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第82話

「あの山の奴らは、物流が悪い。それをダシにして交渉を持ちかけるのはアリな話だぜ」

「危険だ」

「特に薬なんかは常に不足しているからな。そのあたりで交渉すれば、アンタがやりたいお家の事業にもいいもんじゃないか?むしろ、格安で相手に売りさばける好機だぜ?」

「そんなことを、セシリアがすると思っているのか?」


ユーマッシュは火に油を注いだ。

あらら、と彼は言いながら、ルイフィリアの怒号を聞くはめになる。


「でも、交渉は実にいい手かもしれない。彼らの持つ貴重な物資と、こちらの薬なんかは交換しても十分に利益がある。もちろん、お互いだよ。薬は作って長期間保存ができないものもあるから、定期的に売買したいのがお互いの本音。それなら」

「おい、事業を傾かせた頭で考えるな!」

「酷いよ、ルイ~!」

「とにかく、セシリアは……」


ルイフィリアがそこまで言った時、静かにドアが開いた。




立ち聞きはよくないと分かっているのだけれど、この世界での私のよくあるパターンが立ち聞きなのだ。

毎回なかなかに重要な場面に遭遇する。


しかし、今回は兄の恋物語がかかっている!

なんて重要な話なんだろうか、と私は胸を躍らせていた。

いや、心配しているのよ、ちゃんと!

お兄様の役に立てるなら、こんな妹ですが、頑張ります!


「私でよければ、ご一緒します」


まるで学生のように少しだけ手を挙げて、私は自分の意志を示した。

しかしそれに怒ったのはルイである。


「何を考えている!」

「お兄様のことを」

「馬鹿を言うな!決闘で勝てばいいだけの話だ!」


こういう時、騎士団は実力行使が多い。

実力主義、体育会系?というやつだろうか。

特に騎士団長のルイは強い者、頭のいい者が上であるという考えを崩さない。

私はそれでも、口を開いた。


「交渉することで、今後事業もよくなるようでしたら、私は参ります。それにお兄様の助けになるのでしたら、妹として当然の行動です」

「お前は、まったく……東の国に続く山岳地帯は、危険な部族が多いんだ。部族間の争いも多く、手が付けられないこともあると聞いている」

「でも、ルイやお兄様、ユーマも守ってくださるのでしょう?」

「そ、それは」

「待っていて、またあんなふうに魔女に襲われるのは嫌です。マリアさんだって怪我が完治していないのに、仕事に復帰しているし……」


意見はするだけでは駄目だ。

成し遂げたいものを伝え、強い意志を見せねば。

ルイの目の色が変わり、迷っているのがよく分かる。


「交渉で血が流れないのなら、それが一番です」

「……分かった」

「あ、ありがとうございます!」

「ただし、ハンスも連れて行く。今回はセシリアの護衛が優先だ」


ルイがそんなことを言うと、お兄様が飛びついてきた。

いつものようにヘラヘラ笑っている。


「なんだよ、ルイ!僕のためじゃないの~!?」

「お前がついでになった」

「うそ!?なんで!?」

「俺にとってはセシリアの方が大事だ。お前はあくまでもセシリアの兄という立場に落ち着いた」

「友人だろ!?一緒に戦場を駆け抜けた仲だろ!?」

「今はそれを忘れることに専念する」


変な話を2人でしているようだ。

そんな横から、ユーマが私に話しかけてきた。


「嬢ちゃん」

「ユーマ、どうしました?」

「アンタ、やっぱり度胸があるねぇ。さすが魔眼持ちの騎士団長の嫁だわ」

「そ、そうでしょうか……」

「女は愛嬌と度胸があればいい。アンタは飯が美味いから最高だ。でも、多少飯が不味くたって、死にゃしねぇからな」

「いいえ、食事は美味しくなければいけません!」


私はユーマの考えに反対だ。

料理は美しく、美味しくなければならない!

家族だけでなく、お客様ももてなす、大事なもの!

