目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第63話  親睦を深めてみよう

 そうして、シマラとフロイと指輪探しをすることになったのだけれど。


 ——これは……どういう状況?

 日を改め、三人共に公務のない休日の昼下がり。

 来賓達が滞在している離宮の、ウルジエ共和国が利用している一階部分。その共用部分にあるゲストルームは、色とりどりの花と可愛らしい菓子、そしてふわふわもこもこのぬいぐるみ達で溢れていた。

 淡いピンク色や黄色の花びらで飾られたケーキスタンドには、花のようにカットフルーツが並んだタルト。それに、クリームで大輪の花のごとく飾り付けられたシフォンケーキ。

 それらを見つめるかたちで配置されているリスやうさぎのぬいぐるみは、手の平に載る小さなもの。

 お茶会を楽しむゲストの一員かのように椅子の上に置かれているのは、大きいクマや猫のぬいぐるみ。

 夢のように可愛らしいもので溢れた空間。

 その中央で微笑んでいるのは——フロイだった。

 女性を自室に招くわけにはいかないので、ゲストルームを選択したのは分かる。作戦会議をするにもお茶会を装った方が無難だということも。

 だが……ここまで華やかかつ甘い雰囲気にしなくても、よかったのではないだろうか。常に目立たずひっそり生きてきたリティスには、地味にきつい。どこもかしこも場違いに思えてしまう。

「ようこそお越しくださいました、リティス様、シマラ様」 

 所在なさげにしていると、あっという間に着席させられる。

 リティスが今日着ているデイ・ドレスは、くすんだ藤色のもの。色味的にも絶対に浮いていると思う。

「意図が……意図が分かりません……」

 フロイの人となりを理解できる日が、一向に来る気がしない。

 精神的にやつれたような気で見つめると、彼はからりとした笑みで応じた。

「せっかく一つの目的に向かって協力することになったのですから、親睦を深めようと思いまして」

「はい。そこまでは理解できます」

「けれど突然親交を持てば、我々に注目が集まるでしょう。指輪を持ち出した者も周囲の動向を気にしているでしょうから、例外ではありません。そこで、この派手で賑やかな茶会です。こうも理解しがたい茶会を催せば、警戒するのも馬鹿らしくなると思いませんか?」

「急に論理が飛躍したような気がします」

 途中から突然理解できなくなった。リティスが馬鹿だからなのか。

 あの後も離宮内をくまなく探し回ったけれど、やはり指輪は発見できなかった。

 その時点で、何者かが何らかの理由で持ち去ったことはほぼ確定している。

 だから、目くらましが必要という点は理解できるのだ。

 捜査をしていることが犯人に伝われば、確実に警戒されてしまう。それを避けるために、フロイは奇をてらったお茶会を開催した。あえて大胆に振る舞うことで、警戒心を抱かせないために。

 隣に座ったシマラが、なぜか打ち震えている。

「なるほど……悔しいが、こういう点が私の気の利かなさなのだろう。柔軟さに欠けているということなのか……」

「いえ、絶対にここまでやる必要はなかったと思いますよ?」

 しかも未だに気恥ずかしいのか、リティスにしか聞こえないくらいの小さな声だ。感動したなら素直に称賛すればいいのに。

 ——この二人が直接会話をする日は、果たして来るのかしら……。

 なかなか縮まらない距離感に、遠い目にならずにいられない。

 シマラの恋に協力しようにも、彼女自身が徹底的に避けていればどうにもできなかった。

 シマラの小声が当然聞こえていないフロイは、さらに楽しそうに続ける。

「花やぬいぐるみを大量に手配するの、結構たいへんだったんですよ。けれどそのおかげで、我々の集まりの意義は誰にも悟られることはないでしょう。……というのは建前で、どうせならとことん遊び尽くしたいではないですか。あ、テーマに沿った各自の衣装もご用意しておりますので、よろしければぜひ」

「どこもよろしくありませんが?」

「リティス殿……郷に行っては郷に従え、という言葉が、我が国にはあってだな……」

「シマラ様。含蓄のある言葉だと思いますが、従うべきは今ではないと愚考いたします」

 苦渋の決断をするシマラを、リティスはどこまでも冷静に制する。

 駄目だ。彼女は素直すぎて、フロイが絡むと全てを受け入れかねない。

 シマラの尊厳を守るためにも、リティスは及ばずながら立ち上がった。

「——フロイ様。遊び慣れていない私達をからかうような振る舞いは、あまりに慈悲がないと——……」

「遊び慣れていないからこそ、遊び倒してみましょう」

「……え?」

 ますます意図が分からず問い返すと、フロイは自信に満ちた笑みを浮かべる。

 その穏やかに包み込むような雰囲気だけで、悪意がないことは分かった。

「確かに指輪の紛失は由々しき事態ですし、捜索には真剣に取り組むべきでしょう。ですが、こうして我々が親しくなれたことは、切り離して考えてもいいのではないでしょうか?」

