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第59話 キッチンカー

「はあ。せっかく累と仲直りできたのに、まだ問題は山積みだなあ」


 累とのことがあって後回しになっていた黒沼のこと。これが片付かないと累にもいらぬ心配をかけてしまう。なんとか黒沼に諦めてもらう手段はないか考えていたところで母から電話がかかってきた。


『お母さん?何かあったの?』


『もう結菜!いい人ができたら紹介してって言ってあったのに!今日黒沼って人から電話をもらって近々婚約するんですって!?お母さん驚いちゃった』


 私は呆然とする。黒沼と婚約する気も結婚する気もないのに母に電話をかけた黒沼の周りを固めていく感じに嫌悪感を覚えた。


『お母さん誤解だから。私、累っていう恋人がいて、黒沼さんは勝手に私のこと婚約者に仕立てようとしているだけなの。私が好きな人は累だよ』


『あら?そうなの?でもあの黒沼財閥の御曹司と婚約、結婚したら将来安泰よ?でもあなた頑固だし、累って人が好きならお金で釣ってもテコでも動かないものね。ふふ。でもあなたにも恋人ができたのね。私はてっきり良平くんと結婚するのかと思っていたわ』


母はくすくすと笑いながら話し続ける。


『ねえ?今度帰国するときは累さんに会わせてね?約束よ?』


『わかった。必ず会わせるから。黒沼さんから何か言われても跳ね除けてね。お願いよ?』


『任せて。じゃあ。結菜も体に気をつけてね』


『お母さんこそ。お父さんにもよろしくって伝えてね』


 そうして通話は終わったがフツフツと怒りが込み上げてきた。あんなにはっきり拒否したのに、母まで巻き込んで婚約話を進めようとする黒沼に心底腹が立った。

 私は累にLIMEして週末時間を開けてもらうようにお願いすると週末の作戦を立てながら家に帰った。


 翌朝、黒沼がニコニコ笑顔で話しかけてくる。


「おはよう。泉川さん。昨日お母さんとお話ししちゃったよ。どう?お母さんからも俺のことおすすめされたでしょ?俺と婚約しようよ」


 私は冷ややかな目で黒沼を一瞥すると、厳しく言い放った。


「私は累以外とお付き合いする気はないことを母にも伝えました。母は私が頑固な性格だと知っているので、これ以上こちらのことには口を出さないと言ってくれました。黒沼さん、週末お時間いただけますか?一度累にあっていただきたくて」


「へえ。累さんにねえ。いいよ、じゃあ俺が父の経営しているホテルの…」


「いいえ。あなたの懐に入っては話にならないので、こちらで店は指定させていただきます。ラフな店ですのでラフな格好で来てください」


「わかったよ。お店が決まったら教えてね」


 そう言って黒沼は歩み去っていった。


「また黒沼さん?結菜も大変だよね。財閥御曹司だから無碍にできないし…」


「そうなの。私の仕事にも響くかもしれないと思うと下手なことは言えなくて。今週末累にあってもらってからはっきり諦めて欲しいというつもりなの」


「ああ。それいいかも。相手を見て2人がいかに強い絆で結ばれているか分かったら流石の黒沼さんも引いてくれるかもしれないもんね」


 愛花はそういうと私にエナジードリンクを差し出した。


「はい。これで元気出してもりもり働こう。働いてたら気分も変わるでしょ」


 こういう時、愛花はとても頼りになる。愛花のおかげで、母に電話されて多少混乱していた気持ちが落ち着いて仕事に向き合えそうだった。

(そうよ。とにかく今は仕事を頑張る!黒沼さんのことはその後ね)

 そう決意すると溜まっていた仕事をバリバリと片付けていった。あまりに集中していてお昼になったのも気づかなかったので、隣の愛花に肩を突かれて我にかえった。


「おーい。結菜お昼だぞ。キッチンカー出てる日だから何か買いに行こう」


「ああ!もうこんな時間!愛花ありがと〜集中しすぎて気づかなかったよ」


「ふふ。いいことだ。今日は何が出てるかな〜」


「楽しみだね!私は気合い入れたいからお肉系が食べたいな」


「お肉いいね!私もそうしようかな〜」


 2人できゃっきゃとはしゃぎながらキッチンカーを見て回る。ステーキハウスのキッチンカーが1台あったのでその列に並ぶことにした。


「毎週のお楽しみの日だからじっくり味わおう!」


 愛花が言う。私も愛花も毎日お弁当なのだが、週に1日だけキッチンカーが会社前に来るのでその日だけはキッチンカーでお昼を買うことが2人の楽しみになっていた。


「お待たせしました。ステーキ丼とサラダです」


「ありがとうございます」


 私は注文していた品を受け取ると愛花とコンビニに寄ってデザートのプリンを買ってオフィスに戻った。机でステーキ丼を広げると香ばしい肉の匂いがふわりとただよい、食欲を刺激する。


「うわあ!おいしそ〜」


 愛花も同様に思ったようで嬉しそうに言った。


「たまにの贅沢だもんね!よおし!食べるぞ!」


 私は一口ステーキ丼を頬張ると、お肉が柔らかくて、ステーキソースの濃厚な味わいに感動した。


「んん!すっごく美味しい。今まで食べた中で一番好きかも」


「わかる!このキッチンカー初めてだけど美味しい!また食べたいなー」


 今食べている最中なのに愛花はまた次回もここで買う予定にしたらしい。それくらい美味しかった。


「でもいいよねえキッチンカー。私もキッチンカーで働いてみたいなあ。得意料理を振る舞っていろんな所に行って料理を作って…」


 青空の下。キッチンカーで料理をする自分を想像してため息をつく。


「うんうん。憧れるよねえ。私は料理作れないから売り子担当だけど」


 愛花がカラカラと笑いながら言う。


「でも結局は安定を求めて今のこのポジションは崩せないんだよね」


「わかるー。老後のこととか考えると長く働いて貯金しっかりしときたいし」


 私も同意する。結局安定が一番なのだ。そう考えると尚更黒沼さんに余計なことをされて今のポジションが脅かされることが怖かった。


「大丈夫だよ。私がみたかぎり、黒沼さんは少し強引だけど根は悪いやつじゃなさそうだから」


 不安な顔になっていたらしい。愛花は心配そうにそう声をかけてくれる。優しい愛花。私の友達。こう言う時、そばに友達がいてくれて本当に良かったと思う。


「そうだよね。それより今はこの美味しいステーキ丼に集中しよう!」


「そうだそうだ!美味しいもの食べてる時は余計なことを考えない!」


 そう言って2人笑い合いながらステーキ丼を美味しくいただいた。


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