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必要悪


 翡翠との日々を通して、シェリーは、自身の感傷に折り合いをつけられるようになった。


 だのにまた、今になって、両親との最後の会話が鮮やかに蘇る。


 不治と診断された病の治療薬が完成すれば、あれもしたいし、これもしよう。近い将来に希望をかけて、彼らと交わした口約束は、きっと多くの人々にとって、ごく普通の日常にあった。


 いつか埋め合わせられると根拠もなく思えたのは、翡翠のお陰だ。


 そしていよいよ夜が明ければ、泣いても笑っても、本当にそんな現実に手を伸ばせる。


 ついさっきまで、心からそう信じていた。


 両親に使いきれなかった時間も未来も愛情も、今度こそ──…。



「…………」



 その理想への道のりが、血に汚れたこの争いか。


 顔を歪めた母子の近くで、鈴が泣き出していた。サジドとヤナが、銃を投げ捨てようとする彼女を必死に宥めている。



「鈴、君に苦労させないためだ」


「シェリーさん達を止めないと、サジドが勘当されるんだよ?」



 親友を諭すヤナも、死人のような顔色だ。肩を抱き合う三人の前で、母子もついに泣き出した。



「っ……」



 シェリーの真横に、翡翠の腕が伸びてきた。彼女の銃口が村長を狙う。



「あなた達の生死なんて、どうでもいい」



 彼女の簡易バリアが、無感情に迫ってきたロボット達を撃退する。



「移民プログラムを止めればいいの。そこをどけば、医者だって好きに呼べばいい!」



 バキューーン!!



 翡翠が発砲した瞬間、氷水を浴びせられたような悪寒がシェリーを襲った。やや遅れて、肩に強烈な痛みが走った。



「シェリー?!」



 ダンダンッ!



 翡翠の銃が、警備員らの手首を撃ち抜く。


 再度、彼女が簡易バリアを広げた時、シェリーはその場に膝をついた。肩を押さえた片手を見ると、血に染まっていた。弾丸をまともに受けたのだ。



「死ね!!息子の仇!!」



 昼間の会食で上座にいた老夫婦が、硝煙の上がった銃口をシェリーに向けていた。


 翡翠が防御を続けながら、老夫婦に発砲する。続けざまに引き金を引く彼女の射撃は、無駄がない。ただし警備員らの展開したバリアが、それら全てを拒絶する。



「っ、く……」


「あ、翡翠……」



 翡翠がシェリーの腕を掴んで、ポケットから球体を抜き取る。彼女が、それを放った。



 ドォォォーーン!!



 撃たれた肩を押さえたまま、シェリーは翡翠に腕を引かれて、吹きさらしになった一角へ向かう。


 翡翠の爆破した壁の向こうに、昼下がり、彼女と入った森林が続いていた。


* * * * * * *


 夜闇に紛れた木々を分けて、シェリーと翡翠はトヌンプェ族らの追跡を撒いた。


 モモカを呼んで、移動基地から救急箱と解熱剤を持って来させて、シェリーは彼女の助けを借りた。そして、自身から弾丸を抉り出した。



「はぁ、っ……」



 幸い、弾丸は浅い位置にとどまっていた。


 シェリーは、傷口に薬を塗布して包帯を巻く。熱は薬で落ち着くだろうが、まだ腕を動かせば、すぐ血液が滲む。ただし、手前に座って震えている翡翠の方が重症だ。



「うっ……ぐす……何で気付かなかったんだろう……」



 村長の妻子に気を取られていた自身を責めて、ずっと彼女は塞いでいる。いつの間にか泣き出していた。


 シェリーは、いつ追手が来るかも予測不能な夜闇に注意を向けながら、彼女を宥める。



「翡翠は、心強いほど私を守ってくれてたわ。これくらいで大事に至らない。彼らは、もっと酷いことに……してきたのに」


「あいつらは、先端医療で肉体強化してる。私達、人間は、一発だって耐えられないかも知れないんだよ?!」



 翡翠らしからぬ剣幕が、シェリーに言葉を失わせる。


 この状況で、安心させられると思う方が身勝手だった。シェリー以上に多くの別れを経験してきた彼女の闇は、口先だけでは晴らせない。



「翡翠、爆弾はまだあるです?」



 突然、モモカが言葉つきを変えた。


 翡翠のさっきの爆弾は、彼女が叔父の村を去る時、拝借してきたものだった。


 モモカは、それで何か思いついたのか。



「あと二つ」


「十分なのです」



 それからモモカの提案した筋書きは、こうだ。翡翠の手持ちの爆弾を3Dコピーして、村長一家や彼らに従うトヌンプェ族らを一掃する。その際、爆破規模や威力次第では、ブレーカーも使い物にならなくなる。西には燃料も十分にあって、原型さえ準備があれば、複製も無限に可能だ。彼女はそこに目をつけたのだ。



「鈴さん達まで、巻き込むわ。あの四人は、村長にお金で脅されているみたいで……」


「構っていられないのです」



 躊躇うシェリーを、モモカの迷いない声が諭す。



「モモカには、シェリーを守る役目があるです。こんな茶番は終わらせて、休んでもらわなければいけないです」



 彼女に、翡翠まで頷いている。


 それに、と見た目は愛嬌しかないパンダのおもちゃが続ける。



「ブレーカーを落としても、村の被害は抑えられるです」


「どういうこと?」



 シェリーが先を促すと、モモカに得意げな様子が見られた。翡翠のすました顔つきからして、彼女も何か知っているのか。



「実は、ショウ達や輝真は今、村にいるです。家々を回って、人間を優先して、住人達を逃がしているです」



 そこでシェリーは思い出す。


 モモカと最初に合流する前のことだ。シェリーと通信していた彼女の背後がざわついていた。ロボット達が暴れ出した頃だった。彼女も村にいて、役所から遠ざけた青年達を動かしていたというわけか。有毒ガスの発生に備えて、住民達の避難を進めていた。


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