シェリーと翡翠は移動基地を降りて、トヌンプェ族らに対峙した。
「私達は、移民プログラムを止めたいだけ。同意すれば、あなた達の存続は認めるわ」
何故、地上の資源の独占に、こうも彼らはこだわるのか。民族を絶滅から救うためなら、納得はいく。生きる権利は否定しない。だのに彼らは、必要以上に横暴だ。
シェリーは、彼らの本意が知りたい。短絡的で残酷な民族性を彼らの行動原理と定義するには、ヤナやサジド、それに中部の村で出逢った婦人のかつての親友が、矛盾する。
一触即発の緊張感が、広間の夜風をより冷やしていた。
その時──…
ピピー。
翡翠の通信機が鳴った。
ショウからだ。シェリーの予備の通信機への連絡手段を持たなかった彼は、敵に関する新たな情報を掴んで、大急ぎで彼女に発信したらしい。
聞けば、避難民達の中に、トヌンプェ族らの内情を知る人間がいた。避難誘導の謝礼として、彼が話してくれたらしい。
それは、シェリーが今まさに探りたかった事柄だ。
「移民プログラムには、ロボットどもを使って星から資源を収集したり、やつらの秘密を守ったりする以外にも、役目があった」
ショウが話すには、こうだ。
悪魔のプログラムは、トヌンプェ族らが常に不自由なく暮らせるよう、星そのものの管理もしてきた。不具合をきたせば報告して、土地の期限も予測する。拠点としている星の寿命が近付けば、観測出来る限りの宇宙から、次の標的の候補を選んで、調査を始める。
そうして現在、移民プログラムは、彼らが次に目をつけている遥か彼方の星も紐づけている。異変があれば、西の村に限らず、その星にも影響が及ぶ。
『バックアップに頼らねぇのは、やつらにとって、移民プログラムが心臓みてぇなもんだからだろう。文字通り、死ぬ気で守ってやがるっす』
そこで通信は切れた。あまり手を離していられなかったようだ。
広間にいるトヌンプェ族らが、青ざめていた。今の話をでたらめだと否定するのも忘れてか、彼らは、ともすれば命乞いする絶滅危惧種ほど小さくなって、シェリー達を睨んでいる。
「分かっただろう……あれがなくなれば、わしらの星も……眷属も、みんな、終わる……」
シェリーは思考する。
トヌンプェ族らがいなくなれば、未来に多大な損害が出る。彼らほど突出して有能な民族はいない。
だが、彼らは傲った。優れた文明を悪用して、狙った星をほしいままに消費しようと、自動化した。結果、地球は滅びの一途を辿った。
「分かったわ。あなた達が、どれだけ自分勝手だったか」
「っ……!!」
銃を構えて、シェリーはトヌンプェ族らを見回す。
「あなた達のロボットが、この星から多くのものを奪ってきた。資源だけじゃない。命まで。数えきれないほど……!」
「やはり納得しないようだな!」
ドゴォォオオオン!!
「シェリー!」
翡翠が簡易バリアを展開した。
至近で爆発が起きていた。シェリー達が積んできたものではない。
トヌンプェ族らの爆破跡から破片を拾って、シェリーは移動基地にいるモモカに届けた。
彼らの武器を一つでも多く分解システムにかけながら、ドローンを指示する。
館内では、翡翠が彼らと撃ち合っていた。銃そのものの性能を切磋琢磨して上げてきたトヌンプェ族らと、狙撃すれば右に出る者の少ない翡翠──…両者は、互角だ。
ダダダッ……ダンッ!!
移動基地はモモカに任せて、シェリーは現場に引き返した。
撃たれた肩が、時折、思い出したように痛む。思わず顔をしかめる度、翡翠の目がシェリーを案じる。移動基地を出てきたドローンが、トヌンプェ族らを爆撃する。シェリーと翡翠はバリアを張って防御に努めて、彼らを爆弾投下地点におびき出す。彼らの防御も抜きん出ている。肉体強化もあって、やはり多少の打撃では、致命傷に至らない。
それでも、村長一家の護衛に徹した警備員らは、ほぼ全滅だ。鈴達は恐慌状態に陥って、まともに戦えそうなのは、村長の息子くらいだ。血まみれの両親の前に出て、シェリー達を赤い目で睨みつける青年は、一族の責任に従っているだけではないのだろう。
「ただじゃおかねぇ……父さんと母さん、腰の弱いじいちゃん達まで……」
立って銃を構えているのは、彼一人だ。満身創痍のトヌンプェ族らが、最後の希望を託したような表情を、若い彼に向けている。
耳の尖った大家族の後方に、扉がある。この状況で尚、頑なにブレーカーの格納庫を譲らない彼らは、今を擲ってでも眷属の未来を守るつもりか。
あとひと息だ。この扉さえ突破すれば、シェリー達は末世を遠ざけられる。
ドゴォォオオオン……
また、ドローンが爆弾を落とした。後方に転がっていたトヌンプェ族らが、今また赤い煙に飲まれる。村長達が、彼ら数人を指すと思われる名前を叫ぶ。
「むごい……私達を何故、許してくれないの?!」
「地球は、確かに人間達のものだ。だがわしらにも、生きる権利あるだろ──…」
バキューーン!!
