目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第52話

お義母様の話を聞いていたら、なんだか自分もいい女?になれた気がして、変な気持ちだわ。

ハンスはニコニコしていたけれど、そこに地を這うような恐ろしい声がする。

見れば、ハンスの後ろにルイがいた。


「ハンス、戻ってこないと思えば、俺の妻に何を吹き込んでいる?」

「いえいえ、坊ちゃま。私のような者からお伝えできることなど、何もございません。特に坊ちゃまの秘密など」

「お、俺に秘密などないぞ!?」


ニコニコしたハンスは、そうですね、と言いながらルイをなだめている。

確かに、ルイにこんなことを言える人でなければ、副団長なんてできないかもしれない。


「セシリア!ハンスの変な話を真に受けるなよ!」

「ですが、どうしてルイは面識のない私と結婚する気になったのか、知りたくて……」

「そ、そんなことは、どうでもいいだろう!」


真っ赤な顔をして、彼は言う。

私は、やっぱり何か隠してるんじゃないか?と思った。

でも、どうしてそれを話してくれないのだろうか。

私はルイと、どこかで会った記憶がない。

パーティーなどで話しかけられたこともなかった。

だから、急に結婚を申し込まれて、驚いたのだ。

父にとっては結納金がたくさんもらえる相手だからと、大喜びだけれど。


「ど、どうでも、よくは……ないの、ですが。夫婦に、なりますので……」


思い切って、言ってみた。

それを見て、ルイは目を丸くし、そしてまた顔を真っ赤にさせた。


「そ、そのうち、教える……」

「やっぱり!理由があるんですね?」

「まだ、教えん!ハンス!仕事に戻るぞ!」


ルイは、ハンスを伴って行ってしまった。

私に残されたのは、妹からの手紙だけだ。

あの人は、騎士団長のくせに恥ずかしがり屋なのだろう。

結婚式、大丈夫なのかしら。


「仕方ないわね、まずはアリシアからの手紙を読みましょう」


陽だまりの椅子に座り、私は妹からの手紙を開いた。

そこには、結婚式で着るお呼ばれ用のドレスができた、と喜ぶ言葉が綴ってある。

それから、結婚式の翌月に学園に行くことが正式に決まった、とのこと。

そっか、あの子もついに学園に行くのね。

学園には正式な入学手続きが済まないと行けない。

その手続きも済んだなら、後は学園に行くのみだ。

寮に入ることもできるけれど、どうするのかしら。

私は、寮に入るお金がもったいなかったので、通学にした。

貴族の娘は、寮に入る子もいるが、親が手放し難くて通学させる家もある。

どちらも許可されているので、ちょっと変わった方式のようにも思えた。

学園生活に寮での生活は含まれないようである。


妹への返事を書きながら、あの子のドレス姿がとても楽しみになる。

私も、自分のドレスが決まったことを伝えた。

必ず、来てね、と添えて。


でも、この結婚式で王子と対面してしまったら、身分を隠して学園に通う王子のストーリーはどうなってしまうのだろうか?

それとも、知ったうえで一緒になる?

ストーリーは改変されてしまうけれど、すでに現段階で改変しまくられているので、もう仕方ないか。

お兄様の設定も、本の中ではなかった。

ただ、兄という人がいるだけだ。

ルイも同じである。

そして、あのユーマッシュという人間は一切登場しなかった。

旅人の1人だろうけれど、それがあんなに個性的なキャラクターになるものだろうか?

もしかして転生者なんじゃないか、とそんなことが頭に浮かぶ。

そう考えると、彼のキャラクター性も理解できるのだ。


「改変されて、そういう存在が増えてしまうのかしら……それとも、転生者が増えている?私のように記憶がある人もいれば、ない人もいるのかも……?」


誰がそんなことをしているのか分からない。

もしかしたら、これはすべて夢なのかも?

覚めることのない、都合のいい夢。

でも、覚めることがないのなら、楽しんでしまう他、ないだろう。

辛いこともあった、きっとこれからも苦労することはたくさんあると思う。

それでも私は、なんの因果か大好きな本の中に転生することができたのだから、楽しむしかないだろう!