「それ、は……」

 シマラと指輪を探している時、不覚にもときめいてしまったことを思い出す。

 あの時確かに、嬉しかったのだ。

 年頃の近い友人はエマくらいだから、交流会を機に親しくなれたらいいのに。

 密かにそう願ったことが、まるで急に叶ったように思えた。

 フロイのことだってそう。シマラに相応しい人物かどうかを考える前に、まず仲よくなりたいと思っていたのだ。

 彼は、落ち込んだ気分を立て直してくれた。アイザックやクルシュナー家の者達以外で、あんなふうに気の置けない会話をしたのは初めてだったから。

 ……クルシュナー男爵邸でレース編みをしながらひっそり生きていた、あの頃のリティスからすれば考えられない。

 シマラとフロイと、取り留めのない会話で笑っていられるなんて。

 けれど、楽しんでいいのかという一抹の不安もある。

 これは交流会という、立派な社交の場だ。

 そこで友人を作りたいとか、何かを楽しみたいとか。私的な感情を優先すべきでないことくらい分かっている。

 それなのにフロイは、リティスの懸念を笑顔一つで晴らしてみせるのだ。

「リティス様の歓待に、私はいたく感銘を受けました。それはあなたが、一人ひとりの意思を丁寧に汲んでくださるからです。だから、交流会の期間中に何とかお近付きになりたいと、ずっと考えておりました」

 彼もまた、この機に親しくなりたいと思っていたことが嬉しくもあり、また心苦しくもあった。

 ——私は、自分の都合で頑張っていただけなのに……。

 交流会を無事乗り切れば、それが王子妃としての実績となる。だから完璧な対応をしようと躍起になっていたのだ。ましてや最近は、アイザックに信頼されるためという目標まで、勝手に付け足したりして。

 けれどフロイは、そんなリティスのおもてなしを称えてくれた。

 ……求められているのは、そういうことなのかもしれない。

 ユレイナは、精いっぱい励むようにと言った。

 それは決して、そつのない対応をしろということではなく、一人ひとりの心に寄り添ってほしいという意味だったのではないか。 

 目の前にいる人としっかり向き合う。

 それが、本当のおもてなしだと。

 リティスは目の覚めるような思いだった。

 緊張と使命感とで張り詰めていた体から、力が抜けていく。

 しばらく言葉を発することすらできなくなっていたリティスだが、はたと我に返った。フロイの称賛に対して、ろくに返事をしていなかった。

「あ、ありがとうございます。もったいないお言葉にございます」

 ウルジエ共和国流に、深々と腰を折って辞儀をする。

 すると彼は、拗ねたように目を細めた。

「そうやって距離を取ろうとするのは、ずるいです。私だって本音で話しているのですから、どうか本当の心を教えてください」

 フロイの押しに圧倒される。

 彼の方こそずるい。裏表もなく接してくるから、リティスも本心を明かすしかなかった。

「わ、私は……私も、親しくなれたらと思っておりました。……特にシマラ様とは」

「フフ、ひどい。私は仲間外れですか」

「こうして共に過ごしているのに、仲間外れも何もないかと」

 結局、彼の提案を受け入れる体になってしまったけれど、それもまたいいのだろう。

 おもてなしのかたちは人それぞれ。

 フロイが親しくなることを求めているのなら、これが正解なのだ。

 リティスはおずおずと、シマラに視線を移す。

 親しくなりたいという思いを口にしたからか、彼女の視線はこちらを向いていた。

「私も、フロイ様と一緒です。シマラ様とお近付きになれたらと、交流会がはじまる前から願っておりました」

 語尾が僅かに震えた。

 気持ちを真っ向から伝えるのは緊張する。さらりとやってのけたフロイには尊敬しかない。

「指輪の件があって、それどころではないと思いますが……ご一考いただけると幸いです」

「ご一考」

「フロイ様、横槍を入れないでください」

 フロイに指摘されずとも、間抜けなほど堅苦しくなってしまったことは自覚している。公務じゃないのだから。

 羞恥で俯くリティスの頭上に、吐息のような笑い声が落ちてくる。

 見上げると、シマラはほんの僅かだけれど笑みを浮かべていた。

「……嬉しい。私も、リティス殿と仲よくなりたい」

 はにかむ彼女の頬が、淡い薔薇色に染まっている。

 リティスもつられて顔が熱くなった。

「私も嬉しいです。これからもよろしくお願いいたします。もちろん、指輪探しもいい加減にはいたしません」

「リティス殿は、真面目だな」

 微笑み合うリティス達を眺め、フロイもまた嬉しそうだ。

「よかったです。私とも今後仲よくいたしましょうね」

「フロイ様、ですから横槍はおやめくださいと」

「フフ、ひどい。完全な横槍扱い」

 ひどいと言いつつ、やはりフロイは楽しげに笑っている。

 憎まれ口を叩きながらも、彼のおかげで素直になれたことはリティスも分かっている。どう感謝を伝えても、本人は真面目に受け取らないだろうが。


 その後も楽しい時間を過ごしたリティスだが、テーマに沿った各自の衣装とやらは、断固拒否した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?