「あれからなーんの邪魔もなく、スムーズに進めていますわね」
「良いことじゃねぇか、なんでちょっと不服そうなんだよ」
55階層。
およそ、アサヒたちよりも一足先に――魔労社は試験クリアに王手をかけていた。トレードマークにしてチャームポイントのツインテールを左右に揺らしながら、アスミは何とも絶妙な表情をしていた。
試験だって順調。
しかも、今回の依頼は“あの”六英重工業からの依頼だ。まず試験を合格することで莫大な報酬金が手に入る。それから先も歩合制で随分と色の良い金額が提示された。
「これで借金だって完済。いや、お釣りだって山ほど出る。お前のことだ、もう何に使うかは決めてんだろ?」
「……それは、そうですけど」
魔労社社員のナルカが両手に持った二丁の拳銃をちゃきちゃきと鳴らしてアスミを元気づけた。
55階層から59階層までのエリアが廃墟のビル群であるということだけが、アスミをセンチメンタルにしているとは思えなかった。「あまりにもトントン拍子に上手く行きすぎている気がするんですわ」その一言は普段の勝ち気な彼女から随分とかけ離れたものだった。
思わず、ナルカとジェは足を止めて互いに目を合わせてしまうほどには。
「もしかして、溶岩の熱にやられたとか――か?」
「体調悪化。社長、無理はしない方がいい」
「違いますわよっ! 社長に対する態度が本当になってませんわね!」
オーバーリアクションで二人の発言を否定するアスミ。「ただ、アサヒたちが言っていたことを踏まえると、邪魔が入らないことがおかしいように思えてしまうんですの」足を止めて、アスミは慎重な意見を述べる。
再三の発言に、流石の二人も理解できたのか――「なぁ、アスミ」ナルカが神妙な面持ちとなり。
「お前そんなキャラじゃねぇだろ――知らない間に偽物とすり替えられたとかか?」
と、割と真面目にアスミの身を心配し始めてしまった。「ほ・ん・も・の! ですわよ!」
「耳鳴地獄――確かに、この姦しさは社長以外ありえない」
「嬉しくない証明どうもありがとうですわ!」
ジェの皮肉に皮肉を返してアスミは、ふんっ! とそっぽを向いてしまう。
かつかつ、と荒れた道路を踏みしめて先を急ぐアスミ。
ナルカはちょっと駆け出して、アスミの隣へ。「言ったろ、んな心配すんのはキャラじゃねぇって。何かあってもオレとジェが打ち砕いてやるさ」なんて、彼女なりのフォローを入れる。
「その通り。心配なんてしない方がいいよ。どうせ、心配したって無駄なんだからさ」
「あん?」
道の先に、誰かが立っていた。
水着の上にアロハシャツを羽織った、サングラスの女性。その特徴的な容姿は――彼女がエネミーではなく探索者であることを示していた。
「魔労社だね」
「――名乗り口上を言う手間が省けましたわね。もし、そうだとしたらどうするんですの?」
身に着けたトレンチコートを靡かせて、アスミは臨戦態勢を取る。
彼女の行動に合わせて、ナルカとジェも同じようにそれぞれの得物を構えた。「別にボクは君たちと事を構えるつもりはないんだけどさ。仲良くできないかなぁと思ってさ」「仲良く?」
女――ミンセントの言葉に反応するようにナルカが銃口をつきつける。未だ両者の間合いは数mは離れており、この間合いであれば彼女の銃が最も強かった。
「テメェが言う仲良くの意味合い次第で、オレの銃がテメェの脳みそをしゃぶるってこと――ちゃーんと理解しとけよ」
「ナルカ……その口調……」
「あん? 別にいーだ――」
「――とってもハードボイルドですわねっ! 見直しましたわ!」
「……はぁ」
目を輝かせるアスミにナルカはがっくりと肩を落とした。「そもそもデジタルでボクの脳みそをしゃぶれるかは怪しいけれど――そうだな、ボクと協力してアサヒたちを排除――」だん!
銃声が響く。
「つまらねぇ、却下」
「ナルカ、社長判断はないんですの!?」
「あー、じゃあ今から言ってくれよ」
銃口から白煙がゆらゆらと立ち上る。「もちろん、そんな姑息な手段はハードボイルドではありませんわ! 魔労社はそんな下賎な行為をいたしませんっ!」と、人差し指を前方に差し向けるアスミ。
「交渉の余地なし? あー、ボクってやっぱり腹芸が苦手なんだよなぁ」
道路に、弾丸が落ちた。
くるりと虚空から現れたレイピアの切っ先を回転させて、ミンセントはわざとらしい大仰な仕草を見せる。「もう少し条件とか待遇を聞いてみない? もしかしたら気が変わるかもだよ」ぐるぐるとレイピアを振り回してミンセントは続けた。
「舐めんじゃねぇよ、ウチの社長をよォ! こいつを口説きてぇなら言葉だけじゃなくてもっと分かりやすいスライドの一つでも用意しやがれ!」
「ちょっと感動しかけた私の気持ちを返してくださいます!?」
「交渉決裂。それで、あなたはどうする?」
喧嘩をする二人を尻目に、ジェがミンセントにパスを返した。「打ち手を変えよう。ボクは君たちの秘密を知っている。でも、それで脅すつもりもないし――君たちも脅されないだろうから」
ゆっくりと、間合いを詰めるミンセント。
彼女が歩む度に、彼女の周囲が白んだ。
「……?」
様相の変化に、言い合いをしていた二人も中断して前方の敵に集中。「実力行使で――ボクの意見を通すとしようか」ミンセントが呟けば。
周囲に漂った冷気が、彼女に収束。
中世の騎士を思わせるような出で立ちとなり、レイピアを構えた。
「ボクはミンセント。改めてよろしくね」
「やっぱり、これくらい邪魔が入らないといけませんわよね! 魔労社――やってあげますわ!」
ミンセントと魔労社の戦い――その火蓋が切られた。