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第64話 寂しい

「生まれたときから一緒だったんだもんね。第二のお母さんみたいな存在なんでしょ?離れるのは寂しいよね」


 ここで嘘を言ってもしょうがないので私は正直に答える。


「うん…正直寂しい。佐和子さん、小さい頃からずっと可愛がってくれてたから…引越したらもう会えなくなるのかなって…」


 それを考えると涙がポロポロ流れ落ちてきた。

(やだ!ここで泣いたら累が困っちゃう。なんとか涙を止めないと)

 心は焦るが涙はなかなか引いてくれない。


「えへへ。ちょっとナーバスになっちゃった。累との同棲は本当に楽しみなんだよ?ただちょっと。寂しいだけで」


「うん…わかってる。正直。良平くんがいるからあまりあってほしくないけど、時々佐和子さんには会いに行けばいいと思うよ」


「累は嫌じゃない?」


「うん。本音では…心配だけど、結菜と佐和子さんの絆を断つのはよくないからね」


 また涙が溢れる。今度のは嬉し涙。ちょっと前までは私に異常に執着してストーカー行為までしていた累が、短期間でここまで成長?してくれたことが嬉しかったのだ。


「累…ありがとう!大好きだよ」


「ありがとう。俺も結菜が大好きだよ」


 優しい微笑みを向けてくれた累に私は感動する。やっぱり再構築してから累は変わった。前みたいに締め付けることなく、優しく包み込んでくれる。

(人ってこんなに変われるんだな)

 ちょっと前まで会話の隅々まで注意しないと病みかけていた累が今は前向きになって私がちょっと失言しても穏やかに笑ってくれている。沢山の人の支えがあってここまで来れたことがすごく嬉しかった。


「結菜。ちょっと気が早いけど、今週末一緒にお皿とか見に行かない?」


「わあ!行きたい。累が普段どんなお皿使ってるのかみてみたい!」


「はは。シンプルすぎてがっかりされなければいいけど」


 建築士をしている累はきっとセンスがいいしこだわりもあるのだろう。今まで使っていた食器類は捨てるのが忍びないので、他の荷物と一緒にレンタルBOXを借りて保存しようと思っている。

(子供の頃から使っているものばかりだから捨てるのは忍びないものね。それもいつかは片付けないといけないから先延ばしぐせでよくないけど…)

 それでもすぐに捨てるのは忍びなくて後で近くのレンタルBOXを探してみようと思った。


「そういえば今日、黒沼さんに正式にお断りを入れたからもう黒沼さんについては心配しなくてよくなったよ」


 黒沼の名前を出すと累は少し表情が翳ったが、断りを入れたことを理解するとパッと顔が明るくなった。


「本当?でもどうやって諦めさせたの?」


「実は部長が自分の娘を当てがいたいと言い出して。その仲介を頼まれてね…ひどいことしてる自覚はあったんだけど、立場的に断れずに娘さんをおすすめしたの」


「それは…ちょっと黒沼さんに同情するな」


「だよね。自分でもひどいことしたことわかってる。でもおかげで完全に脈がないってわかってもらえたから結果的に良かったのかなって」


(本当に、鬼だよね私。私が黒沼さんだったら泣いちゃうかも)

 自覚があるから累にまでそう言われて凹んでしまった。


「あ!でも、脈がないってはっきりさせる姿勢はいいと思うよ。時間は有限だからね。気を持たせるのはよくないから」


 累が必死にフォローしてくれて少し元気が出た。もっといい方法があったかもしれないのに黒沼には本当に悪いことをした。私はちょっと俯いてコーヒーを一口飲んだ。


「でもこれで憂いなく俺と結菜は恋人同士になれたんだよね?嬉しいな。結菜はモテるから…この先も心配だよ」


「ふふ。大丈夫。私が好きなのは累だけだから」


「ありがとう。信じてるよ。でもなあ。結菜は悪い男を引き寄せるオーラがあるからなあ」


 どんなオーラなのだろう。確かに私は一癖二癖ある人に好かれる傾向にあるけれど。その中でトップクラスにクセのある累と付き合ってしまえているのだ。これ以上の人はそうそういないだろう。


「大丈夫だよ!私も注意するし、困ったら累に助けてもらうから」


 そう言ってにこりと頬んだ。

 だが累は心配そうに私の髪の毛を指に絡めてほおを撫でた。


「ずっと縛っていられたらいいのに。結菜は専業主婦になってくれないの?家にいてくれたほうが安心なんだけどな」


「うーん。お母さんも働いてたし、私も働くの嫌いじゃないからできるだけ仕事は続けたいかも」


 今の職場は居心地がいい。仲の良い愛花もいるし、他の同僚も一部を除いて優しい人ばかりだから。

 今いち納得の行かない顔で黙っている累を置いて私はコーヒーを全て飲み干した。


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