「この部屋、随分と広いみたいですけど、特になにもありませんね。まるで、どこかの集会場のような雰囲気がします」
「……ハル。ここ、そんなに、寒く、ない、ね……」
扉の向こうに足を踏み入れたハルは、そのあまりの広さの前に、思わず呆然とする感じを禁じ得なかった。
高い天井、周囲を取り囲むコンクリートの壁。それ以外にはなにもない、ただのだだっ広いだけの空間。ハルが「どこかの集会場」のようだと表現したのは、まさにその空間のなにもなさに起因するものだった。
「ふむ。確かに、ハルの言う通りのような感じもするな。もっとも、ここが本当に軍事施設だったとすれば、出撃前にここに兵士たちを集めて作戦内容を伝達していた、という可能性もあるだろうな」
ガルディンはアッシュが指摘した軍事施設の可能性を完全に否定していなかった。ここがかつてどういう施設であったかということが判明すれば、それによって自分たちの調査内容にも影響を及ぼすことは確実である。
「それじゃ、差し当たって向こうにも扉があるみたいですから、アタシとハルはそっちを調べてみますね」
アイラが指差した先には、これまたおあつらえ向きに扉が一つあるのが見えた。もしかしたら、あの先に兵士たちの詰所のようなところがあるのかも知れない。
「うむ、分かった。そっちはアイラとハルに任せよう。ハル、繰り返し言ってしまうようですまないが、リーヴのことも注意しておくように」
「分かりました。そっちの方は俺に任せてください。それじゃ、行くよ、リーヴ」
「……うん……。ハル、気を付けて、ね……」
ガルディンがこれを了承すると、アイラはハルとリーヴを伴って奥の扉へと向かっていった。幸いセキュリティロックはかかっていないらしく、アイラ一人でも簡単に開けることができた。
「さて、僕たちの方はどうします、リーダー? まさか、このままアイラさんたちが戻ってくるまでボーっとしている、ってことはないでしょうね?」
扉の向こうへと消えていくアイラたちを見送りながら、アッシュはこれから自分たちはどうするのか、ガルディンに尋ねてみた。
「うむ。今、この地下シェルターの詳細な構造を調べているところだ。かなり地下深くに造られているから、全体のスキャンにはもうしばらく時間が掛かりそうだがね」
すると、ガルディンはすでに用意していたコンピューター端末を操作し、この地下シェルターの構造を調べているところだった。
携帯端末よりもはるかに高性能でありながら、大量用のバッテリーを搭載することで、移動中でもあのコンピュータールームに近い作業をすることができる。
もちろん、全く同じことができる、というわけにはいかなかったが、それでも携帯端末の性能不足を補ってなお余りあるその端末を利用すれば、調査の効率も各段に向上することが期待できた。
「へぇ、そんなものがあったんですね。それなら、どうしてもっと前に使おうとしなかったんですか?」
「正直、そこまでの必要性を今までは感じなかったものでな。ただ、ここまで急激に調査が進展するとは思ってもみなかったから、私の方でもそれなりの対策が必要だと判断した」
アッシュの指摘に間違いはないと思いながら、ガルディンは自分たちが置かれている現状に対し、どこか違和感めいたものを抱かずにはいられなかった。
これまであまり有益な情報を入手することができなかったのに、ある地点を境に、急速に調査が進展してきている。
その原因は今のところガルディンには分からなかったが、こうして高性能端末を用意しなければならないという現状は、自分たちが確実に地上の秘密に近づいていることを示唆するものである。
「……よし、構造が分かったぞ」
「おっ、終わったですね、リーダー。それで、どうでした? どこか、怪しい部屋とか、ありそうですか?」
そうしてコンピューター端末の操作を続けていたガルディンだったが、ようやく目的となる地下シェルターの構造をモニター上に表示させることができた。
「うむ……。どうやらここは、まださらに地下深くまで伸びているようだ」
状況を確認しようとしたアッシュに対し、ガルディンは表情を曇らせながら返答した。それは、この地下シェルターが、想像以上に大規模なものである、ということを告げるものだった。
「えっ? ここが一番下じゃない、ってことですか?」
