「ありがとうございます。車はいつもの場所に駐車します。では、アリーシャを車内に待たせているので」
オルキデアは車に戻ると、コーンウォール家の敷地内に停める。
荷物を持って車から降りるアリーシャに手を貸しつつ荷物を預かると、出迎えてくれたコーンウォール夫妻の元に向かう。
「こんばんは。メイソンさん、マルテさん」
「こんばんは、アリーシャさん」
笑顔で出迎えてくれたマルテにアリーシャは宝飾店に渡したものと同じ菓子の詰め合わせを渡す。
「今朝は朝食を作っていただきありがとうございました。あとお車も貸していただきありがとうございます」
「あらあら、ご丁寧にどうも。朝食は口に合いました?」
「はい。とても美味しかったです」
アリーシャの屈託のない笑みに、両手で菓子の詰め合わせを受け取ったマルテも喜んだようだった。
そんな二人の様子を見ていたメイソンは、感心したようにしきりに頷いていた。
「よく出来た娘だな。これまで数え切れないほど身内に車を貸してきたが、ここまで丁寧に礼を言われたことはないぞ」
「……すみません」
メイソンの言葉にオルキデアは顔を痙攣らせる。
言われてみれば、これまで何度も車を借りているが、深く礼をしたことはなかった。
「身内に」を付けたということは、きっとメイソンの義理の息子であるクシャースラもそうなのだろう。
「まあ、いい。で、指輪は良いのを買えたのか?」
「アリーシャが選んだ指輪を購入しました」
アリーシャは知らないだろうが、結婚指輪を買った際、メイソンの紹介ということもあって孫娘が気持ち値引きしてくれた。
その後、百貨店で買い物をする予定だったので僅かな値引きでもありがたかった。
改めて礼を述べると、「いいんだよ」と端的に返される。
「小さい頃、何もしてあげられなかっただろう。その詫びだ」
「そんなことはありません。生前父上から話は聞いています。俺の面倒を見ていただきありがとうございます」
仕事が多忙の父や当時働いていた使用人たちだけでは、オルキデアを育てられなかっただろう。
いつも父が忙しい時は、メイソンが代わりに面倒を見てくれた。
遊び相手にもなってくれて、父の代わりに外にも連れ出してくれた。
マルテと結婚してからも、夫婦揃ってオルキデアの面倒を見ていたらしく、コーンウォール家の玄関や居間には夫婦の実子であるセシリアたちの写真だけではなく、オルキデアの幼少期の写真も飾られていたのだった。
「坊ちゃんもうちの家族のようなものだからな。結婚すると聞いて嬉しいよ」
娘が結婚した時と同じくらい。と付け足されて、胸が熱くなる。
「いい奥さんじゃないか。……アリーシャさんと幸せにな」
「……ありがとうございます」
メイソンは満足そうに肩を叩くが、この結婚が一時的なものであることを思い出して、罪悪感に苛まれる。
この王都でアリーシャの正体を知っているのはオルキデアとクシャースラ以外だと、オルキデアの部下であるアルフェラッツとラカイユだけであった。
セシリアには話していないが、彼女なりに察するところがあるらしい。
昨日の夕方のアリーシャとのやり取りを見ている限り、そう思えてならなかった。
「そろそろ、俺たちもこれで……」
「すまなかったな。気を遣わせて」
「とんでもありません。アリーシャ、俺たちも帰るぞ」
オルキデアの幼少期の写真を見ながらマルテと談笑していたアリーシャは「あっ、はい!」と慌てて返事をする。