「よし、こんな時はお菓子作りよ!手紙と一緒にアリシアにお菓子を届けてもらいましょう!」


善は急げだ、私は厨房へ突入した。


一方その頃、ハンスを伴ったルイフィリアは、ハンスにとても怒っていた。

正確には、恥ずかしいから話をするな、と言うのである。


「坊ちゃま、もうご結婚は決まりましたら、奥様にお話しされてもよいのではないですか?」

「ならん!俺は、セシリアより10も年上だ……男の威厳という奴があるんだぞ、分かるだろう、ハンス……」

「はあ、分かりますが、奥様にはご理解いただけますでしょうか?」

「うッ……結婚式の、あと、に……ちゃんと話をする」

「そうしてくださいませ。奥様は本当にいい方です。坊ちゃまが大金を惜しまない気持ちがよく分かります」


ハンスはそう言って、ゆっくりと目を閉じた。

ハンスはそもそも騎士団の1人だった。

年の頃はルイフィリアの父、前騎士団長と同じ頃合いである。

戦い抜いた若き日々、騎士団長はいい男だったから、ゆく先々の人に愛された。

まさに、人から愛されるスキルでも持っているかのように。

様々な人と時間を共にしたが、そんな彼が最後に選んだのは、どこから来たのかもわからない赤毛の娘。

それが、目の前にいるルイフィリアの母だ。


赤毛に緑の瞳は、東の国に多い。

特に東の国の魔術師や、薬師の家系に多いのだ。

もしかしたら、出自を辿ればそちらなのかもしれないが、ハンスが独自に調べても分からなかった。

そんな女を娶った前騎士団長は、その女と一緒に戦争で死んだ。

正確には、魔女を発端とした争いと、裏切り。

そこからの大きな戦争。

グラース家は家族を失った。

残されたのは、若きルイフィリアと、数の減った騎士団。


それ以来、ハンスは騎士団を【ほぼ引退】している。

人数が減ってしまった為に、副団長が決まらず、仕方なくその席を【温めている】だけなのだ。

本当はグラース家のことに専念したい。

亡き前騎士団長や、その妻、そしてルイフィリアの弟の遺品など、たくさん残されている。


(ぶっきら棒な物言いをする子だけれど、哀しみの中では身動きが取れない子だ……)


ルイフィリアが生まれた時から知っているハンスは、そう思う。

彼は家族を失った哀しみを、解消することができない。

だから【遺品を自分では片付けない】という方法でどうにかしようとしている。

片づけをハンスに言い渡すが、ハンスが多くを片付けることができないことを知っているのだ。


「坊ちゃま」

「もう、お前の言うことは聞かないぞ、ハンス!」

「ふふ、坊ちゃまは、坊ちゃまらしくあってください。このハンス、奥様を守るよう命を受けましたので、それに従うのみです」

「……確かに、お前がいてくれるからセシリアをこの家で自由にさせてやれる。それは、頼んだ」

「はい、承知いたしました」

「だが!余計なことは言わなくていい!その、おれ、お、俺の、こととかな!」


顔を真っ赤にさせて彼は言う。

彼にとって、セシリアという女性はとても大事な人なのだ。

それならば、その理由をちゃんと教えて結婚すればいいものを、ウォーレンス家が資金不足になっていることに目をつけて、多額の金銭と交換に、結婚を迫った。


(……交際0日は珍しくはありませんが)


さすがのハンスも驚いた。

金は幾らある、と突然言い出した若き主。

何に使うのかと問いかければ、好きな娘を娶ると言った。

愛だの恋だの、一度も口にしたことのない、女は使えなければ意味がない、と貴族のパーティーでも常に冷ややかなのに。

突然、そんなことを言った。

それが、まるで昨日のことのようだ。


(交際してからでも、遅くはなかったのではないでしょうか……坊ちゃま)


父親には似なかったな、と思うハンスであった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?