「僕が寮にいるのは必要とされていないからで、その証拠に母親は僕が入寮してからホストクラブへ通うようになった。さっきの電話は新しい男と同棲して結婚までしようとしてる内容」
「それで…なおは寂しそうな顔をしてたの?」
「うん…」
朝あった出来事も話し終えて、自分の拳に力が入る。
少し視線を下へ逸らして、自分の中で気持ちの整理をしようとした。
今こうやって振り返ってみても、結局は僕が馬鹿で、諦めが悪かったんだと思う。
これだけ必要とされていないにも関わらず、どこかで本当は必要とされていて、母親には男じゃなくて僕と暮らすことが一番幸せなんだと信じ続けていた。
でもさっきの電話で、その可能性はないと思い知らされた。
高校を卒業してもこれから先永遠に、僕は家族と暮らすことはないだろう。
それに例え、母親が必要としてくれたとしても、僕が幸せになることを許されるわけがない。
今まで最低な間違いを繰り返してきた上に、父親という人間も殺した。
罪を犯してきた僕が、母親に必要とされて、孤独を感じずに幸せに生きていいわけがない。
それでも、幸せになりたいと願ってしまう。必要とされたいと思ってしまう。孤独になりたくないと嘆いてしまう。
こんな矛盾だらけの感情を、どう解決したらいいのかもわからない。
だからずっと、後悔してきた過去や孤独な現実に目を背けたまま、今まで平静を装って生きてきた。
「でももう限界だと思った。一人で苦しむのも、一人で生きていくのも…」
全部全部、めちゃくちゃに壊して、僕の世界を終わらせようと思った。だけど…
「なつが、僕の側にいた…」
「うん」
「一人じゃ…なかった」
「うん」
大粒の涙を流しながら、ただ頷き続けてくれる女の子。
この子がいてくれたことで、どれくらい救われただろう。
言葉では言い表せないくらいの、感謝の気持ちと…愛しいという感情。
僕の辛さを受け止めようと必死になってくれている目の前のこの子を、大切だと感じないわけがない。
それが例え、生きている子じゃなかったとしても…
「なつ…」
「ふ、う…ッ」
「ありがとう」
大切だとしか、思えなかった。
失いたくないとしか、思えなかった。
「聞いてくれて、ありがとう」
「な、お…」
「なに?」
「なおは…一人じゃないよ」
「…うん」
「なつが、いるよ。ちゃんと…側にいるからね」
「…ッ、うん」
「なおが過去にどんなことをしていても、どんなことがあっても、私の一番大切な人に変わりはない」
「な、つ…」
「私の…大切な人の一番はなお。一番どころか、二番も三番もなお。四番も五番もなお」
なおばっかりだね…と、泣き顔のままフッと笑って見せるなつに余計涙が溢れ出した。
雨のように降り続ける涙を、もう止めようとは思わない。
頬から滴る涙を拭いもせずに、目の前のなつを力強く抱き寄せる。
両腕でぐっと抱きしめて、なつの頭に自分の頬を当てた。
なつは泣き続ける僕の背中をゆっくりと撫でて、ただ黙って受け止めてくれる。
辛かったことも、寂しかったことも、行き場のなかった怒りも、全部忘れさせてくれるような存在。
本当は、なつは幽霊なんかじゃなくて…僕の作り出した想像の人物なんじゃないかと思った。
だってそれくらい、精神が安らいで、心が温かくなって、満たされていくんだから…
「なつ…」
「ん…?」
「僕は…幸せになってもいいと思う?」
「世界中の人がダメだって言っても、私は幸せになっていいって言うよ」
「必要としてくれる人は…いると思う?」
「ここにいるよ。それに…私以外にもたくさんいる。ほら、優介くんとか…なおのお母さんも、きっと必要としてるよ」
「母親は…もうあり得ないだろ」
「そんなことない。絶対にない。殴られてるなおを毎日庇ってくれたお母さんが、なおをどうでもいいと思ってるわけがない」
「……。」
「そうでしょう?」
どうしてなつは、僕がほしい言葉を全部言ってくれるんだろう。
なつの返してくれるものは、ひとつひとつが真っ直ぐで、僕の死にかけていた心を救ってくれる。
砂漠の中で息絶えようとしていた自分が、一瞬で水の中に入れられるような感覚。
一度味わってしまったその感覚がもっと欲しくて、何度もなつに自分の感情をぶつけてしまう。
「必要とされても、いい…の、かな」
「必要とされていいんだよ。もっと、自分を許してあげて…」
「ふ…ック、う゛うッ…一人に、なりた…くないッ」
「……させないよ」
一人になんて、孤独になんて、絶対にさせない…
そうハッキリと言い切ったなつが、僕の肩から顔を離して見つめてくる。
優しく微笑んだままで大丈夫…と囁かれた瞬間、さっきまでの迷いも吹っ飛んで、自分を受け入れることが出来た。
もう一度幸せを全身で感じるために、離れたなつの頭を引きよせて抱きしめる。
なつの迷惑なんて考えずにぎゅっと強く抱きしめたまま、ゆっくりと瞳を閉じた。
「……ありが、と」
「うん…」
「……文化祭、一緒に…行こう、な」
「…うん!」
十一月の、冬に移り変わる肌寒い季節。
冷たいなつの体を抱きしめ続けた僕の体は、少しずつ冷たくなってきていた。