ハンスと話をしながら、私はさまざまな憶測を考えていた。
そもそも、なぜ山岳地帯の部族が魔女との関係性を疑われたのか。
きっとそれは、預言者の存在のせいだろう。
不思議な力を使う者、魔術を扱う者として、その存在が悪く伝わったのだ。
でも、口伝でさまざまなことを残しているようだから、途中で話が変化してしまったりしている可能性も捨てきれない。
難しい話ではなく、単純に本当に魔女を輩出してしまった一族とも考えられる。
能力を持った存在の一部、能力が強いものがたまたまだけれど、魔女のような存在になったとか。
転生前の世界での知識を考えれば、多くのことが考えられた。
もしも預言者と話ができれば、そのことの一端を見つけ出せるかもしれない。
私が一番知りたいことは、なぜ転生できて、なぜ早い段階で魔女に覚醒するのではなく、ある程度の期間を置くのか。
ルイは、魂が傷ついているから癒す期間だと言っていたことがある。
転生までできるような存在が、魂を癒す期間を必要としている?
それだけではないような、そんな気がするのだ。
「奥様、旦那様がお呼びです」
「え、あ、はい」
「旦那様がお荷物のことに関してお話があるようです」
私が地図を眺めている間に、ルイはハンスを呼んでいたようだ。
集中すると昔から周囲が見えなくなる。
それが私なのだ。
ハンスと一緒にルイの元へ行き、話を聞く。
多くの武器は持って行かないが、さまざまな状況を考えて、持参金と相手が喜びそうなものを持っていくと言う。
「山岳地帯なので、やはり薬などの医薬品は喜ばれるかと思うのですが」
「ユーマもそのような話をしていた。とりあえず、あるだけの医薬品をマリアに準備させている。お前も目を通しておいてくれるか?」
「はい」
「他に何か必要なものがあれば、追加する。どうだ?」
「そうですね……山岳地帯、手に入りにくいもの……」
「食料などに関して、彼らは自分たちでどうにかしているようだからな。山岳地帯でもそういったものには困らないようだ」
食料は困っていない。
そもそも、外部との関係をあまりよく思っていない。
では、何がいいか?
お金は多分効果がない。
それなら、預言を聞きたい人間が大金を積んだはずだ。
しかし、それでも預言は聞けない。
食料……そうだ、あれなら。
「調味料はどうでしょうか」
「……調味料?」
「はい!塩、砂糖、胡椒、など基本的な調味料だけですが、こういったものを精製するための技術は山岳地帯に、ないのでは?」
「確かにそうだな」
「味を知った者は、その味を忘れられなくなります。どうですか?」
私は転生前の世界にあった逸話を思い出したのだ。
魔法の調味料を探し求めて、旅をした人がいたこと。
調味料とは、それくらいに人にとって、料理にとって重要なのだ。
敵に塩を送るという、ことわざもあったくらいである。
「悪くはない考えだな!調味料ならば、安く手に入るし、今後も提供が楽にできるぞ」
「つまり、商売にもなります!」
「おい、商売の話ばかりをするな!」
だって、せっかくのビジネスチャンス!
有効活用しなきゃいけないじゃない!
私はそんなことを思いながら、ルイを見つめた。
ルイは、本気で調味料を持っていくと決めてくれ、今度はマリアさんを呼びつけている。
そうだ、と思った私はまた秘策を思いついた。
そのスパイスを最も有効な形で、活用できる方法。
「ルイ、マリアさんも一緒に連れて行きませんか?」
「む、何を言っている?」
「戦闘に参加してもらうんじゃありません。向こうでも、料理をしてもらうんです!」
ルイの目が点になり、それから首を傾げ、ため息をつき、また視線がこちらに戻ってきた。
「勝算はあるのか?」
「あります。山岳地帯、しかも内戦中、若い世代は外を知りたがっている、女性もいるでしょう?それなら、食べ物は欠かせません。特にあたたかい料理や、甘いものは忘れられない味になるはず」
「……そうだな」
「マリアさんのパイを3切れも食べた人が、ここにいるじゃないですか」
「お、俺は腹が減っていただけだぞ……」
「あら、その前にシチューもパンも、サラダも卵も、他の煮込み料理もいただかれた後でしたが?」
大食い。
それも魔力のある人間の特徴とされている。
ならば、山岳地帯はそういった魔力も持った人が多いとのことだから、お腹を空かせている可能性が高い。
食べ物の魔力には、絶対に勝てない。
その自信が私にはあった。
「……た、確かに」
「魔力を持った存在がいるとすれば、必ずお腹を空かせています」
「おい、変な言い方をするな!」
「別にルイのことを言っているわけじゃありませんよ?でも、事実、食事の提供は相手にとってもありがたい話のはず。内戦を繰り返して疲弊しているでしょうし、どんなに食料があっても、まともな料理はないと思うんです」
「そうだな……試してみるか」
「失敗しても、ルイとユーマで食べてしまえばいいじゃないですか!」
「おい、俺のことをどれくらい大食らいだと思っているんだ!」
ルイはそんなことを言ったけれど、私は笑うだけだった。
山岳地帯へ切り込む方法は、できた。
後はこのまま、無事に交渉ができればいいのだけれど。
何なら、本当はこのまま、うちの事業に関する流れに持っていきたい。
でも欲張ると、本来の目的を見失ってしまうから、しっかり考えなきゃ。
「それから、セシリア」
「はい」
「その格好では連れていけないからな。マリアに衣類を頼んだ」
「え?」
た、確かに、私の格好は一般的な貴族の女性が着ているロングスカートだ。
しかも、お気に入り。
遠乗り程度、普段出かける程度ならば、この格好を愛用していた。
「でも、私はこれ以外の衣類を持っておりませんが……いえ、その、こういった形以外のもの、という感じですけれど」
「母が騎士団で着ていた衣類の残りがある」
「え、お義母様の?」
「変に思うなよ。グラース家の紋章が入った衣類は、そう簡単には捨てられないんだ」
騎士団長の家の紋章だ。
そんなものが入った衣類を、売り買いなんてできないはず。
そして、マリアさんが急いで持ってきてくれたものは、軽い見た目だけれど、しっかりとしたパンツとしなやかなブーツだった。
私に入るかな、と思ったけれど、胸元が少しきついだけで着用できた。
「奥様は、大奥様と体型が似ていらっしゃると思っていましたが、おっぱいは違いましたね~!」
マリアさんの爆弾発言に、ルイが顔を真っ赤にしていた。
別に、そんなに自慢できるような大きさではないと思うのだけれど、お義母様よりは大きかった、というところだろう。
お義母様は騎士団だったし、大きな胸があっては戦うのが大変だったはずだ。
と、思ってマリアさんを見ると、なかなかの大きさ。
そう、なかなか。
つまり、騎士団に胸の大きさは関係ないのでは?と思った。
「と、とにかく、だ!今回はその格好で行くように」
「はい……慣れない格好ですが、頑張ります」
「それから、もしも身分を聞かれた時は、騎士団員だと答えておけ」
「え、でもそれって、後から何か大事になりませんか?」
「騎士団長の妻だと答える方が危険だ」
「分かりました……」
私はそう言って、ルイの意見に従った。
騎士団員であることを装う為、お義母様の剣まで腰に掛けることになる。
いやだ、剣ってこんなに重いのね?
私は剣なんて、振るえないわ……!
そう思いながら、私はグラース家の紋章が入る剣を見つめた。
ここにお義母様がいたら、なんと言ってくださるのだろうか。
しっかりしなさいって、言われるのかな。
私は、今後起こることのない嫁姑問題を、ほんのりと想像するのだった。