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第53話

ネージュは甘い果物を頬張りながら、少しだけ考える。


王妃様の部屋を中心に五芒星を描くように呪物を埋め込むなんて、それなりに知識がある人しか出来ない。五芒星の陣は、力がありとあらゆる方法で循環し続ける方法で、円陣よりも力が増幅しやすいのだ。


王妃様を移したから、呪物が発する呪いは少し削れているはずよね。あぁ、こんなことなら隣人さんにちゃんと教えてもらうべきだったわ…。『白雪は知らなくて良いんですよ』と目を耳を塞がれてきたけど、振り払えばよかった。


「ネージュ?」

「んっ、はい?」

「何か考え事でも?」

「…ちょっとだけ」


ジェラールに声を掛けられて、ネージュは意識を戻す。体調を気遣うような顔でネージュを見ている。


「ネージュ、俺も君の役に立ちたいと思うんだが、考えていることを教えてくれないか?」

「え?」

「ふたりなら違う視点が見えてくるかもしれないだろう?」

「…そうですけど」

「それとも言えないか?」

「いえ!それはないです」


ジェラールの言葉に、ネージュは目を瞬かせた。だってそんなこと言ってくれるとは思わなかったから。ネージュに丸投げをするつもりはないらしかった。


「えっと、この黒魔術は一人で計画するには大掛かりで、時間もかかるものです」

「複数で計画したのか?」

「恐らくは、そうでしょうね。でもこれは、黒魔術の知識が出来ないと思うのです。しかし、とても半端な黒魔術だと私は思っています」

「半端?」

「はい。だって、この黒魔術は生命が賭けられていない」

「ん?」

「生命が賭けられていれば、もっと強力だったでしょう。王妃様の根底に潜り込んで、自己防衛本能さえも掻い潜っていれば、七日もかけずに殺せた」


小さく息を吐く。ネージュは甘いなあと思うのだ。どこの誰が計画したのかは分からないが、どうやら怖気づいてしまったようで。叩くならそこを叩くべきだろう。魔力を辿れることが出来れば、一発なのだろうけど。


いや、ネージュ自身の魔力で王城を満たしている今、探ることも出来ると思う。机上の空論だ。だって、そんな逆探知みたいな魔術使ったことないし。


「呪物は魔術師たちにお願いするとして、術者を探すのは私かなあ」

「術者も魔術師の奴らでは出来ないのか?」

「黒魔術の分解をお願いしようと思うので、そこまでの余力はないと思うのです。五か所の呪物回収と、それに関する魔術の解術はかなりの根気と労力を使うので…」

「ネージュがすべて背負わなくても良いだろう?」

「本当は私が回収も解術もしたかったんですが?でも、周りを頼ることで周りそのものの体験となり知識となる。なので、苦渋の選択ですね」

「苦渋の選択か、君らしいと言えば君らしいか」


ジェラールが苦笑いを零す。ネージュはそれを見たあと、目を閉じる。魔力はまだ少ない。底を覆うほどには回復したけれど、全力になるには二日ぐらいかかりそうだった。そういえば、王妃様の時間も二日しかない。となると、ネージュは丸腰で挑むことになる訳で。まあ、魔術が使えないわけではないし。どうにかするし、どうにかなると思っている。


「さあ、ジェラールさま」

「どうした急に」

「王妃様の所に行きますよ」

「もう少し休んでも良いだぞ?」

「キリキリと働いて、サクサク解決して、ゆっくりとお休みをいただこうと思うんです」

「…サクサク解決できるのか?」

「するんですよ。王妃様のためにも、次代様のためにも。早期解決が一番です」


立ち上がるネージュの言葉を聞いて、ジェラールはゆるりと笑った。


「…君にエルネスタのことを頼んで良かった。君なら何かを分かるかもしれないとエクトルに言ったんだが、ちゃんと君は解決に運んでくれている。ありがとう」

「お礼はまだ早いですよ。それは全部が解決してからです」


肩を竦めて、ネージュは動き始める。背を伸ばせば、パキパキと背骨が音を立てた。身体は不思議とすっきりとしていた。分からない疲労は少し残っているかもしれないが、それはまたあとで反動で来るだろう。それはそれでいい。だって、早期解決したら休むんだから。


