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第35話

 巨獣から辛くも逃げ切った後、一行は目的地を目指してさらにバイクを走らせていた。

 荒れ狂う雪と風をかき分けるようにしながら進んでいくバイクの一団。その先頭を走るガルディンが、片手でハンドル操作をしながら雪原用の望遠鏡で前方の様子を確認していた。

「……んっ? あれは、なんだ? 地下シェルターの入口か……?」

 ガルディンは、前方にある物体が映り込んでいるのを発見した。大量の雪が舞い散る中で望遠鏡の解像度を上げていくと、それはなにかの入口のようであると判明した。

「なるほど、あそこか。地図に記されている場所とも一致する」

 地図の内容と照合しながら、ガルディンはその入口が目的地で間違いないと確信した。そして、望遠鏡をしまうと、通信機で他の全員と連絡を取った。

「そろそろ目的地に到着する。各自、準備を怠るな」

 ガルディンの通信が届いた直後、アイラとアッシュの表情が一気に緊張感を帯びていくのが見て取れた。もちろん、ハルもいよいよ調査が近づいていると、緊張感を覚えずにはいられなかった。

「リーヴ、もうすぐ着くよ。降りる用意をしておいてね」

「……うん、分かった……。ハル、きっと、上手く、いく、よ……」

 リーヴにも同じ旨を伝えると、リーヴは小さく頷きながら、ハルに向けて激励と受け取れる言葉を投げかけた。自分一人だけではなにもできない。それを理解しているからこそ、リーヴはハルのことを応援している。

 その言葉を受けて、ハルはなんとなく今回も大丈夫な予感がしてきていた。なにも確信があるわけではないにも関わらず、リーヴに励まされると本当に大丈夫なような気がしてきてしまう。

「よし、ここだ。これが、今回の地下シェルターの入口のようだな」

 程なくして、一行は目的地に到着した。一見してなにもない、ただの真っ白な雪景色のように思われる中で、ただ一か所、盛土のようになった場所で、地下シェルターの入口のような姿が一部露出しているのが見える。

「ここですね。なるほど、これじゃ、思うように見つからないわけだよ」

「しっかし、大した埋もれ具合ですね。こうなっちゃうと、もうただの雪だるまにしか見えませんわ」

 バイクから降りたアイラとアッシュは、大量の雪に埋もれた地下シェルターの入口を見ながら、それぞれに思うところをつぶやいた。特に、アッシュが指摘した「雪だるまにしか見えない」というのは、横で聞いていたハルにとってもごもっともだと思うものだった。

「さて、まずは入口を見えるようにしなくてはな。久しぶりの大工仕事になるか」

 そう言いながら、ガルディンは荷物入れの中から雪中作業用のハンマーを取り出した。通常のハンマーと異なり、寒い地域でも使えるよう、金属部分に耐冷加工が施されている。

 ガルディンは、見えている地下シェルターの入口の一部分をハンマーで叩き始めた。軽く叩いた程度であったが、入口にまとわりついた雪を払いのけるには十分な衝撃だった。

「大工仕事って、ただハンマーで入口叩くだけじゃないですか」

「まぁ、そう言うな。これでも、結構緊張しながらなんだからな。さて、次は……」

 アッシュが軽くからかう言葉を向けるが、ガルディンとてただ遊びでやっているわけではなかった。できる限り早く入口を開けられるようにしないと、いつまた巨獣の襲撃を受けてしまうか分からないからだ。

 雪を払いのけた後、続けてガルディンは入口の扉全体にこびり付いている大量の氷を落とし始めた。

 ガルディンが扉を叩く。先程よりも強く叩いていくと、金属同士の衝撃音に混じって氷にヒビが入る音が聞こえてくる。

 さらにハンマーを叩いていくと、ヒビ割れた氷が無数の粒となってこぼれ落ちていくのが見て取れた。

「なかなか骨の折れる作業だな。だが、あまり派手なことはできん以上、こうするしかあるまい」

 やがて、扉にこびり付いていた氷がほとんど落とされたが、まだこれで終わりではなかった。最後は錆び付いた扉をなんとかしないと、扉を開けることができない。

「……がんばって……、がんばって……」

 その時、ハルと一緒にその作業風景を見ていたリーヴが、小さくガルディンを応援する言葉を向けた。小さな声ではあったが、それは確かにガルディンに向けた激励の言葉だった。

