マリアさんは、自分の話をそこでやめ、また新しい料理を取りに行った。
ユーマがそんなマリアさんを見て、少し嬉しそうにしている。
余程料理が気に入ったのだろう。
その横でルイもとても料理を楽しみにしていた。
げんなりしているのは兄ばかり。
食の細い兄は、2人の食欲について行けない様子である。
「お兄様、あまり無理はなさらずに」
「うーん、でも、やっぱり食べないとねぇ」
「そうですけど」
マリアさんはどんどん料理を持ってくる。
ガツガツ食べている人間と、そうではない兄。
それも実力のうちなのか?と思ってしまったけれど、私はとりあえず兄が食べれそうなものを選んで手渡した。
兄は、やはり貴族の男児として、しっかりと教育はされている。
どんなに放蕩息子のような人でも、食事をする姿は綺麗だし、とても落ち着いていた。
国王陛下が気に入るのもよく分かる。
要は、見栄えがいい。
でもその見栄えと言うのは、そうそう簡単に身に着くものではないし、誰もが持っているものでもないのだ。
私は、兄のそんな美しさや、所作の丁寧さは学ぶべきところが多いと感じる。
貴族の場合、男女の差なく、礼儀作法を叩きこまれる。
それができなければ、社交界に出ることだけでなく、学園でもひどい目に遭う。
学園では、そういった礼儀作法はすでにできるものとして、すべてが進んで行く。
できなければ、ついて行けない。
ついて行けなければ、自然と周囲から妙な目で見られる。
だから、学園とはそもそも貴族がより貴族らしくなる為に、存在していると言ってもおかしくはなかった。
それにどれくらいの意味があるのかは分からないが、騎士団の団員を見つけることには有効なようである。
学園を卒業する時に騎士団の試験を受ける人は多い。
合格者は少ないけれど、合格できれば入団は決定だ。
その後、どうなっていくのかは騎士団しか知らないので、私も詳しくはなかった。
「お兄様、卵料理をいただかれてはどうでしょうか?栄養価が高いので、少ない量でも十分かと思います」
「ありがとう、セシリア。お前は本当に博識だよね」
「いえ、そんな……」
「お前がいてくれれば、ルイは安泰だし、うちも心配要らないよ」
「お兄様……」
その真剣な瞳に、私は兄が命を捨てる覚悟を持って旅立つのだと分かった。
兄がそれだけの覚悟をしているのだから、妹の私が魔女の驚異に恐れていてはいけないと思う。
太刀打ちすることは難しいとしても、まずは強い意志を持って過ごすは大事なはず。
「お兄様、お兄様はどうしてその方と、その……恋に」
「恋っていうのかな、ああいうのを。僕はそういうところを、よくは知らないからね。でも彼女と出会って、とても幸せだったんだ」
微笑んだ兄は、本当に愛を知っている人になっていた。
ずっと色々なことで、おかしい人だと感じることは多かったのだが、今はそれを感じない。
兄は、やっと兄らしく生きているように思う。
「でも、あの時の僕は意気地なしだった。彼女を連れてくることもできず、騎士団にいることもできなかった。何もかもが駄目になってしまったような、そんな気分になっちゃってね」
「そう、だったんですね……」
「元々両親には騎士団のことは話していなかったし、貴族の息子なんてそんなもんだろう?みんな遊んでみたり、どこかのご令嬢を口説いてみたりってばかりさ。だから僕が騎士団にいたことなんて、両親はこれっぽっちも気づかなかった」
「その、お恥ずかしながら……私もです」
家にいた時の兄は、そんな様子一切見せなかった。
ただの貴族の息子。
それだけだったのだ。
私ももっと兄に近づいて、話を聞くべきだった、と反省している。
「頭のいいセシリアを騙せてたことは、気分がよかったけどね」
「いえ、私はそういう感じでは……」
