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第33話

「アイラ、そっちの調子はどうだ?」

 文字化けファイルの分析結果が出るのをアイラが待っていると、横からガルディンが声を掛けてきた。

 恐らく、ガルディンの方の調査も思うような結果が得られていないのだろう。そこで、気分転換を兼ねて、アイラたちの状況を確認しに来た、という風合いを、ガルディンの態度から察知することができた。

「あっ、リーダー。そうですね、例の文字化けファイルの分析をしているところなんですが、結果が出るにはもう少し時間が掛かりそうですね」

 アイラが答えている間、分析の進捗状況を示すパーセンテージが一つカウントされていた。しかし、その動きはあまりにも鈍く、当分は分析が終わる気配はなさそうだった。

「そうか。私の方も、思うようにいかなくてな。ということは、今はこの分析結果に全てを託す以外にはない、か……」

 ガルディンはその場で腕組みをしながら。端末のディスプレイに視線を凝らしていた。早く分析が完了してほしい。そうしないと、自分たちが求めている情報がどこにあるのかも分からない。

 そうして、さらに少し時間が経った、その時だった。

「……んっ? なんだ? 数字が急に増えていったぞ……?」

 ガルディンが端末のディスプレイを注視していると、そこに表示されていた進捗状況を示すパーセンテージのカウントが、急速に上がっていくのが見て取れた。

「どうしたんですか、リーダー? ……あっ、これは、一気に進捗が早まりましたね」

 一時的に席を外していたアイラが戻ってくると、ガルディンと同様パーセンテージのカウントアップ速度が上がり始めたことに、若干の驚きを浮かべていた。

 二人が見ている間も、カウントアップは休むことなく続いていく。そして、あれほど時間が掛かると思われていた文字化けファイルの分析は、その後ものの一分も経たずに完了を示すダイアログが表示された。

「分析が終わったようだな。しかし、このようなことが、本当にあるのだろうか……?」

「多分、ファイルの分析と修復の準備に時間が掛かっていたんだと思います。それが終われば、時間も大して掛かりませんよ。まぁ、この手のソフトウェアにはよくある話です」

 疑問符を浮かべるガルディンに対し、アイラはすでに落ち着きを取り戻していた。進捗が急激に早まったことは確かに驚いたが、アッシュが設定を一部変更したことによる影響と考えれば、この結果はむしろ妥当なものであるとさえいえた。

 分析と修復が完了したファイルは、元のファイルとは別の名前で保存されていた。後で、オリジナルのファイルと内容を比較することができるように、自動的に別名保存されるようになっているのだろう。

「さて、それじゃ中身を見せてもらおうかな」

「待て。その前に全員をここに集めよう。私はアッシュを起こしてくる。アイラはハルたちを頼む」

 アイラとガルディンはそれぞれ手分けして、他のメンバーたちを招集していった。ガルディンが隅のベッドで仮眠を取っているアッシュを起こすと、アッシュは若干眠気が取れない両目をこすりながら、ガルディンと共に端末の前に向かっていった。

「ホラ、ハル、リーヴ、起きな。大事な話があるよ」

 そして、アイラは椅子に座って隣同士で寝ているハルとリーヴを起こしにかかった。ハルを起こしさえすれば、あとはハルの方でリーヴをなんとかしてくれるだろう。

「……あっ、アイラさん。すみません、いつの間にか、寝てしまっていたようで……。リーヴ、起きて。みんなが呼んでいるよ」

 ハルは起きるなり目の前で自分に向かって声を掛けているアイラの姿に気が付いた。そして、これがなにかが起こったに違いないと感じると、隣で寝ているリーヴの肩を優しく叩き、彼女を起こしていった。

「……んっ、んんっ……。あっ、ハル……?」

「リーヴ、向こうに行こう。これから大事な話があるって」

「……うん……。分かった……」

 リーヴは、まだ眠気から回復していないのだろう。少しだけうつろな様子を見せていたが、ハルが大事な話があると告げると、彼の手を握りながら椅子から立ち上がった。

 まだ抱いて、と言われるかとハルは思ったが、今回はリーヴもそうしたことは言わず、ハルの手を握りながら彼にしっかり付いてきている様子だった。

「よし、全員集まったようだな。アイラ、例のファイルの中身を開いてみてくれ」

「分かりました、リーダー」

 端末の前では、すでにガルディンとアッシュが待機していた。アイラは二人の間に割り込むようにしながら端末の前に座り、分析したファイルにアクセスしてみることにした。

 すると、先程までとは異なり、エラーを示す挙動は一切確認できなかった。ということは、分析と修復は上手くいった、と判断してよいのだろうか。そして、その結果は、すぐにディスプレイに表示された。

「……んっ? これは、地図……、ですかね……?」

 ディスプレイに表示されたのは、なにかの地図と思われる映像だった。解像度が若干荒く、いわゆるジャギーが入った状態になっているが、どこかの地域を現したものである、ということは判別することができた。

「そうみたいだね。でも、これはどこの地図なんだろうね? まぁ、大昔の地図だから、今の地形にそのまま当てはめることができるかどうかは分からないけど」

 アイラがその地図と思われる映像を見ながら、果たしてこれが本当に地図なのかどうか、もし本当に地図であればどの付近を指しているのか、というところが気になっていた。

「そうですね。でも、ここになんかバツ印が付いていますけど、ここになにかあるってことなんですかね?」

「まさか、そんな昔の宝の地図じゃあるまいし。ただ、この地図がこの時代に使われたものじゃなく、もっと未来に使われることを想定していたとしたら、どうだろうね……?」

 地図の映像の中心部には、赤いバツ印が大きく目立つように描かれていた。単純に考えれば、ここになにかあるぞ、という目印になるのだろうが、アイラが指摘したことも無視できるものではない。

