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第49話 贈りもの攻撃

 従業員達が次々に商品を披露する。

「こちらは、フェリオラ王国から取り寄せた金細工の懐中時計にございます。ここまで精巧な加工技術は王国の湖水地帯にあるエレンス地方だけのもので、一般的にもエレンス細工という名で知られております」

「こちらはウルジエ共和国にある内海で採れた、最高級の真珠で作られたネックレスにございます。大粒で赤みがかっており、輝きに深みがあるのが特徴です」

「こちらもウルジエ共和国のもので、黄金蝶の幼虫から採取した光沢のある糸を、独自の製法で紡いだものとなります。また、伝統的な柄が織り込まれているため、そういった意味でも希少価値が高く、世界に数枚しかないショールにございます」

 妃教育の一貫で、一流の品を見分ける目を養いつつあるからこそ、分かる。目の前に並べられたものが、極上の品々だということが。

 目眩どころか、心臓が痛くなってきた。

 リティスは眉間を押さえながら首を振る。

「あらかじめ、お断りさせていただきます。絶対に何もいただきませんからね」

「まだ何も言っていないが」

「おっしゃられずとも分かります。けれど、国庫からの支出で贅沢をするわけにはまいりません」

 リティスはきっぱりと釘を刺す。

 贈りものはいらない。

 まだ王族でもないのに、国民の税金で買いものを楽しむなんてもってのほかだった。そもそもリティスは贅沢をしたくてアイザックを選んだわけではないのだ。

 けれどアイザックは、不敵な笑みを崩さない。

「安心しろ。これらは、あくまで私的な財産で購入する予定だ」

「私的な財産……?」

 聞くところによると、アイザックは何年も前から投資で資産を増やしていたらしい。

 王族の固有財産として鉱山を所有しており、鉱山資源を元手に次々と鉱山を購入。先見の明があったのか、どの鉱山も豊富な資源に恵まれた。

 その後も彼は遺憾なく才能を発揮し、そこから採れる鉱石の加工から販路の確保までを、全て自らの力で成し遂げた。

 そうして今も順調に資産を増やし続けているのだという。

 ——ぜ、全然知らなかった……。

 才能ももちろん称賛に値するものだが、そもそも王族の固有財産として鉱山を所有しているとか。リティスとは世界観が違う。

 侯爵家に生まれたとはいえ、自分があまり恵まれていなかったことは自覚していた。

 それでも、愛されて育つとこうも違うのかと、遠い目にならずにいられない。

「鉱石の加工から販路の確保……もしかして、フェリオラ王国の技術を取り入れたのでしょうか?」 

「あぁ。あの国とは、同盟が成立する以前から交流があったからな」

 隣国の加工技術が優れていることは、最近学んだばかりだ。その繋がりはリティスにも容易に察せられる。

「確か、今度の交流会でフェリオラ王国から来賓としていらっしゃるのは、エレーネ第三王女でしたね。アイザック様とは、元から交流がおありだったのですか?」

 エレーネ王女は十五歳と書いてあった。

 年の頃は近いが、さすがに鉱石加工や販路の確保で協力をしてもらったとは考えにくいか。

 何気ない質問だったのに、なぜかアイザックは急に狼狽えだした。

「あぁ、まぁ……そうだな。何度か会ったことはある。だが、私的な交流はない」

 何だか急に歯切れも悪い。若干目も泳いでいる。

 リティスは目を瞬かせながら首を傾げた。

「——いかがですか? どれも二つとない特別なお品になっております」

 アイザックの不自然な様子を不審に感じるも、支配人に声をかけられそちらに気が逸れる。

 新たな宝飾品が次々に運ばれてくる。

 目にも目映い逸品で、そろそろ部屋がいっぱいになりそうだ。

 その最後尾、従業員に運ばれてきたのは深い葡萄酒色のハットだった。つばが綺麗な曲線を描いており、サイドには真珠の飾りがついている。

 とても上品な印象で、リティスもつい目を惹かれた。

「こちらのハットは、最新の流行のかたちですよ」

