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第61話 はっきりと

「黒沼さんごちそうさまでした」


美味しいイタリアンをごちそうになったのに、あまり味を感じることができなかった。

(こんなに私のことを慕ってくれている相手に他の女性を紹介するなんて、本当に申し訳ないことをしちゃったな…)

 私は黒沼に対してあまりにも酷いことをしたのに、当の黒沼は私の立場も考えてくれて、相手にもあってくれるという。


「黒沼さん…本当にごめんなさい。私…保身のために酷いことを…」


「ああ。気にしないでください。俺はスペックが高くて色々な人に狙われるのにはもう慣れているので」


 自分でスペックが高いと嫌味なく言える黒沼に驚いたが、おかげで固まっていた心が少しほぐれた。それはきっと黒沼の気遣いのおかげだろう。


「あーあ。世の中うまくいなかいもんですね。そんなに欲しくないものはいっぱいあるのに、欲しいものは手に入らない。地位も名誉もお金もあるのに…なんででしょうね」


「黒沼さん…」


「もし…もしも俺が累さんと付き合う前に出会っていたら。俺のこと好きになってくれていましたか?」


 黒沼に問いに私は考えを巡らせる。だが答えはNOだった。


「おそらくですが、黒沼さんと出会っていても恋には落ちなかったと思います。会長さんは良い人ですが、それで黒沼さんとの婚姻話が出ても、正直困るだけで恋には発展しないかと…」


 よくよく考えてから出した答えだったことが伝わったらしく。黒沼は肩を落とした。


「そっか…ダメだったんだね…はは。俺は運命を感じてたから…ちょっと残念だな。でも俺も男だ。ここまで言われたら。引き下がるしかないですね。ありがとう結菜さん。はっきり言ってくれて嬉しかったです」


 いつも自信に満ち溢れていた黒沼にしては弱々しい声で結菜は心が痛んだが、累以外の人を好きになることはないので下手にフォローはせず、そのまま会社まで黙々と歩き続けた。

(黒沼さんごめんなさい。私は累のことだけしか愛せないんです。この気持ちに嘘はつけない。曲げるつもりもない)

 そう強い意志で改めて自分の気持ちを確かめると午後の仕事に取り掛かった。


『今日は会社まで迎えにいくから一緒にご飯に行かない?』


 終業まじかに累からそうLIMEが来ていて、私は嬉しくて即座に返信した。


『嬉しい!今日は7時にはあがれそうだから終わったらLIMEするね』


『わかった。楽しみにしてるね』


 短いやりとりだが先日の話し合いで愛が深まったこともあり、心がポカポカした。


「なあに?スマホ見てニヤニヤして。もしかして累さん?」


 愛花が横からこそっと話しかけてきた。


「え!そんなに顔に出てた?」


「ふふ。出まくりだよ。幸せオーラ満載でさ。まあ私も今栄からLIME来たから同じなんだけどね」


「栄さんとラブラブなんだね」


 付き合いたての甘いひとときを謳歌している愛花に言うと、恥ずかしげもなく答える。


「ふふ。もうラブラブだよ。今度家の契約更新がきたら同棲することになってるの」


「え!もう?まだ付き合いだして日も浅いのに…それで決めて大丈夫なの?」


 心配になって聞くと愛花はカラカラと笑いながら言った。


「だってあの良心の塊みたいな良平さんおすすめの人だよ?間違い無いでしょ。相性もいいし、今はもう栄しか考えられないんだ」


 付き合いたての勢いとなではなく、中身をしっかり見極めての判断だったようだ。それにしても早い決断に驚く。累と色々と揉めている間に2人は着実に愛を深めていっているようだった。

(羨ましいな…うちは持ち家だし、良平が隣に住んでるから同棲は難しいし…)


「結菜は同棲しないの?今住んでるところは賃貸にして累さんのところにお引越ししたら?」


「ええ!そんな簡単には決められないよ。ようやく関係が改善できたところなのに。

私達はそうなるにはもう少し時間がかかるかも」


「そっかあ。でもあまり引き伸ばすのも良くないよ。私もヒモかってた過去があるからあまり言えないけどさ。この人しかいないって思えたのなら決めたほうがいいよ」


愛花の言うことは最もだ。確かに私は累しか好きにならないと心に誓っているから、同棲というのも考えてみてもいいのかもしれない。

 ちょうど今日は累と飲みにいくので、少し話をしてみようかなという気になった。


「愛花ありがとう。累と話し合ってみるね」


「うんうん!そのいきだよ!私も栄も結菜と累さんの幸せを願ってるから」


 栄くんは良平の友達なのに、累のことを応援してくれていることに少し驚いたが、良平の友達は皆善良な人ばかりなので、栄も根っからの善人で、忖度なしに私が好きな人と結ばれることを願ってくれているのだろう。


「2人に応援してもらってすごく嬉しい。私も愛花と栄さんの幸せを願ってるよ」


そう言うと愛花は嬉しそうに微笑んで私の頭を撫でてくれてた。


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