「馬車は好きではありません。時間もかかります」
「そんなに大幅に時間が変わるわけがないだろう!お前は分かっていない!」
「そうかもしれませんが、今回は時間も関わってきます。ちゃんと時間通りにいかねばならないでしょう?それなら、私も馬に乗った方が早くていいじゃないですか!」
私の最善策は、私自身も馬に乗ることだ。
もちろん先頭は難しいので、中間に入れてもらうことにはなるかもしれない。
でも、馬車でちんたらしている暇はないと思う。
「私は馬に乗れます!」
「知っている!」
「だから大丈夫です!」
「そういう問題ではない!」
ルイと私の攻防戦を見て、ハンスが大きなため息をついた。兄は呆れたようにしているし、ユーマはまだ焼き菓子を口にしている。
こんなところで夫婦喧嘩を見られたいわけじゃないけれど、どうしても譲れないと思ったのだ。
「奥様、今回は危険ですので馬車を手配しましょう」
「嫌です。馬で行きます!」
「では、戻られましたら、旦那様より奥様へ好きな馬を買って差し上げるという交換条件ではいかがでしょうか」
「え!?」
私に馬を?
今まで、私はグラース家の馬を借りていた。
どの馬もいい子だったので、大好きなのだが、自分の馬を持てるとなれば、嬉しい限りだ。
「今回の馬車は奥様専用ではございません。先を急ぎますので、荷物を乗せるつもりでもおります」
「それなら……」
「では、馬車を手配いたします。ご安心ください、手綱を握る者によって、馬はとても賢く速く走ってくれます」
ハンスはそう言って、私を上手になだめてくれたと思う。
それに比べてルイは真っ向勝負のタイプだ。
線の細い美丈夫という雰囲気なのに、中身は騎士団長であり、なかなかの頑固者なのである。
特に私に関しては絶対に譲らないところのある人だ。
「……好きな馬を選ばせてやる」
「嘘じゃないですよね?」
「嘘などつくわけがなかろう!」
「分かりました。今回はハンスに免じて言うことを聞きます」
ハンスに免じて、というのはルイにとって効果があったらしい。
今でこそルイの方が立場は上だが、実際の血縁関係では、ハンスはルイの伯父になる。
魔女になった奥方が、ルイの母の姉だから。
そんなことを考えながら、私はもしもの時のことを相談した。
「あの、もしもまた魔女の襲撃があった場合はどうするんですか?移動中ですし、逃げ場などがないと……」
「そりゃあ、走りながら攻撃されたら、走りながら受けるだけだよ、嬢ちゃん」
ユーマがそんなことを言うので、私は本当にそれができるのか?と疑問に思ってしまった。
しかしお兄様も気にしている様子はなく、ルイもいつもと同じ様子だ。
それが戦う人たちの普通なのだろう。
「だから言っただろう」
「そうですけど」
ジロリとルイに睨まれて、私は少し反省した。
彼の言ってくれていることは、正しいことがほとんどだ。
特に、身を守ることや事業のことなどは、正しく話をしてくれる。
だから、今回は本当に危険なのである。
でも、私にとって大事なのは、兄の恋人が他の人間に奪われないように、とにかく急いで行くことだ。
そして、できることなら無血開城を目指す。
交渉によって、今回の決闘での負傷者をなくしたい。
そのまま内戦もなくなってくれないかなーと、思ったりもした。
「交渉相手は族長がいいか、それとも別の相手がいいか……。どう思う、ユーマ?」
「ん~そうだなぁ、預言を出した奴が一番いいと思うけど、それが誰か分からないんだわなぁ」
部族のことになると、ユーマでも分からないことが多いらしい。
その為、交渉しやすいのは族長である、とこの場での意見が一致した。
詳しい内容は今後、ルイと一緒に考えていくが、私は出発前までにハンスから部族の歴史を学ぶことになる。
一度、この場に集まったそれぞれが解散した。
