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episode_0183

 次の日の朝、アリーシャが目を覚ますと、昨夜の雷雨が嘘の様に晴れていた。

 オルキデアの部屋のベッドから出ると、机の上に書き置きが置いてあった。


 ーー急な仕事が入った。軍部で仕事をしてくる。帰りは遅くなるかもしれない。屋敷で待っていて欲しい。


 自分の部屋に戻って、身支度を整えると、食堂に降りる。

 埃除けが掛けられた布の下には、すっかり冷めてしまった朝食が置いてあった。

 ふと気になって、朝食を食べる前に食料庫に行くと、昨晩ひっくり返した銀器は既に片付けられていた。


(呆れられちゃったかな……)


 冷めた朝食を食べながら、昨日の夜を思い出す。

 子供の様に、雷に怯えて、泣き叫んで、ずっと縋りついていた。

 オルキデアも呆れてしまったに違いない。

 更に、好きだと告白までしてしまった。

 あの困り顔から、嫌われてしまったのだろう。

 オルキデアの優しさにすっかり甘えてしまった。

 彼にはそんな気はなかっただろうに。


(帰ってきたら、謝らなきゃ)


 けれども、その日は夕方になっても帰って来ず、代わりにマルテが屋敷にやって来た。

 オルキデアは軍部での仕事が長引いてしまい、夕方になっても帰れないので、夕食の用意をしながらアリーシャの様子を見るように頼まれたらしい。

 マルテは「オーキッド坊ちゃんが帰るまで、ここに居ようか?」と申し出てくれたが、大丈夫だからと、アリーシャはマルテを帰したのだった。


 一人きりの夕食を済ませて、それでもオルキデアは帰って来なかった。

 ようやく帰って来たのは、アリーシャが寝る時間帯になってからであった。

 寝間着の上にショールを掛けたアリーシャは、屋敷の玄関に降りるとオルキデアを出迎える。


「お帰りなさい」

「ああ」


 アリーシャと目を合わせることなく、オルキデアは階段を上って行く。


「あの、お夕食は……?」

「外で済ませてきた」


 歩幅の大きいオルキデアに合わせるように、小走りになりながらアリーシャはついて行く。


「昨晩の話ですが、やっぱり、無かったことに……」

「その話は、また明日以降にしてくれないか。……今日は疲れているんだ」

「はい……」


 アリーシャを一切見ることなく、オルキデアは冷たく言い放つ。

 アリーシャはその場で立ち止まると、部屋に入って行くオルキデアを、ただ呆然と眺める。

 やがて、部屋の中に消えると、アリーシャはとぼとぼと自分の部屋に戻ったのだった。


(どうしよう……。嫌われちゃった……)


 自分の部屋に入ると、ベッドに横になる。

 うつ伏せになって、枕に顔を埋めると、止まることなく、涙が次から次へと枕に流れていった。


(好きなんて……言わなければ良かった……)


 この想いは、自分の中に閉じ込めておくべきだった。

 オルキデアを困らせるくらいなら、何も言うべきではなかった。

 ただ、側に居るだけにしておけば良かった。

 我が儘を言うべきじゃなかった。

 声を殺して、アリーシャは泣いたのだった。



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