食事をすることで、体が癒され、心が癒され、体力回復に役立つのだから。


「そうですわ、奥様!」


ドアが開かれて、現れたのはマリアさんだ。

マリアさんは湯気の立つ、できあがったばかりの料理をテーブルにドン、と乗せる。

その料理の美味しそうなこと!

煮込まれた野菜を入れたホワイトソースに、柔らかく焼かれた白身の魚。

ルイが好きなメニューの1つ。


「騎士団たるもの、食べねばなりません!」

「その通りだマリア!我が騎士団は食を軽んじてはならん!」

「旦那様のおっしゃる通りです!」


マリアさんは次々に料理を運んできた。

どれもできたばかりだし、結婚式の後だから割といい食材が残っていたのだろう。

肉や魚がたくさん使われている。


「カリブス様!オムレツをしっかり食べて、栄養をつけねば!」

「お、大きすぎる……」

「何を言いますか!こんなの旦那様の半分ですよ!」


兄は、マリアさんが大げさに言っているのだと思い、私の方を見てきた。

逆に私は、うん、と大きく頷く。

うちの主はとにかく大食らいなのだ。

その細身のどこに入っていくのか、と思ってしまうくらいに、スルスルと食事を食べる。

だからマリアさんは、厨房を空にしたことはない。

いつどんな時でも、しっかりと食事ができるように準備をしているのだ。


「結婚式の料理も残っていますからね!」

「無駄にはできんぞ、カリブス!」


ルイとマリアさんは一緒になって、兄に料理を勧めている。

しかし、食の細い兄はそんなに食べられないだろう。

この人、昔からあまり食べないのだ。

体型維持の為かと思っていたけれど、どうも普通に食べられない様子だった。


しかしその横で、まるでルイのように食べている男がいた。

それはユーマだ。

確か、彼も魔眼の持ち主で、魔力に関する人は皆、食べたものを魔力に変換してしまうので、すぐにお腹が減るらしい。

食べたものが魔力になるなんて、羨ましいな、と思ったことがある。

でもルイに言わせると、常に不思議な空腹感があり、魔眼を使った時には命が縮むような感覚になるほどの、空腹になるらしい。

食事量の調節はなんとかできるが、それは通常の話。

それを越えた時は、耐えがたい空腹に襲われることも度々あったと言う。


「さっすが騎士団長様の家!いいもん食ってんなぁ」

「お気に召したかしら!」

「おう、美味いぜ!昔、砂が多い国に行ったんだが、そこで食った飯の味に似てるなぁ。あれもいい飯だった」

「あら、そんな国へ行ったことがあるんですか?私の母はね、そっち方面が故郷なのよ」

「だからか!味が似てるんだよなぁ」


懐かしそうに、ユーマはそう言って食事を続けた。

個人のことなんて、知るまでに時間がかかる。

だから私は、マリアさんのルーツが他国にあることを知らなかった。

この美味しい味付けも、他国のものだと気づかなったのだ。


「あっち方面は美人も多いからなぁ。アンタもいいオンナだぜ」

「お世辞にしちゃあ、上手じゃない!うふふ、死んだ旦那を思い出すわ」

「アンタが惚れた男なら、さぞ強い騎士団員だったんだろうな」

「そんなことまで分かっちゃうのかい?」


マリアさんは、ユーマに対して私にすら話してくれていなかったことを話していた。

なんだか、ちょっと寂しい。

でも、楽しそうなマリアさんを見ていて、嬉しくも思う。


「戦場の肉の壁、鉄壁の女、マリア・フレールっちゃあ、他国でも伝説の女騎士だぜ?」

「あら、いやだぁ!」

「戦場で散ったとばかり聞かされたが、生きていたとはなぁ」

「言わないでよ、他所の人には。私はもう戦場には出ないからねぇ」

「そんな戦場の肉の壁が、そこら辺の男なんか気にいるわけがないだろ?」


ユーマがそう言った時、マリアさんの目が緩む。

きっと旦那様のことを思い出しているのだ。


「そうねぇ……あの人は強かった。強い、強い、斧使いだったよ」



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