突然、モモカに起こされた時、ショウはわけが分からなかった。
更に驚いたのは、シェリーと翡翠の不在だ。モモカの説明で、状況だけは把握した。ショウ達は、役所から逃げなければいけなくなったらしい。そうして彼女が移動基地を村へ向かわせた時、翡翠から通信が入った。村人──…特に人間達を避難させろという指示だった。
見ず知らずの人間に、危機を知らせて回るのは、至難の業だ。しかも深夜だ。大半がよそ者の青年達を怪しんで、中には役所に通報しかけた住人までいた。
「くそっ!こいつら何がしたい?!」
中部へと繋がる山道に村人達を誘導しながら、輝真が今また盾を振って、ロボットの群れを追い払う。
鬱蒼とした木々の道に入ってすぐ、広場がある。そこでレンツォが見張り役を務めている。移民プログラムが停止した時、村を襲うという有毒ガスがどこまでのものかは予測不能だが、駆け回っている全員が、眷属である人間達を守ろうという意気込みだ。
ケタケタケタケタ。
「っく!」
新たに避難させてきた一家を庇って、ショウはロボット数体に発砲する。
さっき、モモカが青年を一人連れてきた。一時的に身柄拘束されたというシェリーが脱出した際、彼も一緒に救い出したと聞いたが、なかなか腕の立つ人物だった。それでも、数ではショウ達が不利だ。ロボット達は、次から次へと湧いて出る。
「お兄ちゃん……」
母親に手を繋がれた少年が、来た道を不安げに振り返っていた。彼らに続いていた長女と父親も、青ざめている。
ショウは、今しがたのロボット達の故障を確認すると、務めて穏やかな顔を四人に向けた。
「安心して下さい。オレら、厳しい旅で鍛えてきたんで。不安でしたよね。こんな生活、もう終わります」
四人にとって、ショウの言葉など気休めにもならないだろう。何せ彼らも、かつて例の偽善者達に懐柔されて、この村にいる。西に適応した人間達は、諦めることに慣れている。
クォオォーーーン……
ダダダンッ!ダンッ!バキューーン!!
銃声のした方角を見ると、輝真が苦戦していた。
ショウは、広間にいるレンツォに叫ぶ。一家を引き受けてくれと頼むと、彼が小走りで近付いてきた。
「あの、……」
ショウが身体の向きを変えた時、か細い声が耳に触れた。
さっき、村でショウを怒鳴りつけた老齢の紳士だ。
「君の話した通りだったよ。村は危険だ……疑ってすまなかったね」
危なっかしい足取りだ。
ショウは、紳士の脇に腕を回す。砂利道の途切れる地点まで、彼に付き添うことにした。
ロボット達が暴れ出してから、何人もの避難民らに、ショウは謝罪を向けられている。気にするなと返しても、反省の色を見せてくる。
「いいよ。慎重に人を疑った方が、本当はな。気を付けて行けよ、じいさん」
シュッ……
カーーン!
間一髪、どこからか飛んできたロボットの破片を受け止めた。もう少しで紳士の頭に直撃するところだった。
胸を撫で下ろすショウに、紳士が力なく笑う。
「こんな老人でも親切にしてもらえるとは……。いいんですよ。中部にいる母にも娘にも、わしは厄介払いされましたから」
何か事情があるようだ。それにしても、まるで何に対しても期待していない感じの彼に、ショウは一抹の反感を覚える。
「いいことねぇよ」
「いえいえ。今日は運良く兄ちゃん達に救われましたが、危険を知らずにくたばっていたとしても、潮時ですよ。天国から息子が迎えに来るのを待つのも、わしのささやかな楽しみですから」
「…………」
紳士は、大きなものを失くしたのだろう。家族との絆や関わり──…それが、生きることへの期待まで薄らぐ理由になるのか。
「全部失くしても、……まだあるんじゃねぇの」
低く呟いたショウに、紳士が視線を上げた。
「足掻けば、何かあるかも知んねぇ。オレを怒鳴ったくらいの元気で、動いてみろよ」
「…………。兄ちゃん?」
シェリー達との出逢いが、急に思い起こされてきた。
ショウは、彼女の才能や生き様に心惹かれた。彼女が出生まで明かして、正面から向き合ってくれていなければ、今でもショウは、卑屈な見方で世界を睨んでいただけだろう。思い通りの未来を掴み取れるのは、どうせ選ばれた人間だけ。そんな風に決めつけて、道を外れたままだった。
もっとも、あの時受けた感動を、他人にまで強要しない。この先どうしたいかは、本人次第だ。
「着いたぞ、じいさん。オレに救われた命、誇りにしてくれ」
ややあって、彼をよく知るらしい家族が駆け寄ってきて、隣人の無事を喜んだ。
* * * * * *
モモカの提案は気が進まない。だが、躊躇ってもいられなかった。
シェリーは爆弾の複製を終えて、移動基地の走行先を役所に設定した。
「翡翠は、防御し続けて。手当たり次第に爆弾を仕掛ける。ブレーカーの守りがなくなったところで、二人で落としてしまいましょう」
彼女が頷く。
ショウやレンツォ、輝真が避難を進めていても、村への被害は皆無ではない。戦いの終止符は、一緒に打とう。シェリーは彼女と、それだけはどんな不測の事態が起きても変更しない作戦として約束していた。
ややあって、目的地が見えてきた。壁の爆破で吹きさらしになったお陰で、今回は長い回廊を渡らなくて済む。
シェリーと翡翠、モモカが顔を見合わせた時、ぞっとする感じが二人と一匹を襲った。
バァァーーーン……!
光のドームが移動基地を保護した。セキュリティシステムの発動に弾かれるようにして、シェリー達は外を中継しているモニターを見る。火煙が画面を覆っていた。
「もう気付かれた!」
「モモカっ!」
ドォォォオン!!
シェリーは、今しがたの砲撃の出どころを確認して、モモカに類似の大砲を撃たせた。トヌンプェ族らのそれが吹き飛ぶ。
タタタタタッ。
警備員らが移動基地を包囲した。彼らの無数の銃口が、シェリー達に集中する。
翡翠が隣で身震いした。
シェリーは、予備のドローンを稼働して爆弾を落とす。
「わ?!」
「正気じゃな──…わぁあああっ……!!」
警備員らが悪魔にでも遭遇した顔を上げても、あとの祭りだ。垂直に落ちた球体は、獲物に逃げる隙も与えない。
シェリーは、一瞬にして焦げた肉片に変わった彼らをただ見つめる。彼らのために祈れるような資格はない。自分達の未来を選んだ。そのためには、道徳も捨てる。
「行こう、翡翠。モモカはここで待機していて」
空いた壁の向こうでは、村長一家や鈴達が身を寄せ合っていた。シェリー達と同じく、彼らもまだ諦めていない。
言葉を超える感情が、震える彼らから伝わってくる。