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第119話 熱

翌朝、いつもの電車に乗ると待ち構えていたように工藤が私に近づいてきた。


「おはようございます。あの…手紙を読んでいただけましたか?」


 工藤は緊張気味に私に尋ねると私ははっきりした声で言った。


「お手紙ありがとう。でもごめんなさい。私、お付き合いしている人がいるの。あなたはまだ若いし、これからきっと素敵な出会いが待っているわ。だから私のことは忘れて」


「そうですか…いえ。あなたは素敵な人だから。もしかしたら恋人がいるのかなって思っていましたから。でも。きちんと言葉にして気持ちを伝えたかったから。ありがとうございました。どうかお元気で」


 工藤はそう言うと力無く違う車両に移って行った。なんだか罪悪感がいっぱいになったが、若い子に気を持たせるようなことを言うより、はっきりと断った方がためになることはわかっていたのでこれで良かったと思った。


 会社についても今日は工藤のことがあったのであまり仕事に集中できず、珍しく凡ミスを繰り返してしまって調子が悪いなら帰宅した方がいいと上司に心配されて昼すぎには帰宅することになった。

なんとなく熱っぽくて家に帰って体温を測ると39度の熱が出ていた。急いで行きつけの病院に電話して予約を取るとふらつくのを我慢して病院を受診して検査を受けた。どうもただの疲労からくる熱だったらしく、解熱剤だけ出してもらって帰宅した。

 熱と疲れでベッドでウトウトしていると累からLIMEが届いた。だが、あまりにだるくてメッセージを見る気力もなく、そのまま眠ってしまった。

 次に目が覚めると解熱剤が効いて38度まで熱が下がっていたので、スマホをとって累からのメッセージを確認する。すると累は今年から事務所に新しいメンバーを加えることになったと写真つきでLIMEを送ってくれた。

 その写真を見て私は驚きのあまり目を見開く。新しいメンバーの2人のうち一人が工藤だったのだ。

(こんな偶然ある!?よりにもよって累の事務所だなんて)

 熱で苦しいけど何か返事をしないといけない。だけど素直に告白するべきか少し悩んだけど、隠していたら不誠実な気がして素直に言うことにした。

「新しいメンバーが加わったんだね。新人指導、忙しくなりそうだけど頑張って。あのね、実は工藤くんには電車で告白されたの。私は知らなかったんだけど、昨日手紙を渡されて…。もちろんすぐに断ったから、安心して」


 そうLIMEを送るとすぐに返信が来た。


『工藤が?君に惚れてたの?諦めてくれた?』


「うん。ちゃんとお付き合いしてる人がいるから応えられないって言ったよ」


そう言うと累は安心したようだった。


『良かった。俺のこと話してくれたんだね。嬉しいよ。それより結菜。なんだかいつもより返信早いけどどうかした?』


累はすごく敏感に私のことを察知してくれる。隠してもしょうがないので私はすぐに返信した。


「実は熱が出ていて今家で寝てるの」


『何度くらい?仕事終わったら見舞いに行くから欲しいものがあったら教えて』


 体がだるくて何か作ったり買い出しに出るのが難しかったので累の申し出はありがたかった。なので欲しいものリストを送信するとすぐに返信が帰ってきた。


『じゃあ6時30分ごろには着くと思うから。それまでゆっくり眠っていて』


「ありがとう」


 私はそれだけ打つとまたウトウトと眠りについた。どれくらい眠っただろうか。チャイムの音で目が覚めて慌ててフラフラとインターフォンに出ると、累がエコバッグを下げて立っていた。


「今開けるからちょっと待っててね」


 そう言って解錠すると累はすぐにエントランスを抜けて部屋まで来てくれた。

私は鍵を開けると累が心配そうに私を抱きしめた。


「体が暑い。まだ熱が高いんじゃないのか?無理させてごめんね」


 累はそう言うと私を支えてベッドまで連れて行くと体温計で熱を測った。

 解熱剤が切れていたのか、また熱が上がって39度になっていた。


「解熱剤飲んで、これポカリ買ってきたから。食欲はある?」


「ごめんね。食欲はなくて、でも喉が渇いていたからポカリ嬉しい」


 私は渡されたポカリの蓋を開けると薬と一緒にゴクゴク飲んだ。

 累は頭に冷えピタを貼ってくれて私をベッドに横たわらせると頭を優しく撫でてくれた。


「結菜。今日は泊まっていくよ。結菜のことが心配だから。熱の時に一人だと心細いでしょ?」


「ありがとう。累…嬉しい」


 私は熱で心が弱っていたので、正直泊まって行ってくれるのはすごく嬉しかった。


「高熱だけどインフルエンザとか?」


「ううん。検査は陰性だった。過労だって。最近忙しかったから。疲れが出たみたい」


 累はそれをきいて悲しそうな顔をした。そして優しく頭を撫でてくれる。


「結菜は頑張り屋さんだからね。ゆっくり休んで。体がきっとそう言ってるんだよ」


 累はそう言うと、私の額にキスをすると私に布団を掛け直してくれて言った。


「俺はソファで休むから。何かあったらすぐに呼んでね」


「ありがとう累。おやすみなさい」


「おやすみ」


 累はそう言うと部屋を出て行った。


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