「サナカさんは相変わらずでしたね」
「……そうだな」
タロウの部屋から出て行った俺たちだが、サナカは残念ながら一緒に出てくることはなかった。まだ、試験運営の仕事が残っているのである。「新進気鋭のSランクがあんなんだって知ってる探索者は一体何人いるのかしらね」
腕を組んだチヒロは呆れた様子だ。まぁ、あの別れ際の大暴れを見たらそういった言葉が出る気持ちも分からなくはない。
「それで、先生はこれからどうするおつもりですか? 仕事は終わったと思うんですけど……」
「そうだな」
確かに俺たちの仕事はここで終わりだ。
けれど、やっぱり俺の心にはモヤモヤが残っている。仕事が終わったから、はい、解散というわけにもいかないような気がしていた。「試験はどうなるの? 私としてはこっちも本命なんだけど」と、チヒロもユウリに続いた。
チヒロの心配については、ちゃんと答えがあった。
「それについては、タロウさんが取り計らってくれて俺たちも試験合格扱いらしい」
「って言っても、私たちは60階……まぁ、実際は次の休憩所がある59階だけど、そこにたどり着かないとダメでしょ?」
「それは……そうだな」
確かに、チヒロとユウリ……それにソウジは59階に到達していないんだ。
もし、このまま60階攻略に行くのならば59階にたどり着いていないとショートカットができない。ただ、だからといって今から無理矢理59階を目指す必要もないように思えた。
「ただ、60階に行くのは別に今じゃなくても良いとは思う」
「なんでよ、せっかくここまで来たのに」
「多分、アサヒさんが言いたいのは――今は試験で盛り上がってるでしょ? 潜水服みたいな邪魔も入り続けるだろうしさ。だから、ほとぼりが冷めてから60階を目指しても遅くはないってことじゃないかな」
ソウジが俺の考えを全てチヒロに伝えてくれた。「まぁ、別日にも付き合ってくれるならそれでいいけど」と納得した様子だった。
「じゃあ帰りますか?」
「ソウジは何かやり残したこととか――なさそうだな」
「そうですね。僕としてはタロウさんに見せつけられた技を一刻も早く再現したいっていう気持ちの方が強くて……戻って修練をしたいっていうのが本音です」
確かに、タロウが見せた剣戟は(本人は全く否定していたが)神業に等しいものだった。あんなものを見せられたら、本職のソウジが触発されるのは当然だ。ならソウジの想いを汲み取って……ここは一度戻ってもいいんじゃないだろうか。
そんなことを考え始めた頃。
「アサヒさん、他のチームから連絡が来ています」
なんて、レナから通信が入った。「誰かは分かるか?」「それが、不明で……出ますか?」「ああ、俺に繋げてくれるか?」「分かりました!」
ピッ。
そんな電子音と共にザーザーという砂嵐が耳に飛び込んだ。
「探索者のアサヒだ。聞こえているか?」
「良かったですわ。私です、魔労社のアスミ!」
ザーザーというノイズに紛れて聞きなじみがある声が聞こえてくる。
普段の彼女とは違って、緊迫した声色であることから――彼女がお遊びで俺に連絡を繋げたわけではないことが分かった。「何の用だ? というか、俺たちの連絡先……よく分かったな」
「それはもう、調べましたもの。超特急で!」
「つまり、超特急の用事ってことか……」
「その通りですわ! ミンセントという探索者を知ってますか?」
「……!」
俺は全員に聞こえるようにスピーカーに変更。「ああ、丁度少し前に一杯食わされたところだ」「その通りですわね。彼女に襲撃されて――ジェと逸れてしまいました」アスミは続ける。
「ジェがどこにいるか全く分からない状況ですの!」
ジェ――魔労社の一人で、狼の獣人だ。
他の二人に比べると物静かな印象が強い。魔労社のブレーキ役のようなものだろう。そんな彼と逸れてしまっては、魔労社はいつ何時暴走するか分からない。焦るのも理解できる。
――だが、ジェを探すためだけに“超特急”で俺たちの連絡先を探して、連絡をつけてくるだろうか。そうは思えない。
だから……。
「ジェを探して欲しいってわけじゃなさそうだな」
「違いますの! ジェを探して欲しいんですわっ!」
「……それが“超特急”な用事だって?」
「……そ、そうですわよ。何か問題でも?」
「確かに逸れたことは問題だけど――仮にジェがミンセントに倒されたとしても、ただ戻るだけだろう。あいつらは得物を破壊するかもしれないけど……他の探索者に救援を求めるほどの状況じゃ――」
「――そうですわね。これが私やナルカであれば仰る通りですわ」
「どういうことだ?」
そこまで聞いて、アスミの声が聞こえなくなった。
ざーざー、とノイズだけが残り続ける。
沈黙から十秒は過ぎようとしたところで――「ジェは……人じゃありません」「……は?」そんな、返答が聞こえた。
でも、その意味が全く分からない。全く想像をしていない答えだったので、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
「だから――ジェはダンジョンのエネミーなんですのっ!」
「……え、ええええ!?」
アスミの言葉に、俺は(いや、俺たちは)ただ驚愕するしかなかった。
そして、彼女が“超特急”で俺たちに連絡してきた理由も理解できた、できてしまった。