同棲の話が出てからお互い無言になって少し窮屈な思いをしていたが、ようやく家に着いたので私は累にお礼を言った。
「ありがとう。今日は楽しかった」
「俺もだよ。結菜と一緒の時間幸せだった」
離れがたかったが、ここでは目立ちすぎるため控えめに累の頬にキスをして車から降りようとしたら腕を強く引かれて唇に温かいものが触れた。それがキスだと理解するまで数秒かかって。やがて赤面して身を離した。
「累!外ではダメよ」
「ごめん。我慢できなくなっちゃって。じゃあ今度こそおやすみ」
胸がドキドキする累の唇が触れたところをそっと指でなぞるとまだ彼の温もりが残っているようでとても暖かかった。視線を感じてふとマンションを見ると良平がこっちを見て複雑そうな表情をしていた。
家に帰ろうとしていた良平は踵を返してさっさと立ち去ってしまったので、会話はなかったが、また良平を傷つけてしまったことに罪悪感が募る。累と同棲しないにしても別の場所に引っ越した方がいいのはわかっているが、実家があるのに部屋を借りるのはきっと両親が許してくれないだろう。
「どうしたらいいんだろう」
ポツリと呟いてから私は家に帰るために歩き始めた。
「それで、彼氏とはどうなってるの?」
お昼休憩の時ズバリと愛花に聞かれて私は昨日のことを離した。
「金曜日からずっと一緒だったよ」
「と言うことは…結菜もついに大人になったの?」
飲んでいたお茶を吹き出しそうになってグッと堪えた。
「キスはしたけど、それ以上はなかったよ。累も結婚するまでは待ってくれるつもりらしいし…私もまだ決意できてないし」
そう言うと愛花はため息をつく。
「口ではそう言ってもかなり辛いと思うよ。同じ布団で寝てたんでしょ?」
「やっぱりそうなのかな?」
私は経験がないため、その辺りが疎く、いつも愛花に驚かれる。今回のことも話してすぐに愛花葉眉間にシワを寄せて呆れかえっていた。
「まあ、累さんが超草食系でそんなに必要としない人ならいいけど、私の見た感じ…まあ刺激が強いからあまり言わないけど、相当我慢していると思うよ」
恋愛経験豊富な愛花が言うのだ。累はきっとかなり我慢してくれていたのだろう。だったら言ってくれたら、私ばかり配慮してもらっているみたいで申し訳なかった。
「ねえ。もういっそこっちから迫ってみたらどうかな?多分累さんは結菜が大切すぎて怖がって手を出してない感じなんだよね」
愛花はすごいことをさらりと言う。経験0の私が累に迫る?そんなこと可能なのか。
「えええ!!でも私…その…作法とか知らないし…」
「作法って…どこまで無知なの…もうドーンと累さんに抱きついて抱いて!って言えばいいんだよ」
「そんなの無理だよ〜もっと初心者に優しい方法はありませんか?」
“抱いて”なんて言えない。とてもじゃないけど無理だ。私は真っ赤になってパスタを口に運んだ。
「じゃあ今度お泊まりする機会があったら、ベッドに入ったら抱きついてキスしてみたらいいよ。そこまでされて手を出してこない男は男じゃないからね」
愛花はキッパリと言い切った。私はそれを聞いてひたすらその時を想像してドキドキしてしまった。私からすると自分から抱きつくのもキスをするのもどっちもすごく勇気のいる行為だからできるかわからないけど、頑張ってみようと思った。
「愛花…私やるよ!」
「その意気だよ!頑張れ結菜!」
私と愛花は真昼間から変なテンションになって時間ギリギリなことに気がついて慌ててランチを済ませると会社に戻った。
そのあとは仕事に忙殺されてひたすら忙しい日々を送り、累とはLIMEで連絡を取り合っていたのだが。今度は累の家にお泊まりに行くことになった。
(これは!チャンスだ!)
私は愛花と話し合った計画を実行することにした。本当にできるのか心配だけど、累にずっと我慢させていたなら、ずっと気遣ってくれていた累を苦しめていたことになるので、由々しき事態だ。私はどこか行きたいかと聞かれたけど、お家でゆっくりデートがしたいとお願いして、出かけなくて済むように食材も買っていって料理も振る舞うと申し出た。
累はそれに喜んでくれたので、計画実行はお泊まりに行った日。愛花は昼間でもいいから行っちゃえと言っていたので、家に着いて落ち着いたら実行しようと心に決めた。
(ここまできたらもう引き返せない。やるしかないのよ!)
私は鼻息荒く、累の家で作るご飯の献立を考えて、買い物リストを作った。
(あ…あれは…買わなくていいのかな)
累は男の人だし、過去に彼女がいたから多分持ってるはず…だけど…それって過去の彼女の残り物…だよね?それってかなり嫌かも。
そこまで考えて私は買い物リストに避妊具も入れることにした。
(買えるかな…でも…失敗したら大変だから…勇気をだなさいと…)
私はガッツポーズをして気合を入れ直した。