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あなたに手は汚させない


 移動基地に戻ったシェリーと翡翠は、ショウとレンツォを宥めるのに手を焼いた。


 焦りが彼らを荒ぶらせるのも、無理はない。二人は手ぶらで旅を終えれば、今度こそ、盗賊団からペナルティを課される。輝真が帰りに宝石商の跡地などに立ち寄ろうと提案したが、本人ら曰く、そうした場所はとっくにプロが荒らしたあとらしい。



「輝真こそ、どうなんだ。ミラノさんっつったか?」



 ショウが話をすり替えた。一旦、自身の問題は保留にしたいということだろうが、目に見えて心ここにあらずだ。


 話を振られた輝真の顔は、晴れやかだ。ある意味、五人と一匹の中で、最も旅の成果を実感しているのではないか。



「西に来た者は、生きて戻れなかった。それも多少の語弊はあったが、ここがやべぇのは確かだ。生還した俺、英雄じゃね?」



 つまり彼には、想いを寄せる女性を口説けるだけの自信がついた。それに悪魔の実態を知れば、彼女もあの父親も、彼を臆病者呼ばわりしまい。


 シェリーと翡翠の視線が、どちらからともなく交わる。

 無念を晴らすと約束したシノを始め、ルコレト村の人々は、これで納得してくれるだろうか。彼らに必要とされて、帰りを待つ祖父母もいたのに、友人を襲ったロボットらとの戦闘で散った凛九が生きていれば、シェリー達の結論をどう見たか。



 各々が言葉にならない思いを抱えて、明日に備えることにした。


 早めの就寝準備を始めながら、シェリーは、このまま引き返すことに気乗りしない自身を自覚していた。せめてこの青い星の住人達を、得体の知れない悪魔の脅威から解放したかった。例えば、どうにかして西の実態を人間だけに拡散出来ないか。トヌンプェ族らが独自の暗号を残したように、自分達もそうしたものを共有すれば、彼らの目をくらませられる。秘密主義の彼らの妨害を防げるはずだ。



 というのは、いくつか検討した対策の一つだ。

 やはり昼間、ショウ達の掴んできた手段に出るしかない。



 かくてシェリーは、モモカに頼みごとをした。全員が寝静まったあと、起こしに来てくれ。彼女がそれに従うと、音を立てないよう身支度を済ませて、移動基地を抜け出した。


 モモカを連れて、シェリーは役所の門前に足を止めた。

 すぐ通り抜けられた。夕方のどさくさに紛れて、事前にセキュリティシステムを解除しておいたからだ。正面扉を解錠する。隠しカメラにダミー映像を差し替えて、奥に進んで本館裏手に出ると、ショウ達の話していた別館が見えた。高く聳えた円柱は、さしずめ塔だ。


 鈴の両親の放ったロボット達の騒動のあと、警備員らが後処理に駆け回っていて、ここまで下見に入れなかった。


 モモカが経路やセキュリティの調査を始めた。


 ややあって、彼女が口を開く。



「扉は開いたです。館内も部屋ごとに警報は仕掛けられているですが、位置は全て分かったです」


「有り難う」



 シェリーが扉の持ち手を握った、その時──…



「待って」



 少女の囁きが、シェリーとモモカの足を止めた。


 振り向くと、翡翠がいた。部屋で眠っていたはずの彼女は、きちんと身なりを整えていた。


* * * * *


 翡翠は、シェリーの腹案を見抜いていた。


 彼女の勘の鋭さが、シェリーの気持ちをかき乱す。彼女を見くびっていた。いや、彼女なら同じ思考に至ってもおかしくないのに、認めようとしなかったのか。


 警戒してか声は抑えたまま、彼女がシェリーに引き返すよう訴える。



「これくらい想像つくよ。シェリーは、ブレーカーを落とすつもりでいたんでしょ。罪悪感を背負うのは、一人で十分……そう考えて」



 ともすれば自身の本心を明かしているようにもとれる調子で、翡翠が続ける。一歩、二歩と、彼女が距離を詰めてきた。



「罪は私が背負う」



 翡翠がシェリーの手を取った。


 その手は、まるで新雪だ。血で汚すには惜しい。



「ひとりぼっちだったけど、シェリーに会ってから心強かった。そうじゃなければ、きっと今頃、私はどこかで震えてばかりなだけだった。初めて、お姉ちゃんみたいな親友みたいな人が出来た。楽しかった日々の恩は、仇で返せない」



 翡翠のいじらしさも、今のシェリーには恨めしい。


 決意が揺らぐ。彼女の悲しみも見たくなかった今日までの気持ちが、シェリーを咎める。彼女の思いは知っている。これまでにも十分、受け取ってきた。



「そんな翡翠だから……」



 翡翠の片手に、シェリーは、自身の宙を彷徨っていた手のひらを添える。



「昔の私は、仕事一本だった。知っているでしょう、家族も大切に出来なかったの。二度と後悔したくない。目覚めてから家族同然だった翡翠を苦しめない」



 ただブレーカーを落とすだけ。そうすれば、移民プログラムは停止する。トヌンプェ族らはこの星から資源を奪う手立てを失くして、彼らの放ったロボット達も機能しなくなる。


 その結果、西の村に有毒ガスが蔓延しても、翡翠達に影響はない。移動基地のセキュリティシステムが、彼女達を保護するからだ。シェリーも、戻るまで簡易バリアで持ちこたえられる。何事もなかった顔で朝を迎えて、今夜のことは、最初で最後の罪にすれば良い。

 シェリーと翡翠の間に、埒のあかない問答が続く。


 これもサジドやヤナ達の理屈を借りれば、結局、自身の心を守ろうとしての行動か。相手に罪を背負わせる、罪悪感。シェリー達が避けたいのはそれだ。


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