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離れ離れになる


 翡翠の身内が治めている静かな村へ引き返す道中、シェリーは電気バリアを3Dコピーして、通りすがりの村々に仕込んだ。

 西の悪魔が目をつけないよう、初期電力は最小限に抑えている。感知した危険物から燃料を吸い上げて、自動発電する仕組みだ。


 シェリーが作業している間、翡翠が防衛に徹していた。慣れた手際でロボット達を撃ち倒している。



「こんなに安全で住み心地のいいおうち、どこを探してもないよ。私、初めは夢かと思っていたもん」



 ドゴォォォン……!



 ともすればシューティングゲームでもしているくらいの涼しい顔で、翡翠が今またロボットの群れを撃破した。


 シェリーは、コンピューター画面から顔を上げる。



「移動基地の武装機能は、昔の助手達の意見があったお陰なの。当時は、やりすぎじゃないかと躊躇ったけど……」



 こうして有用していると、感慨深くなる。


 未来予想でもしていたような彼らの当時のアイデアが、千年を経て、シェリー達を守ってくれているように感じる。



「シェリーの助手が務まるくらいの人達だったなら、本当に未来予想していたのかも」



 翡翠のとりとめない言葉。


 それは、可能性としてゼロではない。


 彼らも、トヌンプェ文明の研究をしていた仲間だ。当時の学会は超古代という概念に対してまだ神経質で、夢だの非科学的だのという見方が強かったが、こうした未来に繋がる要因は、あらゆる部分に潜んでいた。


 千年前の居場所も昨日のことのように思い出す。そして、シェリーは翡翠と今こうして過ごしている瞬間も、未来になれば、同じように思い出すのだろう。



「時が経つのって、こんなに早かったかしら」



 目覚めてから今日までだけでも、目まぐるしかった。明日と呼んでいた日も、瞬く間に昨日に変わる。どれだけ科学が進んでも、時間だけは掌握出来ないのだと思い知る。


 何気なく過ごした日々などない。一生分と言って良いほど、非日常的な経験を積んだ。


 だが、まだ人生に満足はしたくない。


 長い歴史からすれば、シェリー達が今している抵抗など、ほんの些細なこととしても、懸命になる価値がある。


 こんな風に日々を重んじられるようになったのは、翡翠のお陰だ。


 その彼女がいなくなる明日など、最近は、考えられもしなくなっていた。



「村、見えてきちゃった……」



 翡翠の残念そうな口調が、シェリーの胸のざわつきをいくらか鎮める。


 どこにいても、ここが、彼女の帰る場所であり続けて欲しい。


 タッチパネルから手を離して、彼女が琥珀糖を口に含んだ。


 ヘレンモの湖畔に村への道中も、今と同じポジションで、このお菓子を気に入った彼女は、咀嚼していくらか明るい顔つきになった。その笑顔に安堵する。今、彼女が甘えたがれば、シェリーが情けない顔を見せてしまう。


* * * * * *


 村役場で翡翠を迎えた村長は、ほら見ろとでも言わんばかりの得意顔で、彼女を役人達に預けた。



「わしの姪じゃ。屋敷に送り届けてくれ」


「承知しました。お連れの皆さんは?」


「気にせんでいい。大方、翡翠の世話の見返りでも期待して来たのだろうが、わしは庶民に感謝はせん」


「では」



 複数の役人らがシェリー達に近付いてきた。残る二人が恭しく翡翠に会釈して、彼女を回廊の奥へ連れて行く。


 遠ざかる後ろ姿を今にも追いかけそうだったシェリーの腕を、役人が掴む。



「ご退出願います」


「んだとコラァ!!」



 ショウが、シェリー達の間に割って入った。彼も取り押さえられかけていたが、体格差から優勢の彼は、役人を早々に振り払っていた。


 急に自由になった弾みに、シェリーはふらつく。モモカが足元で支えてくれた。



「姉御がついてなきゃあ、とっくに翡翠はロボットの餌にでもなってただろうよ」


「ショウ……!!」



 シェリーは、喧嘩腰のショウを村長から引き離す。


 レンツォと輝真に振り返ると、彼らも役人に押さえつけられて、ショウと同じ顔つきをしていた。



「クズどもが」



 翡翠とは似ても似つかない、彼女の身内が吐き捨てた。



「燃料が不足しているのだったな」


「その通りです」


「翡翠を返して、一切謝礼を受けられなくとも、君は西を目指すのか」



 シェリーは頷く。



「翡翠やあなたに、感謝は求めていません」



 彼女には、既に返しきれないものをもらっている。


 シェリーに再び希望をもたらした、かけがえのない日々。


 二人の思い出を振り返っていると、初老の男性の粘着質な笑みが映った。



「なるほど。足手まといになって、捨てて行くことにしたのか」


「え……っ」



 村長の想像力に顔色を変えたのは、シェリーだけではない。


 一同のどうとも言えない様子を気にも留めず、村長が続ける。



「分かりますよ、翡翠は育ちのいい分、世間知らずでまだ幼い。シェリーさんといったかな?あれでも役に立つことはあったのだろう、だが聞けば、最近はそこの不良上がりも加わって、戦力には困らなくなったのだとか。そりゃあ、うちの姪が役立たずにもなるだろう、君らと違って、彼女は働いたこともないのだから──…」


「テメェ!!」



 今度は輝真が拳を握った。


 レンツォが彼を咄嗟に制すると、突然、村長が首だけ動かして、頭を下げた。



「翡翠が迷惑をかけた」



 自身を除く相手全てを見下した人間の会釈。


 顔を上げた村長が、言葉を続ける。



「……これで満足ですかな?わしらも品性は捨てん、女性一人でも複数の男と旅を続けようという自堕落な庶民相手でも、姪を返してくれた恩は認める」


「っ……!!」



 輝真が役人達を肩で押しのけて、その場を離れた。



「輝真さん……!!」


「おいっ」



 シェリーに続いてレンツォ、モモカ達も輝真を呼ぶ。


 その声も、彼の耳には届かないのか。



「胸糞悪りぃよ!!おっさん!!」



 役場中を輝真の怒声が響き渡った。


 それから乱暴な音を残して、エントランスの扉が閉まった。






 近場にエネルギー資源の採掘地を見付けたシェリー達は、村の外れで一夜を明かした。


 朝になって、輝真から連絡があった。


 役所で頭に血が上った彼は、人間同士の関わりに嫌気がさした。地元に帰って、しばらく頭を冷やすのだという。


 使い勝手の良い大型車も実家に複数ある彼は、思い立つや、家族に迎えを寄越させたらしい。そうして、比較的快適な帰路に就いたのだった。


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