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第86話

ハンスと話をしながら、私はさまざまな憶測を考えていた。

そもそも、なぜ山岳地帯の部族が魔女との関係性を疑われたのか。

きっとそれは、預言者の存在のせいだろう。

不思議な力を使う者、魔術を扱う者として、その存在が悪く伝わったのだ。

でも、口伝でさまざまなことを残しているようだから、途中で話が変化してしまったりしている可能性も捨てきれない。


難しい話ではなく、単純に本当に魔女を輩出してしまった一族とも考えられる。

能力を持った存在の一部、能力が強いものがたまたまだけれど、魔女のような存在になったとか。


転生前の世界での知識を考えれば、多くのことが考えられた。

もしも預言者と話ができれば、そのことの一端を見つけ出せるかもしれない。

私が一番知りたいことは、なぜ転生できて、なぜ早い段階で魔女に覚醒するのではなく、ある程度の期間を置くのか。

ルイは、魂が傷ついているから癒す期間だと言っていたことがある。

転生までできるような存在が、魂を癒す期間を必要としている?

それだけではないような、そんな気がするのだ。


「奥様、旦那様がお呼びです」

「え、あ、はい」

「旦那様がお荷物のことに関してお話があるようです」


私が地図を眺めている間に、ルイはハンスを呼んでいたようだ。

集中すると昔から周囲が見えなくなる。

それが私なのだ。

ハンスと一緒にルイの元へ行き、話を聞く。

多くの武器は持って行かないが、さまざまな状況を考えて、持参金と相手が喜びそうなものを持っていくと言う。


「山岳地帯なので、やはり薬などの医薬品は喜ばれるかと思うのですが」

「ユーマもそのような話をしていた。とりあえず、あるだけの医薬品をマリアに準備させている。お前も目を通しておいてくれるか?」

「はい」

「他に何か必要なものがあれば、追加する。どうだ?」

「そうですね……山岳地帯、手に入りにくいもの……」

「食料などに関して、彼らは自分たちでどうにかしているようだからな。山岳地帯でもそういったものには困らないようだ」


食料は困っていない。

そもそも、外部との関係をあまりよく思っていない。

では、何がいいか?

お金は多分効果がない。

それなら、預言を聞きたい人間が大金を積んだはずだ。

しかし、それでも預言は聞けない。

食料……そうだ、あれなら。


「調味料はどうでしょうか」

「……調味料?」

「はい!塩、砂糖、胡椒、など基本的な調味料だけですが、こういったものを精製するための技術は山岳地帯に、ないのでは?」

「確かにそうだな」

「味を知った者は、その味を忘れられなくなります。どうですか?」


私は転生前の世界にあった逸話を思い出したのだ。

魔法の調味料を探し求めて、旅をした人がいたこと。

調味料とは、それくらいに人にとって、料理にとって重要なのだ。

敵に塩を送るという、ことわざもあったくらいである。


「悪くはない考えだな!調味料ならば、安く手に入るし、今後も提供が楽にできるぞ」

「つまり、商売にもなります!」

「おい、商売の話ばかりをするな!」


だって、せっかくのビジネスチャンス!

有効活用しなきゃいけないじゃない!

私はそんなことを思いながら、ルイを見つめた。

ルイは、本気で調味料を持っていくと決めてくれ、今度はマリアさんを呼びつけている。


そうだ、と思った私はまた秘策を思いついた。

そのスパイスを最も有効な形で、活用できる方法。


「ルイ、マリアさんも一緒に連れて行きませんか?」

「む、何を言っている?」

「戦闘に参加してもらうんじゃありません。向こうでも、料理をしてもらうんです!」


ルイの目が点になり、それから首を傾げ、ため息をつき、また視線がこちらに戻ってきた。


「勝算はあるのか?」

「あります。山岳地帯、しかも内戦中、若い世代は外を知りたがっている、女性もいるでしょう?それなら、食べ物は欠かせません。特にあたたかい料理や、甘いものは忘れられない味になるはず」

「……そうだな」

「マリアさんのパイを3切れも食べた人が、ここにいるじゃないですか」

「お、俺は腹が減っていただけだぞ……」

「あら、その前にシチューもパンも、サラダも卵も、他の煮込み料理もいただかれた後でしたが?」


大食い。

それも魔力のある人間の特徴とされている。

ならば、山岳地帯はそういった魔力も持った人が多いとのことだから、お腹を空かせている可能性が高い。

食べ物の魔力には、絶対に勝てない。

その自信が私にはあった。


「……た、確かに」

「魔力を持った存在がいるとすれば、必ずお腹を空かせています」

「おい、変な言い方をするな!」

「別にルイのことを言っているわけじゃありませんよ?でも、事実、食事の提供は相手にとってもありがたい話のはず。内戦を繰り返して疲弊しているでしょうし、どんなに食料があっても、まともな料理はないと思うんです」

「そうだな……試してみるか」

「失敗しても、ルイとユーマで食べてしまえばいいじゃないですか!」

「おい、俺のことをどれくらい大食らいだと思っているんだ!」


ルイはそんなことを言ったけれど、私は笑うだけだった。

山岳地帯へ切り込む方法は、できた。

後はこのまま、無事に交渉ができればいいのだけれど。

何なら、本当はこのまま、うちの事業に関する流れに持っていきたい。

でも欲張ると、本来の目的を見失ってしまうから、しっかり考えなきゃ。


「それから、セシリア」

「はい」

「その格好では連れていけないからな。マリアに衣類を頼んだ」

「え?」


た、確かに、私の格好は一般的な貴族の女性が着ているロングスカートだ。

しかも、お気に入り。

遠乗り程度、普段出かける程度ならば、この格好を愛用していた。


「でも、私はこれ以外の衣類を持っておりませんが……いえ、その、こういった形以外のもの、という感じですけれど」

「母が騎士団で着ていた衣類の残りがある」

「え、お義母様の?」

「変に思うなよ。グラース家の紋章が入った衣類は、そう簡単には捨てられないんだ」


騎士団長の家の紋章だ。

そんなものが入った衣類を、売り買いなんてできないはず。

そして、マリアさんが急いで持ってきてくれたものは、軽い見た目だけれど、しっかりとしたパンツとしなやかなブーツだった。

私に入るかな、と思ったけれど、胸元が少しきついだけで着用できた。


「奥様は、大奥様と体型が似ていらっしゃると思っていましたが、おっぱいは違いましたね~!」


マリアさんの爆弾発言に、ルイが顔を真っ赤にしていた。

別に、そんなに自慢できるような大きさではないと思うのだけれど、お義母様よりは大きかった、というところだろう。

お義母様は騎士団だったし、大きな胸があっては戦うのが大変だったはずだ。

と、思ってマリアさんを見ると、なかなかの大きさ。

そう、なかなか。

つまり、騎士団に胸の大きさは関係ないのでは?と思った。


「と、とにかく、だ!今回はその格好で行くように」

「はい……慣れない格好ですが、頑張ります」

「それから、もしも身分を聞かれた時は、騎士団員だと答えておけ」

「え、でもそれって、後から何か大事になりませんか?」

「騎士団長の妻だと答える方が危険だ」

「分かりました……」


私はそう言って、ルイの意見に従った。

騎士団員であることを装う為、お義母様の剣まで腰に掛けることになる。

いやだ、剣ってこんなに重いのね?

私は剣なんて、振るえないわ……!

そう思いながら、私はグラース家の紋章が入る剣を見つめた。


ここにお義母様がいたら、なんと言ってくださるのだろうか。

しっかりしなさいって、言われるのかな。


私は、今後起こることのない嫁姑問題を、ほんのりと想像するのだった。


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