「恐らくはそうであろう。さらに地下に何層にも区切られた設備が用意されている。だが、私が気になったのは、そこからさらに地下深くにある、この大部屋のような空間だ」
アッシュが意外そうな表情を浮かべながらモニターを覗き込むと、確かにまだ地下深くまで構造が広がっている様子を見て取ることができた。
しかし、ガルディンが不審に思っていたのは、その規模の大きさそのものではなかった。それは、ここからさらに地下深くに広がっている、謎の大空間の存在だった。
「あぁ、この大部屋ですか。確かにやたら広いですね。ひょっとしたら、ここよりさらに広いんじゃないですか?」
「そう考えるのが自然だろうな。この大部屋が一番深いところになるのだろうが、問題は、何故これほど深いところに、このような大部屋を造る必要があったのか、ということだ」
その大空間は、今ガルディンたちがいるこの部屋よりもさらに広い構造をしていた。アッシュがその膨大な広さに驚いている中、ガルディンはその大空間の存在に疑問を呈していた。
「そうですね。僕の考えですけど、このさらに地下の大部屋には、なにか大事なものが隠されているんじゃないですかね?」
少し考えた後、アッシュが自分の考えであるという前置きをした上で回答をした。なるほど、今の大部屋よりもさらに深いところに造られているのであれば、そのように考えてもあまり不自然な点はない。
「ふむ、やはりアッシュもそう思うか。しかし、大事なものを隠すのであれば、もっと分かりにくい部屋にすべきとも思うがね」
「そこなんですよ。リーダーの言うことも分かるんですけど、もしかしたら、この地下の大部屋って、なにかデッカイものが設置されているんじゃないですかね?」
ガルディンはアッシュの意見に一定の同意を示しながら、それでも払拭し切れない疑問があるとして、その疑問をアッシュに向けて放ってみた。
すると、アッシュもやはり同じことを気にしていたようで、その地下の大部屋の本来の目的について推論を立てようとしていた。
「なにか大きなものか。例えば?」
「そうですね。まぁ、例えば、巨大なコンピューターシステムとか、あるいは昔の強力な兵器とか、そんな感じじゃないですかね。もっとも、この端末じゃそこまで調べることはできないでしょうから、あくまで僕の想像ですけどね」
ガルディンが続けてその推論を尋ねると、アッシュは自分でも月並みなことを考えるものだなと思いながら、その推論をガルディンに伝えていった。
もっとも、アッシュ自身もこれは自分の想像に過ぎないということは十分理解していたため、月並みな方向に寄ってしまうのはある程度仕方がないことでもあった。
「なるほどな。まぁ、そのあたりはアイラたちがここの電力系統を調べてくれているだろうから、そこがはっきりするまでは、これ以上のことはなにも分からんだろうな」
ガルディンは小さく頷きながら、目の前の端末のモニター画面に視線を固定していた。他にいくつもある地下の部屋の中で、この一番深い大部屋が、間違いなく目下の調査目標となることは間違いなかった。
「電力系統って、リーダー、そのためにアイラさんたちを先に行かせたんですか?」
「アイラも、そのあたりはすでに察してくれているだろう。彼女も元政府の科学者だ。電力設備のことにも、それなりに通じている。彼女のおかげで、今のアジトにあれほどの設備を用意することができたのだからな」
どうやら、ガルディンには一つの思惑があったようである。アイラたちを先行させ、電力系統を調べてもらう。そこで再度稼働させることができれば、それを足掛かりとしてこの地下の大部屋を調べることもできるかも知れない。
「リーダーも、なかなか抜け目がないですね。それをすぐに察知するアイラさんも、僕に言わせれば十分大概ですけど」
「そう言ってくれるな。彼女も彼女で、なかなかの苦労人なんだからな。ハルやリーヴを除けば、アイラが一番地上が元に戻るのを強く願っているはずだ」
その方向性こそ異なるものの、アッシュもガルディンも、アイラが自分たち以上に地上の秘密を解き明かしたいと願っていることは十分理解していた。
今は、アイラたちが吉報を持ち帰ってくれることを期待するより他にない。ガルディンは端末を再度操作しながら、他に手がかりになりそうなものはないかどうか調べていった。