「ふむ。キミのような女の子に励まされたとあっては、私も弱音を吐くわけにはいかないな。さて、もうひと頑張りといくか」

 リーヴの応援を受けて奮起するガルディン。リーヴは満足げな表情を浮かべていたが、隣で見ていたハルは、実に不思議な思いだった。

 今まで、リーヴがハル以外の誰かに聞こえる形で激励の言葉を向ける、ということはほとんどなかった。それだけ、リーヴも少しずつ成長している、ということなのだろう。

 ガルディンは氷を落とす時と同様に、扉を強く叩いていった。扉全体に付着した大量の錆びが、ハンマーの衝撃によって微細な粒子となり、それが猛吹雪によって巻き上げられ、どこかに吹き飛ばされていく。

 扉を確実に開けるため、念入りにハンマーで叩いていくガルディン。そして、錆びを概ね落とした後には、なんとも古ぼけた金属製の扉が目の前に出現した。

「フゥ、これでなんとか開けられるだろう」

「お疲れ様、リーダー。あーあ、思っていた通り、セキュリティロックもダメになっちゃっていますね」

 ガルディンが一つ息を吐いている間、アイラが扉の横にあるセキュリティロックを調べた。しかし、ボタンをいくら押してもなにも反応しなかったため、機能していないことに気が付いた。

「そうか。となると、もう一仕事やらなければならないな。それっ!」

 アイラの言葉は、ガルディンにまだ仕事は終わっていないことを明確に告げるものだった。セキュリティロックが機能していないのであれば、力技で開けるより他にない。

「あっ、俺も手伝いますよ」

「おぉ、すまんな、ハル。では、二人で、よいしょっとっ!」

 ハルがすかさずガルディンの隣に立ち、一緒に入口の扉を手にかけた。これを心強い援軍と見たガルディンは、ハルと息を合わせながら力を込めて扉を開けようとした。

 錆び付いていた扉が少しずつ、鈍い音を立てながら開かれていく。しかし、引っかかっている部分があまりにも多く、そのため、上手い具合に扉を開けることができない状態だった。

 ちなみに、アッシュは護衛部隊に対し、今後の行動計画について説明していた。この地下シェルターに入ることになるのはすでに自明の理である以上、行動計画を共有しておくことも大事なことだった。

「な、なかなか、開きませんね……」

「仕方があるまい。元々、こういう力づくで開けることを想定した設計にはなっていないからな……」

 途中までは動いたが、そこから先がどうしても動かない。ハルとガルディンは防寒着を着ていてもなお全身に襲い掛かる寒気と戦いながら、扉を開けるべく奮闘していた。

「……ねぇ……、ハル……、これ……」

 その時。すぐ近くで様子を見守っていたリーヴが、扉の下の方を指差しながら、なにかを見つけたかのように二人に声を掛けた。

 二人がリーヴの声に気が付いて扉の下の方に視線を向けると、そこには扉の進行を邪魔するかのように金属の塊がレールの上に貼り付いているのが見えた。

「あっ、これは……。なるほど。これが引っかかっていたから、扉が動かなかったのか。ガルディンさん、さっきのハンマーを貸してください」

 その金属塊を見たハルは、自分の方が位置的に近いと気が付き、ガルディンからハンマーを借りた。そして、そのハンマーで金属塊を叩き、適当な方向にその金属塊を弾き飛ばした。

「よし、これでいけるか……? おっ、扉が動いたぞ」

 ハルからハンマーを返してもらった後、ガルディンは再度扉を開けるべく力を入れた。ハルもそれに続いて一緒に力を入れる。すると、引っかかりの原因となっていた金属塊がなくなったおかげで、鈍い音を立てながら最後まで開けることができた。

「フゥ、これでどうにか入ることができそうだな」

「そうですね。しかし、よく扉が途中で引っかかっていることが分かったね。偉いぞ、リーヴ」

 ようやく扉が開き、その向こうに続く通路が姿を現した。その奥は地下に向かって伸びているようで、その先を窺い知ることは容易ではなかった。

 ハルがリーヴのおかげだと言いながら彼女の頭を撫でた。よく注意していればそのうち気が付いたかも知れないが、リーヴがいなければ気が付くのが遅れてしまっていた可能性もあった。

「……エヘヘ……。ありがとう、ハル……」

 リーヴはハルに頭を撫でられる動きに応じるかのように微笑みながら返事をした。自分の手柄を自慢するのではなく、こうして恥ずかしがりながら応えるあたり、まだまだ幼い女の子なのだか、とハルは改めて思うのだった。

「よし、では早速行こう。なにがあるか分からん。各自注意を怠らぬように」

 そして、ガルディンを先頭に、一行は地下シェルターの中へと入っていった。ハルがリーヴと共に入った後、アッシュの護衛部隊が最後に少々苦労しながら扉を閉める光景は、外部の侵入者を阻止するための当然の措置だった。

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