「あの山の奴らは、物流が悪い。それをダシにして交渉を持ちかけるのはアリな話だぜ」
「危険だ」
「特に薬なんかは常に不足しているからな。そのあたりで交渉すれば、アンタがやりたいお家の事業にもいいもんじゃないか?むしろ、格安で相手に売りさばける好機だぜ?」
「そんなことを、セシリアがすると思っているのか?」
ユーマッシュは火に油を注いだ。
あらら、と彼は言いながら、ルイフィリアの怒号を聞くはめになる。
「でも、交渉は実にいい手かもしれない。彼らの持つ貴重な物資と、こちらの薬なんかは交換しても十分に利益がある。もちろん、お互いだよ。薬は作って長期間保存ができないものもあるから、定期的に売買したいのがお互いの本音。それなら」
「おい、事業を傾かせた頭で考えるな!」
「酷いよ、ルイ~!」
「とにかく、セシリアは……」
ルイフィリアがそこまで言った時、静かにドアが開いた。
立ち聞きはよくないと分かっているのだけれど、この世界での私のよくあるパターンが立ち聞きなのだ。
毎回なかなかに重要な場面に遭遇する。
しかし、今回は兄の恋物語がかかっている!
なんて重要な話なんだろうか、と私は胸を躍らせていた。
いや、心配しているのよ、ちゃんと!
お兄様の役に立てるなら、こんな妹ですが、頑張ります!
「私でよければ、ご一緒します」
まるで学生のように少しだけ手を挙げて、私は自分の意志を示した。
しかしそれに怒ったのはルイである。
「何を考えている!」
「お兄様のことを」
「馬鹿を言うな!決闘で勝てばいいだけの話だ!」
こういう時、騎士団は実力行使が多い。
実力主義、体育会系?というやつだろうか。
特に騎士団長のルイは強い者、頭のいい者が上であるという考えを崩さない。
私はそれでも、口を開いた。
「交渉することで、今後事業もよくなるようでしたら、私は参ります。それにお兄様の助けになるのでしたら、妹として当然の行動です」
「お前は、まったく……東の国に続く山岳地帯は、危険な部族が多いんだ。部族間の争いも多く、手が付けられないこともあると聞いている」
「でも、ルイやお兄様、ユーマも守ってくださるのでしょう?」
「そ、それは」
「待っていて、またあんなふうに魔女に襲われるのは嫌です。マリアさんだって怪我が完治していないのに、仕事に復帰しているし……」
意見はするだけでは駄目だ。
成し遂げたいものを伝え、強い意志を見せねば。
ルイの目の色が変わり、迷っているのがよく分かる。
「交渉で血が流れないのなら、それが一番です」
「……分かった」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、ハンスも連れて行く。今回はセシリアの護衛が優先だ」
ルイがそんなことを言うと、お兄様が飛びついてきた。
いつものようにヘラヘラ笑っている。
「なんだよ、ルイ!僕のためじゃないの~!?」
「お前がついでになった」
「うそ!?なんで!?」
「俺にとってはセシリアの方が大事だ。お前はあくまでもセシリアの兄という立場に落ち着いた」
「友人だろ!?一緒に戦場を駆け抜けた仲だろ!?」
「今はそれを忘れることに専念する」
変な話を2人でしているようだ。
そんな横から、ユーマが私に話しかけてきた。
「嬢ちゃん」
「ユーマ、どうしました?」
「アンタ、やっぱり度胸があるねぇ。さすが魔眼持ちの騎士団長の嫁だわ」
「そ、そうでしょうか……」
「女は愛嬌と度胸があればいい。アンタは飯が美味いから最高だ。でも、多少飯が不味くたって、死にゃしねぇからな」
「いいえ、食事は美味しくなければいけません!」
私はユーマの考えに反対だ。
料理は美しく、美味しくなければならない!
家族だけでなく、お客様ももてなす、大事なもの!