準備もあるし、お兄様なんて考えることもあるだろう。
だから、今は各々の時間を過ごすことにする。
私は、ハンスと一緒に作業部屋へ移動した。
そして、彼から部族の話を聞く。
「山岳地帯には、そもそも魔術や秘術などを扱うとされる一族がおりました。東の国方面の山岳地帯、と呼んでいますが、なかなかに地帯としては広い場所です」
「魔術や秘術……」
「これは私の憶測でございますが、ユーマッシュ様はそちらの血筋が入っておられるかもしれません。部族には魔力に耐性を持つ者や、魔眼、予知能力など、さまざまな能力を持つ者がいると聞きます」
「でも、そう言ってしまうとルイやグラース家もそうなってしまいませんか?」
「はい、それも考えられます。ですが、グラース家はもともと砂漠の方面の血筋ではないか、とのことです。過去にそちらの方から奥方を連れてきておられたようです。砂漠の方面にも魔眼の血筋があると聞いております」
「さ、砂漠、とは……あれですよね、砂のたくさんある場所だと、本で読みました。ハンスは行ったことがありますか?」
この世界には、海や砂漠、山岳地帯など、転生前の世界と似通った自然環境の場所が多くある。
同じ場所ではないのだが、似ている雰囲気ではないか、と感じられるような知識だけは、本から知っていた。
「砂漠の国にも行きました」
「本当ですか!?では、やはり砂がたくさんあるんでしょうか?」
「ございます。ですが、気候の変動が大きく、あまり住むには適さないかと思います。最近少しずつ差別や区別などが減ってきたと聞きました」
「気候の変動が大きいのは、辛いですね」
「今回の山岳地帯の部族は、かつて魔女を生み出した一族ではないかと誤解を受けてきました。彼らが外と関わらないのは、その為です」
魔女。
その言葉に、私は暗い気持ちになってくる。
妹は、いつの日か魔女となり、この世界を悪に染めていく。
私はそれを止めたいのだけれど、その手段が分からない。
「騎士団が部族の内戦を止めに入っているのは、国王陛下の指示もありますが、魔女との関係性を調べたり、魔女に関する知識を得る為でもありました」
「え、部族の人たちは魔女に関して何か知っているのですか?」
「多くは語っていただけませんでしたが、魔女の歴史のようなものを口伝で伝えているようでした。詳しい理由は分かりませんが……」
「……私、その話も聞き出したいです!」
少しだけハンスがため息をつき、私を優しく見つめた。
こんなに優しそうな人なのに、剣を持つと恐ろしいらしい。
屋敷が襲われた時に、はっきりと見ることができなかったので詳しいことは分からなかった。
お兄様の相手をしている時は、指導の先生という雰囲気だ。
「奥様でしたら、そう言われると思っておりました」
「ハンス……」
「昔の私もそうでした。妻が魔女に覚醒するかもしれない、と聞いた時、どんな情報でも欲しかった。だから内戦が続く部族の間にも入り、話を聞きましたが、言われた言葉はただ1つ」
「1つ?」
「お前の妻は必ず魔女になる。それだけです。でもそれは事実になり、私は妻を取り戻せなかった……。奥様、どうか私のような無念をお持ちにならないよう……」
愛する人が魔女になるかもしれない、と言われたら。
普通はハンスのように必死になるだろう。
きっと、家族はみんな、形は違えど必死になったはずだ。
だから、今でもルイは家族を大切にしている。
「でも、ハンス。預言をする人は、外部の預言はしないのでしょう?どうしてあなたのことは見てくれたんですか?」
「……預言をした者は、私に向かって見えた、と言いました。見えれば教えてもらえるのかもしれませんし、そうではないのかも。相手次第なので、何が理由なのかはっきりしていません」
でも、そうなると。
私にも好機があるかもしれない、ということ。
魔女に関することを知る為の、大きな好機だ。