シェリーの放った弾丸が、顔中を涙に濡らした村長の頬を掠った。
「許してくれなかったのは、あなた達だわ。生きる権利を先に奪ったのは、あなた達……」
空いた片手を動かすと、翡翠の片手に触れた。
シェリーは、彼女の指と指の隙間を埋める。それから村長の額に銃口を押しつけた。
「選びなさい。そこをどけば、今夜あなた達が死ぬことはない。だけどブレーカーを渡さなければ──…」
何故、こんなことになってしまったのか。
この引き金を引けば、今度こそ、トヌンプェ族らの現最高責任者は息を引き取る。弾丸は村長の脳を貫通して、致死量の電流が彼の全身を冒すだろう。家族は頭の吹き飛んだ一家のあるじの遺体に縋って、泣きくるう。正気ではいられないだろう、仮にシェリーが今の彼らの立場なら、目も開けていられないはずだ。
こんな同情も、以前なら当たり前だった。家族想いの彼らに共感して、この期に及んで、まだ話し合いを試みようとしたかも知れない。
それは、あくまで以前の話だ。
シェリーは、握った翡翠の手に力を込める。目を動かすと、彼女の濡れた黒曜石と視線が絡んだ。
* * * * * *
穏やかな日差しが注いでいた。
シェリーは、まだ覚醒しきっていない意識を夢うつつに泳がせながら、隣に眠る翡翠を見つめる。
とても穏やかな夢を見ていた気がするし、闇に飲まれる光景に震えていた気もする。そこでは、彼女とこんな朝を迎えたいと、ずっと望んでいたのではないか。
いつもは二つに結われた黒髪が、シーツに広がっている。
彼女が寝返りを打ったのは、突然だ。
「ん……んん」
声をかけるのが気の毒になるほど心地良さげな寝息を立てていた翡翠も、朝の訪れに気付いたようだ。
大きな目が眩しげに開いて、また閉じる。もぞもぞ動く彼女を見ていると、シェリーも昔、起床は相当ぐずって両親を困らせていたのを思い出す。
「翡翠」
囁いて、彼女をさする。今日の予定を言い加えると、ようやく彼女が起きる気になった。
「待ち合わせ、また遅刻出来ないでしょう」
「この前もギリギリ間に合ってたよぉ」
掠れた声で笑う彼女が、目をこすって寝具を抜け出る。
シェリーも身支度を始めながら、数時間後に思いを馳せて、顔がゆるむのを自覚する。多分、彼女と同じ表情だ。
家族を早くに亡くした同士、ろくな思春期の思い出もない二人にとって、友人達との目的もない外出は、一大イベントに等しい。そうした時間も、最近やっと持てるようになった。
「翡翠、やっぱりこういうのは見るだけ?」
シェリーが視線で示したのは、昨夜、彼女がページをめくっていたファッション誌だ。
彼女が普段、袖を通しているワンピースの色とは真逆の白い洋服が、表紙を飾っている。大人びたモデルが着用しているそれは、彼女が着れば、まだ背伸びした少女のように見えそうだが、見た感じ歳は変わらない。友人達との娯楽の次は、お洒落にも手をつけてみれば良いのにと思う。
「シェリーも着るなら、着てみたい」
つまり、まだ保留ということだ。
ただ、シェリーはそんな翡翠に共感する。両親との別れを、完全な過去として処理しきれていない。それでいて、シェリーのことも家族として受け入れてくれている彼女の思いを尊重したい。
着替えて朝食をとっても、まだ時間に余裕があった。インターネットのニュースをつけると、平和な報道ばかり流れていた。やや深刻に聞こえたのは、今年は雨が少なく、野菜の出荷が難航するという事柄くらいだ。実家の農家を継いだ友人が慮られる。
外に出ると、空は晴れ渡っていた。ゆるやかな風がシェリー達を撫でていく。お世辞にも空気が美味しいとは言えないが、見るもの全てが真新しく、呼吸するだけで浮かれた気持ちになりそうだ。
「綺麗……」
翡翠の唇が放った言葉に、シェリーは心の中で頷く。いつも見ている住居の前の光景に、今更、目を細める彼女を滑稽とは思わない。
変わらない朝に、よくある眺め、繰り返す日常──…。
いつまで続くか分からない。だからこそ奇跡のように思う。あの晴天の向こうには、ひょっとすれば果てしない闇が続いているかも知れない。その闇は、ほんの僅かな綻びから、ここまで迫ってくることもある。
それが末世を招いても、シェリーは抗う。
何度でも、終末を、砕く。
end...