「行くか」

「はい。あ、ところでこの部屋って誰かの部屋なんですか?やけに整っていますが…」

「ここは、陛下が即席であつらえてくれた部屋だな。万が一何かがあった場合、君の部屋になると言っていた」

「…は?」


『万が一何かがあった場合』ってなんだ。何に対しての万が一なんだ。きょとんとしてネージュはジェラールを見上げた。ジェラールは肩を竦める。


「王妃の検診と出産に付き添ってもらいたいと」

「…は?」

「君はすごいことに気付いたからな。陛下も過保護になってるんだろう」

「私、産婆の経験はありませんが?妊婦さんの検診も経験ないですし、私が居て何になるんでしょうか…」

「それは陛下から聞いたらどうだ?」

「…そうします」


納得のいく説明を求めよう。ネージュは治癒魔術師だ。そりゃあ薬師のまねごとをしていたが、正規の薬師でも医者でもない。知識があるだけの治癒魔術師だから、少々買いかぶり過ぎだ。


「君は、誰よりも魔力の扱い方が優れているな」

「そうですか?」

「あぁ、魔術師団長よりも優れていると思う」

「それは身内の欲目では?」

「いや、あの阿呆は魔力が多いだけであの地位にいるから、扱い方は下手だぞ」

「…はあ」

「山を飛ばしたことはないだろう?」

「……ないですね」


それは、魔力があるからできるものだ。極大魔法というちょーっと魔力遣いの荒い魔術が存在するが、それを操るんだろう。並みの魔術では、魔力の許容範囲を超えると失敗するから。


犬猿の仲であろう魔術師団長に、一度は会ってみたいと思う。けど、ジェラールさまはそれを知ったら拗ねそうだものなあ。でも、魔術師たちに助力を乞うのだから近いうちに会うわね。


「そういえば、ジェラールさま」

「ん?」

「騎士団の方はお仕事大丈夫なのですか?急に呼び寄せてしまいましたが」

「あぁ、大丈夫だ。粗方の仕事は片付けてあるし、緊急の仕事はエクトルに振り分けるように任せてあるから」

「なら良いんですが…。まだお忙しいでしょうし、後日に響くようなら下がっていただいても良いんですよ?」


ネージュの言葉に、ジェラールは片眉を跳ね上げさせた。そして歩みを止めて、ネージュを真っ直ぐと見る。ネージュも足を止めて、ジェラールを見上げた。


「ネージュの手綱を掴んでいるようにと陛下にも言われてあるから」

「もうそんな無茶なことはしませんよ?魔力もないですし」

「だが、突拍子もないことをしでかしかねない」

「……信用がない」

「生命維持に回している魔力を少し使った、という事例がなければ俺も帰って仕事が出来たんだがな」

「う」


どうやら、そのことがジェラールの肝を冷やしてしまったらしい。命を救うのに命を賭けるなんて、と思うのだろう。ネージュにはまだない感覚だ。でも、少しずつそういう面も変わっていくのだろう。


ネージュはトラバルトではなく、此処に生きているのだから。


「まあ一日二日ぐらい騎士団の仕事から離れても問題ない」

「…あとから残業だ徹夜だという話になりませんか?」

「それはエクトルの采配が悪いせいだから、エクトルにも手伝わせるさ」

「まあ。それではエクトルさんも、気の毒です…」

「そうか?」

「妹さんについて一番に事情を知りたいのは、エクトルさんでは?」

「アイツにも逐一情報は流れて行ってるから、そこは心配するな」


ネージュを見て苦々しい表情を浮かべるエクトルを思い出す。王妃様のお兄さん、という点で見ればどこか似た面影がある気がする。それを考えると、王妃様は私を見てどんな反応をするのだろうか。


興味が少しだけあった。


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