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第36話

 地下シェルターに入った一行は、途端に目の前が真っ暗な景色に覆われているのを目撃した。

 照明らしきものを一切確認することができない。一切の光が届かないこの地下シェルターにおいては、入口から暗闇対策を迫られる形となっていた。

「ふむ、これではなにも見えんな。ひとまず、これを使うか」

 ガルディンは懐から鉱山作業用の懐中電灯を取り出し、スイッチを入れた。携帯端末にもライト機能は付いているが、それはあくまで近距離を照らすための補助用であり、こうしたほぼ完全な暗闇の中ではあまり有効ではない。

「おっと、目の前に階段があったとはな。いや、これはエスカレーターか」

 ガルディンが懐中電灯で前方を照らすと、すぐ近くに下りのエスカレーターがあるのを発見した。会談ではなくエスカレーターが使われている時点で、この地下シェルターが相当深くまで造られていることを想像することができた。

「この下になにかあるってことでしょうね。でも、もうさすがに動きそうにありませんね」

「そうであろうな。ここは面倒だが、自力で降りていくよりあるまい」

 アイラが指摘した通り、そのエスカレーターは一切動く気配を見せることはなかった。ガルディンも動かないのであれば仕方がないと思い、一行を先導する形でエスカレーターを降り始めた。

「これは少し危なそうだな。リーヴ、俺の背中に乗って」

「……うん……。ハルの、背中、あったかい……」

 ハルはリーヴの目の前でしゃがみ込み、自分の背中を示して乗るように促した。リーヴが嬉しそうにハルの背中に乗ったのを確認すると、ハルは再度立ち上がり、ガルディンたちに続くようにエスカレーターを降りていった。

 一般的にエスカレーターは通常の階段よりも一段ごとの段差が高く設計されている。それは、本来エスカレーターというのが自動的に昇降する機能を持っているため、利用者の安全を優先した構造になっているからだ。

 しかし、こうして動かない状態では、その段差の高さが逆に危険な状態になることもある。大の大人でも動かないエスカレーターを降りるのは面倒であるのに、それをまだ幼いリーヴに降りさせるわけにはいかない。

「それにしても、随分長いエスカレーターですね。どこまで続いているんでしょうね、これ」

「さて、どうだろうな。くれぐれも、足元には注意しろよ」

 アッシュがエスカレーターの下に視線を凝らしながら、まだ終わりが見えない様子を前に、なんとも不気味な印象を覚えていた。

 ガルディンが用意した懐中電灯は、鉱山作業用ということもあり、かなり強力な照明機能を持っていた。しかし、前方を相当な距離まで照らすことができるその懐中電灯を使っても、なおエスカレーターの終点が見えなかった。

「……ハル、大丈夫……? ワタシ、降りても、いいよ……?」

「大丈夫だよ、リーヴ。こういうエスカレーターを直接降りるのは、今のキミにはとっても危険だからね」

 ハルが若干降りにくそうにしながら、ガルディンたちに付いていこうとしている。リーヴはもしかしたら自分を背負っているおかげで歩きづらくなっているのかも知れないと思い、自分で降りると言った。

 しかし、ハルは大丈夫だと言って、そのままエスカレーターを降り続けた。リーヴを護るのが自分の務めである以上、彼女に余計な負担をかけさせるわけにはいかない。

 そうしてさらにエスカレーターを降りていくと、一行の前にようやく終点が見えてきた。

「フゥ、やっと終わりか。しかし、随分と長いエスカレーターだったな」

「そうですね。今どれぐらい下っていったのか調べてみましたけど、大体七十メートルぐらいってところですね」

 ガルディンは一息付きながら、一体自分たちがどれぐらい地下にいるのか気になっていた。すかさずアイラが携帯端末で自分たちの位置を調べると、随分と地下深くまで降りてきたということが判明した。

「そこまで下っていったんですか? そんな地下シェルター、僕も聞いたことありませんよ。そんなものがあるとしたら、生活用じゃなくて、軍事用としか思えませんねぇ」

 アッシュの指摘は実にもっともだと、ハルも思った。地下の硬い岩盤を上手に利用すれば、それを自然の要害とした、強固なシェルターを造ることができる。

 ハルが以前住んでいた地下シェルターは、そうした軍事拠点ではなく、生活拠点としての機能を明確に打ち出していた。

 もちろん、地上の猛吹雪の影響を受けることのないよう、十分に頑丈な設計をしていることは事実だったが、それでも軍事的な有事に耐えられるかと言われると、そこまでの構造を持つものではなかった。

