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episode_0138

「君も好きに店内を見て、気に入った本があれば俺の元に持って来てくれ。何冊でも構わない」

「あ、はい……」


 それだけ告げると、オルキデアはアリーシャと別れて店内に入る。

 本を探す大人や楽しそうに絵本を読む親子の横を擦り抜けると、すぐにペルフェクト語の小説の棚を見つける。

 棚の前には新刊を物色する者や立ち読みをする者など数人の男女がおり、彼らを避けながら出版社順に並んでいる本を順繰りに眺めて行く。

 目的の出版社の棚に辿り着くと、探していた本はすぐに見つかったのだった。


(これだな。懐かしい)


 棚から取り出すと表紙を確認する。目的の本を見つけたからか、小さく笑みまで浮かべてしまう。

 オルキデアが探していたのは、昨晩読んでいたSF小説の前後の巻数であった。SF作品ーーサイエンスフィクション作品の金字塔として有名なこの小説が出版されたのは、オルキデアが生まれる少し前の今から三十年以上前であった。

 それでも男性を中心に未だに根強い人気を持ち、ハルモニアを始めとする他国でも翻訳版が発売されていた。

 真新しい紙とインクの匂いがするページを撫でながら、オルキデアはゆっくりページを捲る。


 物語の舞台は、近未来の宇宙。

 宇宙戦争に巻き込まれて軍人として戦うことになる主人公と仲間たちだったが、敵軍にはかつての親友がおり、偶然戦場で知り合ったヒロインも親友と共に敵側にいた。二人と敵対することに懊悩しながらも、仲間たちと共に戦っていくという内容であった。


 子供の頃、父のエラフが読んでおり、その姿を横で見ていた。

 その後士官学校に入学して学校内の図書館を訪れた際に、たまたま見つけて手に取った。

 この小説が全五巻で完結しているというのはエラフから聞いており、あまり物語が長くないなら、すぐに読み終わるだろうと思って試しに借りたのだった。

 寮部屋に持ち帰って読んでみたところ、あまりに内容が面白く、続きが気になって一気に読み終えてしまった。

 寝食や勉強も忘れてしまう程に、五巻とも全て読み耽ったのだった。


 父はこの小説を全巻持っていたが、借金で屋敷を差押えられた際に本も一緒に差押えられてしまった。

 借金の返済を完遂して手元に戻ってきたはずだったが、何年か前に読み返したくなって部屋を探したところ一冊も見つからなかった。

 おそらく今の屋敷に引っ越す際に他の荷物に紛れて処分してしまったのだろうと、この時は思っていた。

 ところが昨日屋敷内の点検をした際に、書斎の本棚の隅に三巻だけあったのを見つけた。

 他の巻数は見つけられなかったので、たまたま三巻だけ処分せずに残ったのだろう。引っ越しの際、滅多に読まない本は適当に書斎の本棚に仕舞ったので気付かなかった。

 士官学校時代に全巻読んでいるのでなんとなく暇つぶしに読んでいただけだったが、物語の細部を忘れており、新鮮な気持ちで読み耽ってしまった。

 そうすると前後の巻も読みたくなり、せっかくならと今日買いに来たのだった。


(ここから、物語が転機を迎えるからな)


 三巻の最後で和解した主人公と敵軍の親友は、戦争の元凶である共通の敵を倒すために手を取り合って決戦の地へと向かう。

 しかし四巻の序盤で敵軍時代の仲間たちが次々と死んでいくことにショックを受けた親友が共通の敵に唆されたことで敵側に寝返ってしまい、再び主人公の敵として立ちはだかることになる。

 主人公はどうにか戦争の元凶である敵を倒したものの、敵を倒されたことで半狂乱状態となった親友が今度は宇宙全土を巻き込んだ戦いを仕掛けてきたのだった。

 最後は主人公が親友を討ったことで戦争は終わり、平和な時代がやって来る。

 残された世界で喜ぶ仲間たちにバレないように、誰もいない艦橋で一人泣く主人公の場面が印象的だった。


 オルキデアは巻数を確認して三巻以外の四冊を手に取ると、他にも気になる小説を一冊手に持つ。

 それから場所を移動すると、戦術論や戦略論の棚に向かったのだった。


(新しい本が増えているな……しばらく暇がなかったから仕方がないか)


 軍人という職業柄、どうしてもこういった本が気になってしまうものの、買っても一読しただけですぐに執務室の肥しにしてしまうので、最近はあまり購入していなかった。

 何冊か目を通して気になった戦術論に関する一冊だけを選ぶと、オルキデアの買い物は終了した。


(さて、アリーシャはどこにいるんだ)


 仮とはいえ結婚した以上、アリーシャのことは信用している。

 逃亡や内通などの怪しい動きはしないだろう。

 オルキデアは店内を彷徨くと、アリーシャの姿を探したのだった。



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