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No.32 第16話『戻った日常』- 1



なおが学校を欠席した日の夜、優介くんが部屋へ来た。


「平田ー、大丈夫か?」

「おお、余裕」


日が暮れる前に掃除を終えた部屋は綺麗になっていて、優介くんが朝のことに気付くことはなかった。


なおが暴れたことも、辛くて泣いていたことも、死のうとしていたことも…優介くんは知らない。

それでもやっぱり優介くんはすごい人だ。こんなにもなおのことを理解して、元気づけてくれる。


「お前おらんかったら俺一人ぼっちやっちゅーねんボケー」

「あー、ごめんごめん」

「まあ許したろ。平田が学校休んだーって大騒ぎしとったで」

「え、マジ?」

「なんか中学の時から無欠席やったらしいやんか」

「あー、うん」

「平田が休むとかよっぽどの風邪やから明日もゆっくり休めるように寮監に言っとけって全員に言われたわ」

「や、明日は行くって」

「遅い。もう俺が言っといた」


明日もゆっくり休んどけ、明後日は文化祭やからな。キビキビ働けよ。


優介くんは最後にそう言い残してなおの部屋を出ていった。

すごく優しくて、なおを大事に思ってくれているとわかる素敵な笑顔だった。


こんな友達がいて、なおはとっくに幸せ者だと思う。

優介くんが出ていった扉に向かって、なおが「キビ先かよ」って呟いていた。


その顔はもう暗いものじゃなくて照れくさそうな明るい笑顔だった。

二人の様子を見ていて、私も自然に笑顔になる。


嬉しい。なおが幸せそうに笑ってくれるだけで嬉しい。二人が仲良しで、信頼し合っているこの関係が温かくて大好きだ。

友達って素敵な絆だなぁと本当に羨ましく思う。


「なつ、寝よう」

「うん、私もベッドがいい」

「……わかった、僕が床で寝る」

「私も床がいい」

「あのなぁ……」


薄い布団を持って床で寝ようとしていたなおが私をジッと睨んでくる。

その視線を余所に、私は狭い床に寝転ぼうとするなおの隣へ横になった。


呆れた顔で睨んでくるなおは奇妙な半笑いになっていてブッと吹き出してしまいそうになる。

睨まれても全然怖くない。ダメだと言われても、なおにはこれくらいが調度良いと思うから、私は引かなかった。


「じゃあ僕がベッド取って良いんだな?」

「なおがベッドなら私もベッド」


私がなおのことを異性として好きなんだとアピールするには、これくらいしないと絶対に気付かない。

天然な彼には絶対に伝わらないと思う。


「はあ……もう勝手にしろ」

「わーい」


ベッドへと横になるなおの隣へ私もゴロンと勢い良く寝転んだ。


なおが眠りにつく前に一緒に寝られるのは、今日が初めてのことでドキドキする。

でもきっと意識しているのは私だけだと思う。何故なら…


「電気消すぞー」

「はい!」


なおは私を異性として好きなわけではないから。

ずっとそばにいてほしいと言われた時、なんとなく悟った。


なおが私を必要としてくれているのは、一人の女の子としてではなく母親のような存在としてそばにいてほしいということだから。

なおが私へ向けている感情は、明らかに母親への愛情と類似しているものだった。


始めは…大切な人になれればそれでいいと思った。必要とされればそれでいいと、ずっと思っていた。

なのに好きという感情はどんどん膨れ上がって、すごく欲張りになってくる。


「おやすみー」

「なお……」

「ん…?」


アニメで言っていた。恋愛感情で好き同士の人は彼氏と彼女になるって…

私は、なおの彼女になりたい。なおとお付き合いしたい。だから頑張るって決めたんだ。


「文化祭は一緒に遊ぼうね」

「ん、約束」

「二人でデートしよう!」

「ああ…まあ優介は、彼女来るって…言ってたし、二人で……まわれ、るだろ」

「やったー!じゃあさっそく明日は髪の毛切って下さい!」

「……。」

「なお…?」


返事がこなくなり、不思議に思って顔を隣に向けてみれば案の定眠っていた。

ぐっすりと熟睡モードに入るなおに一瞬張り手をお見舞いしたくなる。


「乙女が隣で寝ているにも関わらず興味を示さないとは何事か」


てんちゅうー!と叫びながら頬を引っ張っても一向に起きる気配を示さない。

少しくらいドキドキしてくれたっていいじゃないか。


体温は冷たくても姿形は生きている子と同じなのに、こうも眼中にないのか。

一緒に寝んねで思春期モンモン大作戦は呆気なく終わりを迎えてしまった。


「クソォ…どうすれば良いんだろう」


私が直球で好きだと伝えたところで、なおは完全に意味をはき違えてお礼を言ってくる。


異性としての、恋愛対象としての好きだとは一向に理解してくれない。

きっと私のことを従順な犬か、怒らない母親くらいに思っているに違いない。そうじゃなくて…


「女の子として、好きになってほしいのにな…」


そう意識してもらうにはまず私を女だと認識してもらわないといけない。

色々考えた結果、一番手っ取り早いのは一緒に寝んねで思春期モンモン大作戦だと思っていた。


でもその作戦さえも失敗に終わってしまう。

こうなれば次の作戦を決行するしかない。


「明後日の文化祭で、なつは女だメロメロ大作戦を決行しよう」


フフッ、覚悟しろ…そう耳元で囁くと何故か寝ているなおが身震いをし始めた。

失礼だなーと思いながらも、そんななおが可愛くて微笑んでしまう。


長いまつげを悪戯に触って、次は綺麗な黒髪へと手を伸ばす。

男の子なのに綺麗なサラサラの髪。肌は白くて透き通るみたいに綺麗。

呼吸で上下に動く胸は男らしくて、スエットから覗くお腹は程よく筋肉がついていて、まるで人形みたいに整っていた。


ドキドキする。なおってこんなにかっこ良かったんだ…

見ているだけですごく胸が騒いで、顔が熱くなっていく。

一緒に寝んねで思春期モンモン大作戦は、何故か自分自身に効いてしまっていた。


このままなおと同じベッドで寝ることが出来なくなり、落ちるように床へと移動する。

ゴロンゴロンと床に転がり、そのままぎゅっと目を瞑った。


「これは文化祭の作戦も危ういかもしれない…」


なおを惚れさせるどころか、惚れ直させられる気がする…

ひたすら作戦を練る中、夜はあっという間に明けてしまっていた。

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