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No.34 第17話『一喜一憂』- 1



文化祭当日、私は驚きが隠せなかった。


学校の広場中が美味しそうな匂いで包まれている。

周りを見渡せば色んな食べ物が並んでいる光景。一瞬、ここは天国なんじゃないかと思った。


「フランクフルトと唐揚げと焼きそばとアイスクリームとリンゴ飴と」

「……。」

「たこ焼きとポテトと焼きトウモロコシとクレープと」

「なんだろう、幻聴が聞こえる…」

「わたあめとチョコバナナとかき氷を、それぞれ三つずつ買って下さい!」

「無理」


指折りをしながらお願いするとなおに即答で断られた。

少しゲッソリとした顔のまま目線を合わそうとしてくれない。目を合わそうと必死に動き回ったけれど、その度になおは顔を背ける。


「二つずつで我慢するから!」

「十二種類を二つずつで我慢の領域に入るのか…?」


片手で頭を抱えながら呟くなおに、うんうんと頷いて見せる。

まず手始めに欲しいと思っていたリンゴ飴を手拍子しながら連呼した。


りーんご飴、りーんご飴、とテンポよく催促する私を見て、なおが大きくため息をつく。その後、一個だけだからなと叫んで屋台の方に並んでくれた。


あの甘くて良い匂いの丸い球体が食べられると思うと鼻歌を歌いたくなる。

もうすぐでリンゴ飴が手に入ると意気込んでいたその時、目の前のカップルの会話がふと耳に入ってきた。


「焼きそばは食う?」

「ううん、もうお腹いっぱいだから飴だけでいいよ」

「まだポテトしか食ってねェのに?」

「私、少食だから…」


一瞬、後ろから頭を殴られたような衝撃を受けた。

目の前の腕を絡ませて男の子に甘えている女の子が、あまりにも自分とは違い過ぎたから…


可愛い!これが可愛い女の子なんだ!なつは女だメロメロ大作戦を成功させる鍵はこれなんだ!


そう思った時、目の前に並んでいたカップルがリンゴ飴を購入しスッと隣を通り過ぎていく。その姿をじっと眺めた後、勢い良くなおの方に振り返った。


リンゴ飴の代金を払って受け取っているなおへ、意を決して呟いてみる。


「わ、私…あんまり食べられないから、飴だけでいいよ」

「何企んでんだよ、気持ち悪いな」

「がーん…」


こんなに我慢と勇気を振り絞って呟いた言葉を、意図も簡単に一蹴されてしまった。


あまりのショックに呆然とする。

いつまで経っても動こうとしない私を見かねて、なおが腕を引っ張ってくれた。


ぐいっと力強く引っ張られたことですぐに現実へと引き戻される。

ショックを受けていたことなんか一瞬で忘れて胸が高鳴り始めた。


人混みをかき分けながら歩く大きな背中に、腕を掴まれたままついて行く。

私なんか庇わなくても人にぶつかることはないのに…なおは私を後ろに歩かせて、自分を盾にしながら歩いてくれていた。


そんなさり気ない優しさを感じて、私の脳が調子に乗り始める。


ちょっとくらい期待しても良いんじゃないかって思った。

なおが、少しくらい私を女の子として見てくれてるんじゃないかって。幽霊でも、好きになってくれるんじゃないかって。


「なお…」

「ん?」

「私もリンゴ飴食べたい」

「人前で食べさせられないから…買い終わるまで我慢して」

「次は何を買うの?」

「十二種類買うんだろ?その代わり一つずつだからな。僕と兼用で」

「……あはは!」


やっぱり買ってくれるんだ。お人好しだなぁって、心の中で呟く。そしたら思わず声に出して笑っていた。

ガヤガヤと騒がしい人混みの中で、なおの後ろ姿だけが目に入る。


好きで好きで仕方ない、彼の後ろ姿だけが私の視界に入ってくる。


「なお、大好き!」

「…はいはい」

「……ッ!」


なおが淡々と返事をしたのと同時に、自分の体に違和感を覚えた。

それが何なのか理解するのに少しだけ時間がかかってしまう。


でもわかった途端、嬉し過ぎて頬がだらしなく緩みはじめた。


大好きだと言った自分の気持ちが伝わったのかはわからない。けれど、そんなことはどうでもよくなるくらいの嬉しい出来事だった。


「人多いなぁ…」

「うん!」

「何で喜んでんの?」

「へへ…」


初めて。初めてなおから手を繋いで歩いてくれたから…すごく嬉しかった。


「お!一人ぼっちの平田発見ー」


突然止まりだしたなおの背中へ顔面をドンっとぶつけてしまった。

ギャッと声を上げた私の声には反応せず、なおは目の前の誰かと話をし始める。


「優介…あ、彼女?」

「そう、本田弓子」

「初めまして、平田くんやんね?優ちゃんからいつも話は聞いてて…」

「ブッ…いつも、優…ちゃん、に…お世話に、ック…なってます…」

「お前今すぐその半笑いやめやな殺すぞ」


何故か小刻みに震え出すなおの隣で、私はただひらすら優介くんの彼女に見惚れていた。

ストレートのロングヘアーに、透き通るような肌、そして花のような笑顔。美人という言葉はこの人のためにあるんだと思った。


こんな綺麗な人に私もなれたらな…って、すごく羨ましくなる。

私がぽかーんと見惚れている間になおの震えは収まったみたいで、真剣な顔つきで口を開いた。


「すみません、笑ったりして…。僕の話は聞いてると思いますが、優ちゃんとは毎晩熱い夜を過ごさせて頂いてます」

「今すぐ黙らなその口開かんようにしたるぞ」

「唇で?」

「じゃかましいわッ!!」

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