヌンプェ族らの仲間と見られる集団がいた。


 シェリー達の後方にも、追跡の足音が迫る。 



「覚悟しろ!!人間!!」



 シェリーは、モモカに空中プロジェクターを出すよう指示する。



「急いで、モモカ!」


「はいです!!」



 パァァァ……



 ダンダンダン!!バキュン!!



 弾丸の爆発でトヌンプェ族らの目をくらませながら、シェリーはトキとの会話を思い起こす。


 取材班の発見した、太古昔のプログラム。


 それは、彼らのコンピューターに侵入して、あらゆる干渉を一方的に行うツールだ。



「モモカ!──……×××××!」



 シェリーは、最後の言語をモモカに告げて、至近に迫った二人の体術を受け止めた。



 ドゴ!バコッ!!



「はぁっ……たあァア!!」



 再現したのは、数日前に見た、ショウ達の動きだ。


 盗賊団を抜けるために、拳と拳を兄貴分らとぶつけ合った彼ら。敵わないと分かっていながら、青年達は、志す未来のために戦った。


 シェリーも、無謀な戦いに挑んでいる。

 殺す覚悟が持てれば別だが、いくら相手が異星人でも、そうした行為に慣れたくない。



 バコッ!バキッ!!



「いで!……ヒィ!」



 シェリーの拳やキックを受けた男性達が、腹や足を庇いながら、よろよろ腰を上げてきた。全員の目が血走っている。



「貴様だけは……ッ」


「シェリー!」



 ピキピキーーー。



 軽快な機械音に彼らが過剰な反応を見せた。


 シェリーは自身が何かに持ち上げられる感覚がした。



「あぁぅ!!」



 ズルルッ!!



 投げ飛ばされたシェリーの身体が、物置棚に突っ込んだ。落下物が頭上を襲う。


 腕で頭を覆った時、光の壁が、シェリーを守った。


 工具やら瓶やらが蛍光色の仕切りを滑って、床に散らばる。



「やったです!防衛システム無効のプログラム解除、成功したです!」


「やはり今の音……!!」



 シェリーが視線を向けた先で、トヌンプェ族の男性達が血相を変えていた。


 自棄になったようにして、突き進んでくる彼ら。


 だがシェリー達を覆ったバリアは、鋭利な刃物を突き立てられてもびくともせず、キキー……と引っかき音を鳴らすだけだ。



 突然、扉が開いた。


 急激な明度の上昇、目を細めたシェリーの視界に、懐かしいような影がちらつく。



「止まりなさい!!」



 逆光の中に翡翠がいた。


 ツインテールの長い髪に、大きな目、ふわりと裾の広がった、ワンピース。…………



「ひ、す……」



 感動して声も出ないとは、このことか。


 胸震えるシェリーの耳に、彼女の次の脅し文句が続く。



「見たでしょ?!コンピューターハッキング。あなた達のバリア無効の能力も、御愁傷様」


「っ……?!」



 目を瞠ったのは、シェリーだけではない。翡翠の勘の鋭さに、モモカも驚いている。


 何せコンピューターハッキングの暗号は、トヌンプェ族らの間でも、実存が疑われている。先史時代、ひと握りの発明者らにのみ出回っていたというそれは、ともすれば宇宙も混乱に陥らせる危険性から、表向き闇に葬られた。トキが伝えてきたのも、後世の研究者らがほとんど想像で肉付けしたプログラムに過ぎない。


 従って、翡翠もはったりをきかせたつもりに過ぎないのだろう。


 彼女の想像力が、シェリー達を救った。



「逃げなくて平気?ぐずぐずしてたら、あなた達の精密機器ごとハッキングして、そこの綺麗なお姉さんが下僕にしちゃうよ」



 翡翠の発想は、パーソナルマイクロチップの脅威の影響も受けていたのか。


 人間がトヌンプェ族を服従させる数少ない手立てから着想を得た翡翠の口から出まかせが、今度こそ彼らに尻尾を巻かせた。


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