「セシリア、自分のよいところは伸ばすべきだよ。大切にしながらね。そうしなければ、いつか自分のもっとも大事な存在を失ってしまうかもしれない。まあ、今の君には強い騎士団長がついているから、問題ないだろうけど」
兄は悪戯っぽく笑った。
その笑顔は少し可愛らしく、少し儚く感じる。
お兄様、どうか、頑張って。
そして、私は自分のできることをするのだ。
その時、ハンスが私に話しかけてきた。
両親と妹のことだ。
結婚式の直後に私が体調を崩してしまったので、帰る時間が予定外の時間になってしまったのだ。
「無事に出立しておられます。カリブス様の一件をお知りになると、面倒事になるかと思いまして、このようにさせていただきました」
「気を遣わせてしまって、ごめんなさい、ハンス」
「いいえ、奥様とカリブス様のことを考えれば、こちらが最善かと。旦那様にもご報告しております」
ハンスは、兄の稽古をつけながらもこの家のことを、とてもよくやってくれていると思う。
騎士団の関係者だけを集めた、というこの屋敷。
その中でも彼は、特別ルイに近くて、騎士団にも近い。
ここに居ながら副団長もこなし、信頼もされているのだ。
結婚式の最中、騎士団員の人たちがハンスを見つけては話しかけているのが見えていた。
自分のことを彼は老兵と言うけれど、私は老兵以上に強い人だと思っている。
「セシリア、食事が済んだら荷物をまとめておけ」
「は、はい……」
「遊びに行くんじゃないからな。マリアに何がいるか聞いておくといい」
ルイにそんなことを言われて、確かに今回は旅行などではないから、荷物をどうするべきか考えねば、と気づかされる。
「あの、必要なものがありますか?」
「そうだな、お前の場合は……」
彼が言いかけた時、横からユーマが口を開いた。
ユーマは私を見て、少し笑う。
「護身用のナイフでいいんじゃないか?」
「黙れ、ユーマ。俺の妻に何を教えている?」
「今時、貴族の奥方でも護身術の1つくらい覚えておいても、損はねぇと思うけどなぁ!」
ご、護身術!?
そんな難しいことが私にできると言うのだろうか?
不安な顔になっていると、ルイが訂正してくれた。
「もちろん、できれば安全は増すだろうが、それに過信してなんでもしてもらっては困るぞ。敵陣に行くのだからな」
「まあ、いざとなれば俺が護衛に回りますよ~!その時は代金は騎士団長様から頂くんで!」
ユーマは笑っていたけれど、ルイは笑えない。
結婚式をしたばかりの妻を、交渉の為とは言え、危険な場所へ連れ出すのだ。
これ以上危険なことを考えたくないだろうし、本当は連れて行きたくはないのだ。
だから私も、慎重にならねばならない。
慎重になることも大事だし、何より私がすべきことは交渉だ。
ある意味、半分はうちの家がかかっている。
この交渉を失敗すれば、ユーマからの信頼さえ失いかねない。
「さっすがに、カリブスの影武者ってわけにはいかないっしょ」
「見た目から無理だろう」
「あ、やっぱり?」
「馬鹿なのか、お前は?」
そんな話をしながら、2人はついに睨み合う形になってしまった。
この2人、仲がいいのか悪いのか。
お兄様を間に入れても、大して状況が変わらないというのが、いつものことなのである。
「まあまあ、2人とも。今回は僕の事情だからね。家族を巻き込んで悪かったと思ってるんだ。決闘の日程が変更になったのも、裏があるんじゃないかって思っているよ」
「それはそうかもしれないな。よそ者のお前が現れる前に、予定を変更させた、という意図を感じる。そんなもの、騎士団には通用せんがな!」
ルイははっきりと堂々と言っている。
それだけ騎士団に対して、思いが強いのだろう。
騎士団長なのだから、当たり前だ。
こうして、我々はマリアさんの料理をしっかりと食べ、それから最終的な計画の立案と確認へ移って行った。