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#88 三本目の勝者

「ああああああああっ!」

「う、おおおおおっ!?」


 前へ前へ力強く歩を進める。その度にゾヘドさんが後ろへ後ろへ下がる。今の私の筋力値は260相当。筋力値極振りの255のゾヘドさんを僅かに上回る。真っ直ぐにく限り、ゾヘドさんには勝ち目はない。


「舐めるなあっ! 効果は三十秒間だけでしょ! それまで耐えれば……!」


 ゾヘドさんが更に腰を落として、渾身で抵抗する。

 確かにゾヘドさんの言う通りだ。【夢幻走法】はその名の通り幻、一時の魔法に過ぎない。時間が過ぎれば私の筋力値は元の5に戻る。そうなれば、私がゾヘドさんに敵う道理はない。敗北が決定する。

 だから、その前に決着をつけなくてはならない。効果時間残り二十秒。


「くぉの!」

「ぎっ……!」


 ゾヘドさんが私の左右に引っ張ろうとする。【夢幻走法・陰】が直線にしか通用しないのを知って、横から潰そうという魂胆だろう。けれど、ゾヘドさんがそう来る事も想定済みだ。ゾヘドさんが引っ張った方に合わせて足を延ばし、踏み込みを入れる。踏み込みが直進判定になり、投げ倒されるのを防ぐ。残り十秒。


『のこったのこったぁ! のこったのこったぁ!』


 少しずつゾヘドさんを土俵際に追い詰めていく。だけど、遠い。僅かな5の差では思い切り突き飛ばせない。残り時間は最早三秒、間もなく【夢幻走法・陰】の効果が切れる。ゾヘドさんもそれを悟ったのだろう、苦しげな表情に笑みが混じった。


 その慢心こそが最大の隙だ。


 前方に傾けていた力を反転、ゾヘドさんから右足を一歩離す。拮抗を失い、虚を突かれたゾヘドさんがバランスを崩して前のめりになった。残り二秒。

 バランスを戻そうとしてゾヘドさんの右脚が一時だけ浮く。彼女の足の裏が土に着くよりも先に、私が右足を再び前へと出した。

 踏み込みと同時に突っ張りを打つ。【夢幻走法・陰】に【二乗の理】を重ね合わせた一撃がゾヘドさんの胸部に叩き込まれる。残り一秒。

 更には、


「赤黒い光……!?」


 私の掌底からドス黒い赤光が迸った。こんなの見た事ない。いや、知ってはいる。今まで私自身は使った事がなかっただけだ。

 これは【殺意の兆し】だ。人間相手に攻撃した時、極低確率で四倍のダメージを与えるパッシブスキル。PKラトを返り討ちにした時に習得した技。この土壇場で発動したのか……!


 残りゼロ秒。【夢幻走法・陰】の効果が終了する。魔法が解けた。私はもうこれ以上相撲は出来ない。

 ゾヘドさんは土俵の上に仰向けに倒れていた。しかも頭は土俵の外に出ていた。文句なしの勝負ありだ。


『二倉すのこォ!』


 行司が勝者の名を告げた。

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