「なるほど。やはりアッシュもそう思っていたか。私も、途中からそのような気配を感じてはいたのだ」

「ただ、ここが元軍事施設だったとすると、ここには相当機密性の高い情報が隠されている可能性がありますね。あの集落跡も、地球救済センターとか呼ばれていたみたいですし、ここもそれと同じか、それ以上の重要な施設だと思った方がいいでしょうね」

 ガルディンとアイラが続けて指摘した通り、軍事施設イコール重要情報の隠し場所、という方程式は今でも十分通用するものなのだろう。

 実際にどのような情報が隠されているのかは、この後の調査内容次第にはなるだろうが、そうなると、ますますこの地下シェルターの存在意義がどのようなものだったのかに興味が湧いてくる。

「……んっ? この扉は……? やはり、セキュリティロックが機能していないようだな」

 そして、エスカレーターを降り切った一行は、目の前に無機質な扉があるのを発見した。ガルディンが念のためにセキュリティロックを調べてみるが、思っていた通り、一切機能していない様子だった。

「そうですか。エスカレーターが動いていない時点で、予想はできていましたけど。ここの電力系統は、すでに稼働していないと考えた方がよさそうですね」

「まぁ、そういうことでしたら、やることはむしろ単純なんじゃないですか? 動いていないセキュリティロックなんて、僕たちにとっては邪魔なだけですし」

 そう言うと、アッシュは用意した荷物袋から、先程ガルディンが使っていたものと同じ雪原作業用のハンマーを取り出した。そして、そのハンマーでセキュリティロックを壊し始めた。

「やっぱり、そうなるのか……。リーヴ、大丈夫……、って、もう、やっていたか……」

「……うん……。ああいう大きな音、出たら、こうすれば、いいん、だよね……?」

 ハルは内心仕方がないと思いながら、背中のリーヴを気遣うことも忘れていなかった。ハルが後ろを振り返ると、そこには耳を両手で塞いだリーヴの姿があった。

 ハルの背中から落ちてしまうことのないよう、両肘でハルの下顔を挟み込み、それでバランスを取りながら両手で耳を塞いでいる。

 アッシュが振り下ろすハンマーの金属音が繰り返し響き渡る中、ハルはその打撃音を少しでもやわらげようとするリーヴの姿に、どこか愛くるしい思いを抱かずにはいられなかった。

「よし、これで、この奥のカギを開けて、っと……。よし、開いた」

 アッシュがセキュリティロックを破壊すると、壁の一部にくり抜かれたような穴が見えた。アッシュがその穴の中に手を入れ、奥を探るように手を動かすと、扉の近くでなにかが外れる音が聞こえてきた。

「これで開けられると思いますよ。リーダー、やってみてください」

「よし、分かった。……んっ、結構重い扉だな……」

 アッシュに促され、ガルディンが扉を手動で開けようとした。しかし、元々セキュリティロック前提で設計されていた扉であるため、人間の力では簡単に開けられるものではなかった。

「……ハル、あれ……。ワタシ、降りる、から……」

「うん、分かっているよ、リーヴ。それじゃ、っと……」

 すると、事態を察知したかのように、リーヴがハルの背中から降りていった。エスカレーターを降り切った後では、自分がハルの背中に乗っている理由はないと、リーヴも考えているのだろう。

 リーヴを背中から降ろし、ハルはガルディンと協力して扉を開けようとした。大人の男性二人分の力をもってすれば、開けることは十分に可能な扉だった。

「よし、開きましたね。……あーあ、ここもやっぱり真っ暗か」

「仕方がないですねぇ。ここは一つ、コイツを、っと……」

 ハルとガルディンのおかげで扉は開いたが、中は完全に真っ暗で、様子を窺い知ることはできない。すると、アッシュが荷物袋からある球体を取り出すと、それを勢いよく扉の奥の暗闇に向かって投げ付けた。

 球体が暗闇の中に消えたと思った直後、突然まばゆい光がほとばしり、暗闇を一瞬純白に染め上げた。その後は光が柔らかくなり、普通に目を開けても問題ないところまで落ち着いた。

「なるほど、照明弾か。しかも、長時間タイプとは、なかなかに用意がいいな」

「まぁ、これぐらい用意しておかないと、こういう調査って思うように進みませんからね。それじゃ、行きましょうか」

 ガルディンが指摘した通り、アッシュが使ったのは改良型の照明弾だった。連絡用に一瞬の閃光を放つ従来型と異なり、探索用に長時間光が持続するように設計されたものだった。

 照明があれば内部の様子も確認することができる。一行は慎重に扉の奥へと進んでいった。

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