 支配人の説明に続き、アイザックも追い打ちをかける。

「ここまでもてなしてもらっておきながら、一つも買わないとなるとさすがに申し訳ないな」

「そのおもてなしは、アイザック様の差し金でしょうに……」

 けれど、店側が相手となると強く出られない。確かに、ここで何も買わないというのも失礼だ。

 リティスの視線は、自然とハットの方へと吸い寄せられていた。

 飾りに使われている真珠は小振りなものだし、この国宝級の逸品の中では圧倒的に安価だろう。あれなら宝飾品よりずっと受け取りやすい。

「では、そちらの帽子をいただきます」

 宣言してから、リティスは気付いた。

 これは選んだというより、どうやら選ばされたようだ。

 まず、リティスが絶対に受け取らないだろう価格帯のものを示す。それらを散々見せつけたあとに、ならばと妥協できる範囲の品を提示する。——これは、交渉に使われる常套手段の一つとされている。

 アイザックははじめから宣言していたではないか。『帽子を買いに行こう』、と。

 リティスは半眼になって、隣に座る首謀者を見つめる。

 彼は腕を組み、むしろ誇らしげだった。

「どうだ、リティス。これが政治で培ってきた俺の手腕だ」

「こんなところでそんなものを発揮なさらないでください」

 やはり、ハットを選ぶよう意図的に仕向けたらしい。偉そうに自白され、リティスはさらに目を細める。

 ここまでくると、悔しいというより呆れの方が強い。

 まさか、そんなことのためにこれだけの人数を巻き込み、宝飾品を集めさせたのか。もはや清々しいほどの職権乱用。

「ちなみに、この店には昔から出入りしていて支配人とも親しくしている。今日貸し切りにしてもらった代金は支払い済みだ。権力の乱用ではないので誤解しないように」

「それが誤解ではないと理解できないために、特権階級との認識のずれが生じるのでしょうね……」

 義理があるとはいえ、はじめから店側に断る選択肢などなかったと思われる。きちんと料金を払ってくれるだけいい方で、結局相手は王族なのだから。

 ——というか、貸し切りにしてもらっていたという新事実が突き付けられただけね……。

 やはり考え方も価値観も、次元が違う。

 とはいえ、アイザックの大規模すぎる愛情にはいつも驚かされてばかりだが、リティスも不本意ながら馴染みはじめていた。

 そう。不本意だが、帽子に罪はない。

 にこやかな従業員達に促され、リティスはハットを装着した。

 角度を整えてもらってから、差し出された鏡を確認する。そこに映っていたのは、いつもより少し大人びた姿。

 自分では決して選ばない葡萄酒色が、リティスを凛とした印象にしていた。真珠が控えめに華やかさを添えている。

 不思議だ。触れた感じかなり上質なものだと分かるのに、今の中流階級風の服装にもよく似合っていた。少し贅沢をして特別な帽子をあつらえた、といったふうに見えなくもない。

 アイザックの見立てはさすがだ。

 以前に収穫祭の夜会用のドレスを用意してもらった時と同じく、リティスを特別な存在にしてくれるよう。

「素敵な帽子……」

「素敵なのはリティスだ。帽子はお前を引き立てているにすぎない」

 思わず漏れた呟きに、すかさずアイザックが反応した。

 支配人や従業員達から、生温い視線を送られる。彼の甘すぎる態度に慣れつつあるのはリティスだけなので当然の反応だが、非常に居たたまれない。

 生温い視線、今日だけで何度目か。

「あ、ありがとうございます……」

「礼を言うのは俺の方だ。リティスを飾るのは、俺だけの特権だからな」

「そんなことはありませんし、実際に特権階級にある方がそのようなことをおっしゃっては、ひんしゅくを買いますよ」

「なぜだ? 事実だ」

「もう……」

 もしかしたら、これも広報活動の一環なのかもしれない。愛妻家を演じ、王族への親しみやすさを獲得するためとか。

 リティスはそうやって現実逃避をしながら、宝飾品店をあとにしたのだった。




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