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第48話

『騎士は、花の国に行けば、花開くような恋を』

『砂の国に行けば、風に攫われるような恋を』

『水の国では、美しい乙女の肌に恋をして』

『船の上で愛を交わし、海の民と一夜の恋』

『恋多き騎士が、最後に見つけたのは、赤髪の乙女。赤い髪と緑の瞳は、騎士の家の守り神。そして、魔女と戦う最後の砦』

『赤髪の乙女の側には、必ず金の髪と青い瞳の魔女がいる。それは赤髪の乙女を苦しめ、死に追いやってしまう。だから騎士は、魔女を討ち取る為に命を懸けた』

『やがて、赤髪の乙女は、騎士にそっくりな金色の髪と赤い目をした男児を産む。その子が次の魔女を討つのだ』


ハンスの物語は、物語として聞くならなんてことのない、冒険譚だ。

でも、事情を知っている私にとっては、ちょっと聞き捨てならないところもある。

それよりも。

なんというか、前騎士団長がそんなに恋多き人だった、とは?


「お義父様はそういう方、だったのでしょうか?」

「本人はそういうおつもりはなかったようですよ。なんと言いますか、どこにいっても人の心を掴む人であった、と言いましょうか」

「でも、ルイはとっても真面目かと」

「そうなんです。あのお2人からお生まれになった坊ちゃまお2人とも、似ているのは見た目だけでした」

「でも、弟様はお義母様に似ていた、と」

「いえいえ、それは坊ちゃまから見れば、というところでしょう。私どもからすれば、まったく似ておられませんでしたよ」


微笑んで話してくれるハンスには愛情があった。

不思議なくらいに、彼の口から出てくる言葉には不快がない。

変な話をしているはずなのに、何でだろう、と思ってしまう。

私は、ルイしか知らないので、彼から想像するご両親がどんなものかといつも思っていた。

でも、聞いた感じではどちらもルイには似ていないわね……。

まあ、私も同じようなものだし、人は見た目じゃないし、カエルの子はカエルなんて言うけれど、そうとも限らないと思う。


でも、ご両親がいてくれたら、ルイも私もどれだけ安心できただろうな、とは思ってしまう。

その代わりにハンスやマリアさんが、いてくれるのだけれど。

私自身、日本でも転生した今も、あまり両親との関係がいいとは言えない。

どちらにせよ、薄い親子関係しか作れない人間なのかも。


「弟様のお話はお聞きになられましたか?」

「えっと、ルイはお義母様によく似ている、とか、その私の兄と友人であったとか、そういう話くらいでしょうか……」

「そうでございます。カリブス様とは、ご親友でございました。それもあって、坊ちゃまは羨ましかったのではないでしょうか」

「う、羨ましかった?兄のことがですか?」


まさかぁ、と私は思った。

だって、兄のことをよく知っているルイは、あの人がどんな人なのか分かっているはず。

お兄様はお金に関しては駄目な人だし、人としてもちょっと以上に難アリだ。

貴族のご令嬢にモテないし、いつも自由にしている。


「坊ちゃまは、あまりご学友がおられませんので」

「いない、とは?あ、あの、戦争で……」

「そうでございます。坊ちゃまのご学友は、ほとんどが騎士団に所属しておられまして、あの戦争でほとんどを失ってしまわれました」

「でも、それと2人を羨むのは……」

「そうですね、坊ちゃまはカリブス様のように、自由にしておられる方がとてもお好きなのですよ。大奥様がそんな方だったからでしょうか」

「うーん、お兄様は自由というか、なんというか」

「そのカリブス様と自由に友人関係が結べた弟様のことが、羨ましかったのですよ。ご自身は、ずっとこの家を継ぐこと、騎士団を守ることを考えておられましたので……」


それが!普通です!!と、私は叫びたかった。

お兄様がおかしいんです。

ルイは正しいんです!

普通、家に生まれた男の子は、自分が家を継ぐとか、家業をするとか、考えるのが普通なの!

自由にしているお兄様がおかしいの!