食事をすることで、体が癒され、心が癒され、体力回復に役立つのだから。
「そうですわ、奥様!」
ドアが開かれて、現れたのはマリアさんだ。
マリアさんは湯気の立つ、できあがったばかりの料理をテーブルにドン、と乗せる。
その料理の美味しそうなこと!
煮込まれた野菜を入れたホワイトソースに、柔らかく焼かれた白身の魚。
ルイが好きなメニューの1つ。
「騎士団たるもの、食べねばなりません!」
「その通りだマリア!我が騎士団は食を軽んじてはならん!」
「旦那様のおっしゃる通りです!」
マリアさんは次々に料理を運んできた。
どれもできたばかりだし、結婚式の後だから割といい食材が残っていたのだろう。
肉や魚がたくさん使われている。
「カリブス様!オムレツをしっかり食べて、栄養をつけねば!」
「お、大きすぎる……」
「何を言いますか!こんなの旦那様の半分ですよ!」
兄は、マリアさんが大げさに言っているのだと思い、私の方を見てきた。
逆に私は、うん、と大きく頷く。
うちの主はとにかく大食らいなのだ。
その細身のどこに入っていくのか、と思ってしまうくらいに、スルスルと食事を食べる。
だからマリアさんは、厨房を空にしたことはない。
いつどんな時でも、しっかりと食事ができるように準備をしているのだ。
「結婚式の料理も残っていますからね!」
「無駄にはできんぞ、カリブス!」
ルイとマリアさんは一緒になって、兄に料理を勧めている。
しかし、食の細い兄はそんなに食べられないだろう。
この人、昔からあまり食べないのだ。
体型維持の為かと思っていたけれど、どうも普通に食べられない様子だった。
しかしその横で、まるでルイのように食べている男がいた。
それはユーマだ。
確か、彼も魔眼の持ち主で、魔力に関する人は皆、食べたものを魔力に変換してしまうので、すぐにお腹が減るらしい。
食べたものが魔力になるなんて、羨ましいな、と思ったことがある。
でもルイに言わせると、常に不思議な空腹感があり、魔眼を使った時には命が縮むような感覚になるほどの、空腹になるらしい。
食事量の調節はなんとかできるが、それは通常の話。
それを越えた時は、耐えがたい空腹に襲われることも度々あったと言う。
「さっすが騎士団長様の家!いいもん食ってんなぁ」
「お気に召したかしら!」
「おう、美味いぜ!昔、砂が多い国に行ったんだが、そこで食った飯の味に似てるなぁ。あれもいい飯だった」
「あら、そんな国へ行ったことがあるんですか?私の母はね、そっち方面が故郷なのよ」
「だからか!味が似てるんだよなぁ」
懐かしそうに、ユーマはそう言って食事を続けた。
個人のことなんて、知るまでに時間がかかる。
だから私は、マリアさんのルーツが他国にあることを知らなかった。
この美味しい味付けも、他国のものだと気づかなったのだ。
「あっち方面は美人も多いからなぁ。アンタもいいオンナだぜ」
「お世辞にしちゃあ、上手じゃない!うふふ、死んだ旦那を思い出すわ」
「アンタが惚れた男なら、さぞ強い騎士団員だったんだろうな」
「そんなことまで分かっちゃうのかい?」
マリアさんは、ユーマに対して私にすら話してくれていなかったことを話していた。
なんだか、ちょっと寂しい。
でも、楽しそうなマリアさんを見ていて、嬉しくも思う。
「戦場の肉の壁、鉄壁の女、マリア・フレールっちゃあ、他国でも伝説の女騎士だぜ?」
「あら、いやだぁ!」
「戦場で散ったとばかり聞かされたが、生きていたとはなぁ」
「言わないでよ、他所の人には。私はもう戦場には出ないからねぇ」
「そんな戦場の肉の壁が、そこら辺の男なんか気にいるわけがないだろ?」
ユーマがそう言った時、マリアさんの目が緩む。
きっと旦那様のことを思い出しているのだ。
「そうねぇ……あの人は強かった。強い、強い、斧使いだったよ」