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第60話 言いづらい

 デザートのプリンを分けっこしながら食べている時に部長が私の側にやってきた。


「あの。何かご用でしょうか?」


「いや君、黒沼君との婚約を蹴ったそうじゃないか。そこでだ、今年頃の私の娘を紹介してくれないかね」


 そう言って部長に渡された写真には、美しい女性が映っていた。歳のころは私と変わらなさそうで、パッチリした2重に鼻筋が通っており、唇もぽってりしていて可愛らしい。小顔で色白の美人だった。


「あのお…部長から仰ったほうがよろしいのでは?」


「イヤイヤ。私から言い出すのはねえ。ちょっと立場的に難しいんだよ。だめかね?娘は今長年付き合っていた恋人と別れて傷心しているから…いい話ではないかと思ってね」


(そっか…別れたばかりの娘を心配しているのね。それなら…)

 私でどれだけ役に立てるかはわからないけど写真を受け取ると部長に微笑んだ。


「私でどこまでお役に立てるかわかりませんが、娘さんのこと、さりげなくお伝えしてみますね。でも黒沼さんが興味を持つかは確約できませんので、その点ご了承ください」


「いやあ。ありがとう。よろしく頼むよ」


 そう言って部長は鼻歌を歌いながら去っていった。


「あーあ。また面倒ごと引き受けちゃったねえ。結菜」


「仕方ないよ。部長のお願いなんて断れるわけないじゃん〜。ああ〜気が重い」


 そんな話をしながらプリンの残りを食べた。さっきまで甘かったプリンの

味を感じることができず、その日のリラックスタイムは終了したのだった。


 終業後に累にラインで今日あったことを伝えるとLIMEで通話することになった。


『結菜大変だったね。部長さんの娘さんを推す…かあ。立場的に断れないけど厄介だね。どういう風に話を持っていくつもりなの?』


『それがストレートに部長の娘さんのことを話すしかないかなあって。できれば事前に娘さんと知り合いになって軽く雑談できるくらいになってからだと助かるんだけど、部長の娘さんに合わせてくださいって、立場的に言えないし…ああ〜どうしよう』


『俺もその一員だけど、結菜は苦労するね。それでも毎日頑張ってる結菜のこと好きだよ』


『累…私も累のこと好きだよ。ああ〜明日会社行くの憂鬱〜』


『行きたくなかったら行かなくてもいいんだよ?俺、こう見えても奥さんと子供養えるくらいは稼いでるから』


『うう。ありがとう。そう言ってもらえるだけで嬉しいよ。でも私結婚しても仕事は続けたいタイプだから。頑張る』


『うん。分かった。応援してるよ…おやすみ』


『お休みなさい』


 通話を終了すると部屋の中がしんと静まり返って寂しい。こういう時、家族がいればいいのになあと思うが、父と母は遥か遠い地で暮らしている。最初の方はその自由さに心躍ったが、こう言う時は父や母が恋しくなる。

(大人ぶってるけど内面はまだまだ子供ね。辛い時にお父さんとお母さんを求めるなんて…)

 ちょっと前だったらこう言う時は良平の家にお邪魔して佐和子さんや良平と一杯しながら過ごしていたが今はもうそれもできない。


「寂しいな…」


 知らず流れていた涙をそっと拭うとベッドに潜り込んで目をつぶった。こういう日はさっさと寝てしまうにかぎる。



 翌日、出社するとすぐに黒沼が近寄ってきた。


「おはよう。今日もかわいいね。美味しいお店を見つけたからランチ一緒に行かない?もちろん愛花さんも一緒でいいよ」


(いつもは乗らない話だけど、部長の娘さんの話をするのに丁度いいかも)


「愛花も一緒でいいなら行きます」


「本当に!?嬉しいな。ようやく誘いに乗ってくれて。じゃあお昼楽しみにしてるね」


 黒沼はウキウキと自分のデスクに帰って行った。


「ちょっと…黒沼さんとお昼に私を巻き込んでどういうつもり?」


 話を聞いていた愛花がコソコソと私に耳打ちする。愛花の同意を得る前に黒沼に了承してしまったことをちょっと後悔しつつ言った。


「愛花ごめ〜ん。昨日の部長の娘さんのこと話そうと思って。でも一人だと心細いから愛花にいて欲しかったの」


「ああ。そういう。それならどんとこいだよ!結菜には栄くんに出会わせてもらった恩があるからそういう役なら引き受けるよ」


(良かった。やっぱり愛花は頼りになる…)

 そう思いながら雑念を払って午前の業務に邁進した。


 お昼休みになると黒沼は早速私達のデスクにやってきて笑顔をふりまく。


「今日は午前中は仕事が手につかなかったんですよ?結菜さんと食事できるなんて嬉しいです」


「愛花も一緒ですけどね」


「ああ。もちろん愛花さんのことも忘れていませんよ?大丈夫です」


(ああ…罪悪感で胸が潰れそう。でも言わないと)

 とりあえず混む前に店に行こうということになり、できたばかりのおしゃれなイタリアンに入ると黒沼がお店のおすすめを教えてくれたのでそれに決めて注文した。

(いよいよね…落ち着いて…)


「実は…今日お誘いに乗ったのはお話しがあったからなんです。この方、部長の娘さんなんですが、婚約者に如何かと…」


 そう言って写真を見せると黒沼は目を見開いた後、少し悲しそうな顔になって言った。


「そうですか…ちょっと期待したけど、やっぱり結菜さんは累さんが好きなんですね。ああ!怒っているんじゃないんですよ。部長にゴリ押しされて断れなかったんですよね?立場はわかっているので…でも…やっぱり結菜さんの口から他の女性の紹介は聞きたくなかったかな」


 いつも自身に満ちている黒沼の背中が丸くなっている。相当ダメージが大きかったのだろう。申し訳ないことをしたという自覚はある。だが立場上どうしても断れなかったのだ。黒沼が今の職場にいるのはあくまでも一時的、移動後には元の体制に戻るので、ここで部長の機嫌を損ねて会社にいづらくなるのは非常に困るのだ。


「ごめんなさい…私も言いたくなかったのですが。立場上お断りできず。ひどいことをしてすみません」


「いえいえ。大丈夫ですよ。綺麗なお嬢さんですね。一度あって直接お話ししてきます。部長にも俺から話すからもう心配しなくていいですよ」


「ありがとうございます。じゃあもう私のことは諦めてくださったんですよね?」


「いえ…それは別問題です。今も結菜さんのことが好きですし部長の娘さんに会うのは直接断るためです。このせいで結菜さんに不利益が行かないようにちゃんと釘を刺して断りますので…ご安心ください」


部長の娘さんには申し訳なく思ったが、これで問題が解決することで私は安心した。でもこんなことをされてもなお私を好きでいてくれている黒沼にも驚いた。だが私には累がいるからそんな黒沼にしてあげられることは何もないのが辛かった。


「ああ、あとここの支払いは済んでいますから、デザートはオススメのものを用意してもらっていますので、食事を楽しみましょう」


 黒沼はパッと表情を明るくして食事を続けたのだった。


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