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裏切りと、襲来と


 二週間は節制もいらないくらいの燃料が、貯蔵庫を満たした。


 夕陽に染まった広場から、シェリーとモモカ、ショウとレンツォは、村の景観に浮いた荘厳な村役場を眺めていた。


 工場は、まだ明かりが点いている。商人達が店仕舞いを始めても、工場員らは今夜も残業を強いられるのだ。



「村長が爆弾を作っているわけではないのです」



 モモカの意味深なひとり言に、シェリー達ははっとした。



「ストライキさせればいいんだよ!」



 最初に叫んだのは、ショウだ。


 シェリーとレンツォも続けて頷く。



 村人達は、多くが貧困に喘いでいる。税は重く、名ばかりの救済制度は、実質、強制労働だ。


 ただし、どれだけの工場員らが不満を抱えているかまでは、不明だ。彼らに直接、爆弾の製造をやめるよう交渉するなら、失業やトヌンプェ族らの襲撃という、最悪の場合のリスクも顧させないだけの材料も必要だ。



 あれこれ議論して更にひと晩、この村で二度目の朝を迎えたシェリーは、ヘレンモの湖畔で別れて以来のトキ達から通信を受けた。


 爆撃を逃れながらも一同は、取材を続けて、新たな情報を手に入れたらしい。


 それを知らせてきた彼女らは、翡翠と輝真が仲間を抜けたことを知ると、声だけでも分かるほど仰天した。



『気を落とさないで、シェリーさん。輝真くんは旅好きだし、翡翠ちゃんもすぐに戻ってくるはずよ』


「有り難うございます。……」


『さっき伝えた方法が見付かれば、無血でトヌンプェ族は鎮められる。遅くとも西との決着がつけば、彼女を迎えに行くんでしょう?』



 健闘を祈ってるわ、というトキの激励を残して、通信機が切れた。


 今しがたの会話を頭の中に反芻したシェリーの耳に、嫌な音が響いてきた。



 クォォォォオオオン……



 ロボット達の咆哮だ。


 ややあって、レンツォの声が、扉の叩く音を連れてきた。



「ロボットです!工場が火事です!!」






 モモカの報告によると、工場に火を投げたのは、トヌンプェ族達らしかった。


 爆弾に偽の薬品が調合されていたという。昨日の出荷分全てが欠陥品で、村長と裏で通じているトヌンプェ族らが彼に説明を求めると、本人は原因不明の一点張り。工場に調査を入れたところ、従業員らはまともに取り合わず、製造設備も人為的な故障が見られた。


 結果、両者の取引は破綻した。

 トヌンプェ族らは、村を裏切り者と見なした。



「オレらが吹っかけるまでもなく、ストライキだな」


「翡翠か?……姉さんは、何もされてませんよね?」



 神経質に首を傾げるレンンツォに、シェリーは頷く。


 いくら翡翠が村長の姪でも、彼女の影響力が工場にまで及ぶとは考え難い。説得に成功したとしても、それなら叔父が動くはずで、彼なら業務を止めるだけにとどめるだろう。


 だが、偶然にしては出来過ぎている。



 ピピー。



 通信機がまた鳴った。



「翡翠?!」



 液晶画面に発信主の名前を見るや、シェリーは飛びつくように応じた。


 昨日も聞いた彼女の声は、こんな時でもシェリーを癒やす。


 その声が、外の騒ぎとは別の問題を知らせてきた。


* * * * * *


 翡翠は昨日、ある富豪の屋敷を訪ねた。


 村と村の境界に位置する豪邸へ、叔父達の顔を立てるためだけに足を運んだ翡翠は、同世代の一人娘のもてなしを受けた。


 きらびやかな格好に、派手な生活。

 ヤナと名乗った彼女とテラスに出て、使用人らの運んでくるお茶やらお菓子やらは極上だった。


 世間は爆撃でそれどころではないというのに、庭園は、とりどりの花が咲き乱れていた。一気に春でも迎えたのかと目を疑った。



 …──のんびりした生活や、大切な人。いつ失くすかも分からないって、あなたは不安になったりしないの?



 うっかり口を衝いて出た疑問。


 それが、か弱い令嬢の素性を暴いた。



 …──失くしたって、作り直せばいいこと。そうやって私達は生き延びてきたと、おじい様達も話していたわ。



 その時点まで、翡翠は彼女を人間と思い込んでいた。叔父の「しっかりした家の娘」という太鼓判が、翡翠に色眼鏡を与えたのか。


 知らずに平和ボケしかかっていた翡翠は、あの訪問と、叔父がトヌンプェ族と取引している事実を、切り離して考えていた。








「つまり、その屋敷にいた令嬢は、本物の娘さんではなかったの?」



 シェリーは、信じられない思いで呟いた。


 翡翠が伝えてきたのは、彼女の叔父の知人の屋敷が、櫂・ミーチェの旅館と同じ被害に遭っていたという現状だ。

 問題のトヌンプェ族は、裕福な一家に目をつけた。そこで一人娘を排除して、自身が彼女として生活している。数人の使用人らも共謀している。彼女らは奪った他人の人生で、豪遊して、エネルギー資源を西へ横流ししているらしい。たまに帰宅する主人らを始め、使用人など他の従来の住人達に被害がないのは、今のところなり代わりに害意がないからだ。



『親も気付かないなんて、おかしい話なんだけどね。近所の人達によると、冷たい家庭だったって。それに、工作に協力的な使用人の人達は、特別手当をもらっているみたいで……』


「騒いで危険に晒されるより、賄賂で納得しているわけね」



 翡翠の沈黙が、シェリーの解釈を肯定していた。



「有り難う。外の騒ぎがひと段落ついたら、潜伏の件も調べるわ」


「待って、シェリー」



 翡翠の声が、シェリーの通信機をオフにしかけた指を止めた。



「工場を目茶苦茶にしたのは、輝真なんだ。実は、一昨日からいたずらを始めて……」



 それから翡翠が話を続けた。


 輝真は故郷へ向かう直前、翡翠に連絡していたらしい。彼の別行動は、村長の注意を自身から逸らすためでもあった。帰省は実際にしたが、出発前に工場員らを買収した。彼は、数人に爆薬を無効にする薬品を渡して、以後、使用するよう指示したのだ。



『私が叔父さんに歯向かいそうな人達の情報を流して、輝真が買収。報酬は、彼の実家の農産物。工場員の人達は、食べ物も満足に調達出来てなくて、売ればお金にもなるから』



 モモカの報告してきた欠陥品の爆弾は、そうした経緯で出荷されたということか。


 シェリーが納得していると、通信機から無邪気な笑い声が聞こえた。また、翡翠の近くで愉快な事件が起きたらしい。


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