私の脳裏にニコニコ笑って杖を振り回すお兄様の顔が浮かぶ……。


「ハンス、それはルイが正しいと私は思います……」

「奥様には失礼ながら、私もそう思っております」

「よかったぁ、あなたが変な人じゃなくて!」

「ふふ、それはよかったです。でも奥様、人は皆、自由に憧れ、風に吹かれたいと思うものなのですよ」


確かに、それは正しいかもしれない。

かつての私もそうであったし、今の私も、自由に憧れている。

ルイに私は自由なのだと言われたけれど、それは彼が自分自身に言っている言葉だったのかもしれないわね……。


私は、ハンスから借りた本を読みながら、これからのことを考える。

レシピを記すことがこんなに大変だとは、正直考えていなかった。

その中で、絵まで描くなんて無理じゃないかしら?

誰か、絵を描くことが上手な人がいればいいのだけれど。

でも、可能なら、工程を簡単に記すような絵がいい。

写真のように細かく何枚も描いていたら、いくら時間があっても足りないから。


かつて、転生前に学校で読んでいた教科書の再現は、私には難しそうだ。

学校で使っていた物には、分かりやすいイラストや写真がふんだんに使われていた。

でも、この世界では難しい。

そもそも、字を読める人間が限られる。

だから絵なのだけれど、そっちはやっぱり才能がいるみたい……。


この世界では、絵を描くのは画家の仕事であって、それもお金持ち相手に絵を描くことが多い。

肖像画とか、依頼された絵であって、それにはモデルが目の前にいるような感じだ。

本に載せるレシピの絵を描いてほしいなんて、頼めないだろう。


私はすっかり悩んでしまい、頭を抱える。

日本から、1冊でも本を持って来れたらなぁ、なんて思ってしまう。


「ずっとこんなことしてても、埒が明かないわ。ちょっとマリアさんの手伝いでもしてこよう!」


こういう時は、体を動かすに限る!

そう思って、私は本を置いて、部屋を出た。


厨房にいるはずのマリアさんは、そこにはいなかった。

探してみると、洗濯物干し場で洗濯物を取り込んでいる。

私はそこへ行き、手伝いをした。


「奥様はぁ」


真っ白なシーツを握って、マリアさんが口を開く。

風に揺れるシーツはとても綺麗に洗われていた。


「奥様はぁ、こんなこと、手伝わなくていいんですよ~」

「私が手伝いたいって思ったんですよ、マリアさん」

「ほんと、大奥様にそっくりだわぁ。あの人ったら、人の仕事までとっちゃって」

「あ、ごめんなさい、することがなくなっちゃいましたか?」


私は、自分に言われたのかと思った。

しかし、マリアさんは大きな声で笑う。


「違いますよぉ、この家はメイドが少ないからですね。こうやって手伝ってもらえると仕事の量よりも、気持ちが違います」

「それならよかった……」

「奥様、もしも何かあったら、マリアを頼ってくださいね。こう見えて、私も腕っぷしはあるんですよ?」


笑って自分の腕を叩くマリアさんは、可愛い人だった。

メイドの仕事は大変だけれど、こういう人がいてくれるから、できるのだろう。

感謝しなければいけない、と思う。

そして、こんな人にこそ、色々な情報が行き渡ればいいのに。

本がもっと安く手に入る世界だったらいいのに、と思いながら、その点では貴族の娘になれてよかったかも。

そうじゃなかったら、学園に行くこともできなかっただろうし、高価な本を手に取ることなんてできなかったかも。


本のことを考えると、やっぱり日本は恵まれていたと思う。

もちろん高い本もあったけれど、あの頃の私が手に取れるくらいの本は、一般的に誰でも手に取れる価格だった。

やっぱりお金か……と思うと、とても嫌になっちゃう。


「奥様、どうしましたぁ?恐い顔してますねぇ」

「うーん、お金って大事だなぁ、と」

「お金ですか?奥様はいっぱい持っておられるでしょう?」

「私は持ってないんですよ……残念ながら」

「あら、坊ちゃまが持ってるじゃないですか!」


そ、それは。

共有財産になるのだろうか……?




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