「よし、この地図を照会してみよう。アイラ、そのファイルをこっちに転送してくれ」

「分かりました、リーダー。少し待っていてください」

 正体がすぐに判明しないのであれば、可能な限り調べるしかない。ガルディンはアイラに自分の端末にその地図ファイルを転送するように指示を出しながら、先程まで作業をしていた端末に戻っていった。

 それを受けて、アイラが端末を操作し、地図ファイルをガルディンの端末に転送した。すでに修復は完了しているため、ガルディンの端末でも問題なくアクセスすることができるはずである。

「……ふむふむ……、なるほど……、よし、ここかっ!」

 アイラから転送されてきた地図ファイルを、ガルディンはすぐさま地図照会ソフトに投入した。すると、さすがに地図ファイルの内容がそれほど込み入ったものではなかったため、照会結果はすぐに表示された。

「リーダー、どうなりました?」

「うむ。先程照会の結果が出た。どうやら、この地図はこのアジトから南に行った、このあたりを指しているらしい」

 ガルディンの端末の周りに、アイラとアッシュ、そしてハルとリーヴが集まってくる。説明を求めるアッシュに対し、ガルディンがディスプレイに表示された地図の一部分を指さしながら答えた。

「このあたりですか……。ここからだと、ちょっと遠いですね……。それに、このあたりになにか施設があったという情報は、僕も聞いたことがありません」

「だろうな。私もこの地域のことはなにも知らぬ。調査に行こうにも、かなり距離がある上、巨獣の襲撃に遭うリスクも考えなければならん」

 確かに地図上から見ても、その場所がこのアジトからかなり遠く離れているということはなんとなく理解することができた。

 それほどの遠くに行くということは、今までよりも入念な準備が必要になるであろうし、なによりガルディンが指摘した通り、巨獣対策も万全に行わなければならない。

 しかし、今彼らが保有している巨獣対策は、アイラが調合してくれた幻覚薬だけだ。しかも、あれはまだ試作段階で、アイラ自身も改良の余地があると、以前に言っていた。

「でも、わざわざ隠しファイルにしておいたということは、やはりここになにか重要な秘密が隠されているってことなんじゃないでしょうか? それに、普通の方法ではアクセスできなかったことを考えれば、その重要性は言うまでもないでしょうし」

 とはいえ、続けて述べたアイラの意見にも、一定の理があることは認めるべきところだった。もし、この内容を他人に知られたくないのであれば、ファイルを完全に廃棄すればよいだけの話である。

 それを、わざわざ隠しファイルにしておいて、しかもアクセスするのにファイルの修復が必要だったということは、裏を返せば誰かに知ってほしい、ということでもある。

「うむ、そうだな。ならば、次の調査対象は、この地点にしよう」

 ガルディンがアイラの意見に同意し、次回の調査対象を決めると、周りから特別反対意見が出ることはなかった。どちらにせよ、なにかしら地上の秘密を解き明かすことにつながるのであれば、一つたりとも見逃してはならない。

「それじゃ、すぐに準備をしますか?」

「いや、今日は皆も疲れているであろう。出発は明朝とする。それまでに、各自準備を進めておくように。あっ、それから、ハル。リーヴの面倒は、引き続きよろしく頼む」

 アッシュが早速出発することを提案したが、あの集落跡での騒動があった後すぐに再度調査に向かうというのは、条件としてあまりに過酷であろう。

 そう判断したガルディンは、出発を翌日の早朝にすると告げ、それまでに各自出発の準備をするようにと告げた。念のため、ハルにリーヴの面倒を頼むという指示も忘れなかった。

「……ねぇ、ハル……。また、どこかに、出かける、の……?」

「うん、そうだよ。ただ、出発は明日の朝ってことになったみたいだから、今日はゆっくり休めるね」

「……うん……。ねぇ、ハル……。また、ワタシ、も、一緒に、行って、いい……?」

 ガルディンたちが三々五々それぞれの作業に入っていく中、リーヴはハルに状況確認を求めるように尋ねた。ハルがその通りだと返事をすると、リーヴは今回も一緒に行きたい、と願い出た。

「あぁ、もちろん、いいよ。キミを絶対に一人にしないって、約束したからね」

「……うん……。ありがとう、ハル……」

 ハルにとって、今さらその願いを断る理由など、一つも存在していなかった。今のリーヴにとっては、一人ぼっちになること、とりわけハルの気配を感じられなくなることが、一番寂しさを募らせることだったからだ。

 自分の願いを快諾するハルの返事を聞いたリーヴは、そっとハルの首元に両腕を回して抱き締めた。ハルも身体を低くし、リーヴが抱き締めやすくなるようにしていた。

「さぁ、行こうか、リーヴ。明日に備えて、しっかりと身体を休ませないとね」

「……うん……。ハル……、一緒に、休む、の……」

 そして、ハルはリーヴの手をしっかりと握りながら、コンピュータールームを後にし、リーヴの部屋へと向かっていった。

 今なお一寸先は闇という状況に変わりはなかったが、ハルは少しずつでも地上の秘密に近づいていると信じ、明日からの調査に思いを馳せるのだった。

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