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箱入り娘と内緒話


 早朝からエネルギー収集を始めたシェリー達は、途中、工場員達と鉢合わせた。


 採掘地は、例の工場から目と鼻の先だ。彼らはここから燃料を引き入れて、生産高を上げてきたのだろう。


 昼時、彼らが休憩に引き上げると、シェリー達も移動基地に戻った。


 昨日までより二人分を減らして作る昼食が、三人と一匹をやるせない思いにさせる。



「ハリボテのような村なのです」


「不都合なモンに蓋をしている、見てくれが一人前なだけだからな」


 モモカに頷いて、ショウがオムレツを頬張った。彼の隣でレンツォが瞠目しているのは、彼女の皮肉に感心したからだろう。稼働中の人工知能ではおそらく最古の彼女は、それ相応に感情プログラムも成長している。シェリーでさえ、時々、彼女がペットか何かと錯覚しそうになるくらいだ。



「翡翠に連絡はついたわ。当分、工場の説得は難しいって。採掘地のことを話したら、出発前に、抜け出せそうなら会いたいって」



 通信機で話した感じからして、軟禁されているわけでもないようだった。


 彼女の声が、今朝、シェリーの一夜にしてぽっかりと胸に空いた穴をいくらか慰めた。就寝前、シャワーを浴びながら存分に泣いて、こらえていたものを流し落とせたのもあるか。今はまた前を向けそうだ。



「進展がなければ呼び戻しては?」



 レンツォの焦ったそうな声に、シェリーは頷く。



「そうするつもり。あの子のことだから、叔父を頷かせるまで粘るでしょうけど、根本の解決を優先したいわ」



 自分達が止めるのは、爆撃ではない。西の悪魔だ。


 にも関わらず、今のままでは戦力面に懸念がある。


 暗にそう付け足して、シェリーは空の皿にスプーンを置いた。


 視覚情報や匂いで食事を楽しんでいたモモカが、つと一同を見回した。



「輝真さんは、戻るですかね?」


「…………」



 ショウとレンツォが気まずそうに俯いたのは、村長の旧弊な想像力が、おそらく輝真の堪忍袋の緒を切ったからだ。ただでさえ虫の居どころの悪い時に、あんな憶測を真正面からぶつけられれば、彼でなくでも気に障る。



「姉御のせいじゃないっすよ……」


「ショウの言う通りだ、輝真さんが一番分かっているはずです」


「村長の頭の中は、カビだらけに違いないです!」



 モモカまで酷い悪態だ。


 あの村長よりシェリーの方が、実際は長く生きてきたという事実を、彼女はうっかり忘れたのか。


 人工知能らしからぬそそっかしさに、シェリーは笑いそうになる。


* * * * * *


 翡翠は、目を瞠るほど豪華に飾った部屋にいた。正面には、黒いドレスに袖を通した少女の映る全身鏡。


 新品の衣装に着替えさせられた翡翠を囲って、新たな主人の身支度を手伝う使用人達が動き回っている。


 この屋敷には、何でもある。


 煌びやかな調度品、三度の食事は豪勢で、いつでも快適な空調がどの部屋にも行き渡っている。夜は広々した浴槽を真っ新な湯が満たして、太陽の香りを含んだ寝具が翡翠を極上の眠りに落とした。


 そして今朝は、勉強の遅れを取り戻すための家庭教師が挨拶に来た。午後は叔父の紹介で、地元の富豪の屋敷を訪ねる予定が組まれている。


 こうして翡翠は、叔父の機嫌も取らなければいけない。



「お噂通り、なんて可愛らしいお嬢様でしょう。翡翠様、お身体の傷は、数日内には跡もなくなりますからね。奥様もお墨付きのお薬を塗布させていただいております」


「翡翠様、こちらのお召し物も試してみられて下さいませ」



 給料で動く使用人達は、至れり尽くせりだ。古傷だらけの翡翠を憐れんで、ちやほやして、年頃の娘を着飾ろうとしている。


 だが──……



「怪我は、もう全く痛まないから。平気。それにお洋服は、黒が好きなの」



 翡翠の怪我は、さしずめ旅の勲章だ。痛々しい古傷は、シェリーが手当してくれた記憶も染み込んでいる。それに、まだ黒以外に袖を通そうという気がしない。花火大会での浴衣も、彼女が褒めてくれていなければ、すぐに脱いでいただろう。



「もう喪は明けていらっしゃるでしょう?」


「失礼ながら、ご両親は、翡翠様に相当の苦労をかけられたとか。せっかくご主人様の保護下においでで、翡翠様は前向きになられませんと……」


「お身体の傷も、おいたわしい。ここでは、翡翠様がお嫁に行かれるまで、枝毛一本も作らせませんからね」



 使用人達に悪意はない。


 主人にどんな話を吹き込まれていたとしても、そこに彼女らの好奇心はない。どれだけ翡翠が両親やシェリー達との日々を手放したくなかったかも、理解しようとする必要がない。言いつけ通り世話するだけで、本人が何を抱えてきたのかも、知らなくて良い。


 それと同じで、赤の他人に大切にされ慣れていない翡翠にも、彼女らに合わせる筋合いはない。


 つと、翡翠は、叔母の美容係も担当している使用人と目が合った。桃色やら若草色やらの衣装を吊ったキャスター付きのハンガーラックが、彼女の脇に並んでいる。



 使用人達に、叔父への不審は欠片もないように見える。一方、屋敷に出入りしている業者関係者らや、役場でも平職員達は、自身の生活に不満をちらつかせていた。


 つまり翡翠達から遠ざかるほど、叔父に背く見込みが出るのか。…………



「ごめん、お手洗い行かせてくれる?一人で」



 翡翠は、使用人達に有無を言わせず部屋を出た。


 本でも読めそうなくらい快適な化粧室で、通信機に呼びかける。



「輝真」



 ややあって、放蕩息子の応答があった。


 声を潜めて、翡翠は続ける。



「村の人達は、叔父さんのやり方に不満を持ってる。直接雇われてる人達も、下っ端は、待遇も最悪みたいで」


『やつらとの取引には?』


「六割程度、賛成派。残りは、生活苦からすれば、爆撃に遭った方がマシだって」


『マジかよ……』



 輝真のしかめ面が、目に浮かぶ。翡翠もきっと、彼と同じ顔をしている。


 戦争より酷いものはない。


 だが、こうも不満を募らせながら、村人達が暴動ひとつ起こさないのは、叔父の所有する警備隊が強力だからだ。対して彼らは無力過ぎる。


 それから輝真と二言三言交わして、翡翠は通信機を切った。


 昼にシェリーと話したばかりなのに、もう声が聞きたくなっている。


 だが、輝真に先を越されたくない。彼に協力しながらも、大人げない闘志を燃やして、翡翠は使用人らの待つ部屋に戻った。


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